第16話  家庭教師のオムライス

 人気歌手のレ〇ナも、15歳の頃は不登校だった。自分でもどうしようもなかった。日に日に手首に傷が増えていった。


 部屋の中、レ〇ナが布団から顔だけ出してボーッとしていると、ベッドの側に金色の光の粒が現れた。レ〇ナは不思議に思ったが、特に何もせずに光の粒を見つめた。すると、光の粒は人形となって1人の男が現れた。黒いスーツに黒いタンクトップ、ネックレス、痩せマッチョで髪はオールバック。眼鏡をかけていた。歳はおそらく30代の半ばから後半だろう。


「やあ、レ〇ナさんやね?」

「はい。あなたは?」

「僕は麻倉翔太。君の家庭教師だよ」

「家庭教師なんて、頼んでいません!」

「うん、頼まれてない」

「勝手にウチに入らないでください!」

「もう入っちゃったよ。あ、ごめん、靴を脱ぐから」

「出て行ってもらえませんか?」

「まあ、ええやんか。無料の家庭教師やで、お得やんか?」

「じゃあ、勉強を教えてくれるんですか?」

「今、勉強したいと思ってる?」

「思っていません」

「勉強を教えるのは簡単やけど、今はそれどころとちゃうやろ?」

「まあ、不登校が問題ですね」

「なんで問題なん? 不登校を問題やと思ってるから、罪悪感が湧いて悩むねん。“別に不登校でもええやんけ!”と思えたら、そのストレスは激減するで。不登校を大問題だと思っていることが問題やねん」

「不登校でもいいのでしょうか?」

「良くはないけど、悪くもないやろ。学校なんて、行きたくなければ行かなくてもええねん。通信制の高校や大学に進学する手もあるし、高等学校卒業程度認定試験もある。今、不登校になっても未来の選択肢はあるからなぁ。せやから、学校に行けなくなったことを重く考え過ぎることはないんや」

「言われてみれば、そうですね」

「いろいろ悩みがあるんやろ?」

「はあ……」

「無理に悩みを打ち明けろとは言わへんよ」

「はい、いろいろ悩みはあるんですけど、何で悩んでいるのか? それは話したくないです」

「レ〇ナさん、ええ経験してるやんか」

「え? こんなに苦しいのに?」

「悩むって、悪いことやないで。例えば、質問でも2パターンあるねん。YESかNOで答える質問あるやんか? 例えば……ジャガイモは食べ物ですか? これはYESかNOで答えられるやろ?」

「はい、答えられます」

「でも、好きな食べ物は何ですか? って聞かれたらYESとNOでは答えられへんやろ?」

「確かに」

「大人になると、こういうYESかNOで答えられる質問が減って、YESかNOでは答えられない質問や疑問が増えてくるねん。レ〇ナさんは、みんなより早くそういう問題と向き合っているから苦しいんやと思うで」

「そうでしょうか?」

「“何故?”、“どうして?”、“何をすれば良い?”、“どうすればいい?”……こういう悩みが、人を成長させるんやで。正解を自分で見つけるために悩むのは訓練や。この訓練は、決して無駄にはならへん! 将来、この日々が必ず役に立つ!」

「自信満々ですね。まるで、何もかも知っているみたい」

「僕は10年後を知ってるで。僕は10年後から来たからな。身体も10年前、30代に戻ってるけど、本当の40代の僕は中年太りやで。だから、レ〇ナさんが人気歌手になることも知ってるねん」

「私、歌手になれるんですか?」

「なれる! その時に、今悩んでいることが活かされるねん。せやから、何があっても諦めたらアカンで。未来には、大勢のファンが待ってるんやから」

「なんか、少し気分が良くなってきました。お昼食べませんか?」

「うん、じゃあ、オムライスで」

「オムライス?」

「アカンの?」

「この前、親が作ってくれたオムライス、食べなかったらゴミ箱に入れられてたから、食べておけば良かったなぁって、ちょっと罪悪感が……」

「ほな、親の分までオムライスを作ってあげたら? 仕事から疲れて帰って来てオムライスがあったら喜んでくれると思うで。ほんで、僕はもう食べる時間は無くなったわ」

「どこへ行くんですか?」

「10年後に戻る」

「もう会えないんですか?」

「うん、あ、今度会ったらオムライスを食べさせてくれよな!」


 翔太は光の粒となって消えた。レ〇ナは、オムライスを作り始めた。何故か、自然に笑みがこぼれた。



「あんな感じで良かったですか?」

「よかろう! これでレ〇ナは無事に歌手になるだろう。よくやった」

「それは良かった」

「では、人界へ行け」


 天国に行くほどの善人でもなく、地獄に行くほどの悪人でもない、普通の人達が行くのが人界。




 “最後にレ〇ナさんに会えて良かった”。今、レ〇ナさん25歳、僕は40代、スゴく年下の女性に惚れてしまったものだと思う。翔太は自然に笑みがこぼれていたことに気付かず人界への門をくぐった。







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