第15話 2人のオムライス
「やあ、未来から来た関西人、崔梨遙(さいりよう)やで!」
「出て行ってください」
その崔という男は、1人で家にいた15歳のレ〇ナの前に突然現れたのだ。
「大体、どうやって入って来たんですか?」
「見てたやろ? 突然現れたやろ? 僕は未来から来たんや。或る御方の力で」
「或る御方?」
「そうや、人の運命を司る御方や」
「それって神様ですか?」
「どうなんやろ? あれが神様なんかな? わからへんけど。15歳のレ〇ナさんがピンチで人生の分岐点やっていうから助けに来たんや」
「助けに?」
「うん、不登校で、親ともうまくいってなくて悩んでるんやろ?」
「はい、不登校です……」
「自分が学校に行けない理由はわかってるんやろ? 理由はわかってるけど自分の力では解決出来へんのやろ?」
「そうです! どうしたらいいですか?」
「それ、気にしなくてもええわ」
「は?」
「ツライのは、不登校になってることやなくて、“学校に行かないとアカンのに、行けていない”という罪悪感や。その罪悪感を無くして、堂々と学校を休んだらええねん。ほな、だいぶん気分は良くなると思うで」
「そんな簡単に……あなたにはわからないんですよ!」
「うん、わからへん。僕、不登校になったこと無いから」
「じゃあ、なんでそんなに偉そうなことが言えるんですか?」
「同じ体験をせな、人はわかりあわれへんの?」
「え!」
「同じ体験をしていなくても、信用したり、信頼したり、人間関係は築けるやろ?」
「確かに」
「ほな、次は親の問題や。親を泣かせてしまって申し訳無いと思ってるんやろ?」
「はい。よく知ってますね」
「機会があれば、悲しませた分だけ喜ばせてあげたらええねん。それが今じゃないとしても」
「はい、そうですね……」
「それから、上手に甘えること。言葉に出来なければ、抱き締めたらええねん。今度、お母さんに抱きついてみたら?」
「それもいいかもしれませんね」
「で、これを見てくれ!」
崔はカバンからCDやDVDを取りだした。
「え! これ、私の?」
「そうや、レ〇ナさんは人気歌手になって、多くの人を癒やさないとアカンねん」
「嬉しい……お歌を歌えるんだ……」
「ということで、何か食べなアカンで」
「え?」
「食欲が無いんやろ? そういう時でも、食べないとアカンで」
「わかりました」
「崔さんの分も作りますよ。何かリクエストはありますか?」
「え! マジ? ほな、オムライス」
「オムライス……」
「どないしたん?」
「この前、お母さんがオムライスを作ってくれたんですけど、食べなかったら捨てられちゃって、せっかく作ってくれたのに申し訳無いなぁ、って思ったのを思い出しました」
「そうか、ほな、そういう時だからこそオムライスで。レ〇ナさんが僕の分を作ってくれるんやったら、僕がレ〇ナさんの分を作るわ」
「それ、楽しそうですね」
「美味い!」
「美味しい!」
「お互い、オムライスは得意料理やったみたいやね」
「そうですね」
「オムライスも、これだけ上手に作ってもらえて、これだけ美味しく食べられたら喜んでるよ」
「なんですか? それは」
「ん? オムライスの気持ち」
「オムライスの気持ちを考える人なんて、初めて会いました」
「それは良かったな、1つ経験値が上がった」
「そうかもしれません」
「ところで、レ〇ナさん、YESかNOで答えられない問題から逃げたらアカンで」
「どういうことですか?」
「例えば、これは好きですか? とかならYESかNOで答えられるやろ? でも、何が好きですか? とかならYESやNOでは答えられへんやんか。不登校の問題もそうやけど、大人になるにつれてYESかNOでは答えられへん問題が増えるねん。レ〇ナさんは今、みんなよりも早くそういう問題を抱えてしまったんやと思う。でも、自分の力で答えを出すことから逃げないでね」
「はい……」
「今夜の夕食、親の分のオムライスも作ってあげたら? きっと喜んでもらえるで」
「そうですね」
「ほな、僕はそろそろ戻らなアカンから」
「もう戻るんですか?」
「うん、僕、少しは役に立てたやろ?」
「すごく助かりました」
「ほな、そういうことで」
「待ってください」
「何?」
「ギュッと抱き締めてもらってもいいですか? 私、長い間寂しくて」
「出来るようになったやんか」
「何がですか?」
「上手に甘えること」
「あ……」
崔はレ〇ナを優しく抱き締めた。
「僕はレ〇ナさんの味方やで。僕はレ〇ナさんの大ファンやから」
「ずっと味方でいてください……」
やがて、崔は消えた。レ〇ナの目から、少しだけ涙が溢れた。
それから、涙を拭いたレ〇ナは親の分のオムライスを作った。
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