第13話 時間旅行でオムライス
その男は、突然レ〇ナの前に現れた。本当に突然だった。湧いて出たかのように現れた。中肉中背。年齢は40歳くらいだろう。白のジャケットにインナーは白いTシャツ。目つきの鋭さを眼鏡が緩和させていた。レ〇ナは15歳、見知らぬ男の出現に驚き過ぎて、一瞬、声が出なかった。
「やあ、びっくりした? 僕は崔梨遙(さい りよう)、未来から来た関西人やねん。今日は、レ〇ナさんがピンチやって聞いたから未来から助けに来たんや」
そこで、ようやくレ〇ナも声を出すことが出来た。
「いきなり現れて何を言ってるんですか? 頭が残念なんですか? ロリコンですか? ストーカーですか? 変態ですよね? っていうか不法侵入ですよ、警察呼びますよ、出て行ってください」
「まあまあ、そう言わんと。僕、レ〇ナさんの大ファンやねん」
「普通の15歳の女の子のファンってどういうことですか? やっぱりロリコンですか? ストーカーですか? 変態ですよね? 不法侵入です、出て行ってください」
「ちゃうねん、ちゃうねん、僕は“未来から来た”って言うてるやろ? 今、レ〇ナさんがピンチやって聞いたから助けに来たんや。僕は10年後から来た。10年後のレ〇ナさんは25歳の大人やで」
「私のピンチってなんですか?」
「不登校! 家族との不和!」
「う! よく知ってますね」
「今がレ〇ナさんの人生の分岐点やねん! ここでレ〇ナさんが挫折したら、大勢の人が困るねん」
「大勢の人が、困る?」
「こういう時は言葉に頼らず見た方が早い。百聞は一見にしかず! やで」
「どこへ行くんですか?」
「明るい未来や」
「未来?」
崔はレ〇ナと手を繋いだ。
「行くでー!」
ドアが現れた。ドアを開けると崔はレ〇ナを引っ張って中に入った。
気付くと、レ〇ナは空中にいた。さっきまで午前中だったのに、景色は夕方になっている。
「なんなんですか、ここは? こんな高いところ怖いじゃないですか! 嫌がらせですか? 帰らせてください」
「そう言わんと、あの建物を見てえや」
「なんですか?」
「武道館や」
「それがどうかしたんですか?」
「ほな、中に入るで-!」
「壁にぶつかりますよ-!」
「大丈夫やー!」
2人は壁をすり抜けた。
「ライブですか?」
「そうや」
「誰のライブですか?」
「よく見てみたら?」
「あ! あれは……もしかして……」
「もしかして?」
「私……ですか?」
「そう、レ〇ナさんや! レ〇ナさんは人気歌手になって大勢の人に癒やしを与えるんや!」
「ここは、どこなんですか?」
「ここは未来やで。レ〇ナさんは絶望系シンガーになるんや」
「絶望系って何ですか?」
「絶望している人に寄り添い、希望や癒やしを与えて助ける貴重な歌手や」
「私……お歌を歌えるんですね」
「そう、これがレ〇ナさんの未来。順調にいけばこうなる。せやから、今の悩みや苦しみに負けんといてや」
「今、こんなにツライのに、明るい未来が待っていると思うと励まされます」
「そうやで、1時間話すより、未来を見せた方が早いと思ったんや。もう、大丈夫やな」
「はい! 私、頑張れそうです」
「ほな、帰ろか」
「はい」
また、ドアが現れた。崔はそのドアを開けようとした。その時、レ〇ナが言った。
「この、小さなドアは何ですか?」
「え! ああ、そのドアは気にしなくてええよ。極めて実現しにくい未来やから」
「実現しにくい未来なんですか?」
「うん、実現しないから気にせんといてや。さあ、戻ろう」
「この小さなドアを開けてみたいです」
「え! あ! アカン!」
レ〇ナは小さなドアを開けて中にはいった。
「ただいまー! 帰ったでー!」
「お帰りなさい、あなた」
「今日の晩ご飯は何やろうなぁ、あ、オムライスや」
「あなた、オムライスが好きだから」
「レ〇ナ、愛してるよ」
「はい、梨遙さん。私も愛してます」
「崔さん、この世界は何なんですか?」
「崔梨遙40代とレ〇ナさん25歳の新婚生活の世界……」
「なんなんですか? これはー!」
「僕が作った未来やねん」
「なんで結婚してるんですか?」
「僕、レ〇ナさんの大ファンやから、つい、こういう未来を作ってしもた、ごめんやで」
「でも、私、幸せそうに笑ってますね」
「そやなぁ、でも実現しないであろう未来やから。なんと言えばいいのか……明るい未来が待ってるかもしれないと思いたいやろ? 僕も明るい未来を見たかったんや。堪忍やで」
「怒っていませんよ。万が一この未来になっても、私が笑えているのでOKです!」
「そうか、おおきに。ほな、元の世界に帰ろか」
「はい、帰ります」
「はい、帰ってきたで。レ〇ナさん、今の苦しみは未来で活かされるから、元気でね」
「はい、崔さんも、お元気で」
十年後、人々の運命サポートを続けながら、レ〇ナのDVDで癒やされている崔がいた。無名な街の片隅に。
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