第8話  幽霊とオムライス

 レ〇ナ、15歳、不登校、親と不和、悩み多き美少女。夜、ダイニングルームに、突然、見知らぬ男が現れた。まさに、突然、現れたのだ。男は白いジャケットにインナーはTシャツ、そしてデニムパンツ、眼鏡が印象的だった。レ〇ナは、突然の見知らぬ男の出現に怯えて声が出なかった。


「あ、レ〇ナさん? 若いな-! っていうか幼いなぁ! 僕は崔梨遙(さい りよう)、未来から来た幽霊や」


 レ〇ナは、そこでようやく声が出た。


「ゆ、幽霊ですか?」

「うん、10年後の未来から来た幽霊やで、怖がらなくてもええで、ほら」


 崔という男は、レ〇ナの肩に手を伸ばした。レ〇ナが緊張する。だが、崔の手はレ〇ナの肩をすり抜けた。


「な、触られへんから怖くないやろ?」

「なんで幽霊が未来から来たんですか?」

「生身の身体やったら時間移動は出来へんらしいわ」

「それで、なんで私のところに来たんですか?」

「レ〇ナさんは、将来人気歌手になるねん。せやけど、今、悩んでるやろ? 今が正念場やねん。僕はレ〇ナさんを助けに来たんや。僕、レ〇ナさんの大ファンやねん」

「私、歌手になれるんですか?」

「なれる! めっちゃ人気のある歌手やで。せやからここでくじけたらアカンねん」

「でも、私、学校にも行けなくて」

「行かれへん理由があるんやろ? 行かれへんもんはしゃあないやんか。自分を責めたらアカンで。レ〇ナさんは悪くないねん。今は、学校に行けない自分を許してあげようや」

「私、不登校の理由を上手くお母さんに説明出来なくて泣かしてしまいました……泣かせたくなかったのに……」


 レ〇ナは、とっくに泣いている。


「それは切なかったやろなぁ、そうかぁ、ほな、また今度笑顔にしてあげたらええねん」

「私……生きてるだけで人を傷つけてしまうんです」

「大丈夫や! 僕も沢山の人を傷つけた。沢山の人から傷つけられた、人間はどうしても人を傷つけたり、あるいは人に傷つけられたりするもんなんや。自分を責めたらアカン」

「お母さんが作ってくれたお弁当のオムライス、食べなかったら夜に三角コーナーのゴミ箱に捨てられてて、それを見てお母さんに申し訳無くて、切なくて、心が苦しくて」

「あ、ほんまや、オムライスが捨てられてる。オムライスも食べてほしかったやろなぁ。ほな、これからは食べたらええねん。オムライスの気持ちも考えてあげようや」

「私がゴミになりたかった。捨てられたいと思いました」

「レ〇ナさんはゴミにならへんよ。レ〇ナさんは国民の宝物やで。あと5年くらいでデビュー、10年後には大歌手や」

「私、生きてるだけで人を傷つけてしまうんです。それでも、生きていたいんです。本当に生きていていいんですか?」

「生きていいに決まってるやんか。言うたやろ? 僕だって多くの人を傷つけてきたわ。そして、多くの人に傷つけられた。人はどんなにおとなしくしてても、誰かを傷つけるし、誰かに傷つけられるんや。それでも、生きて行かなアカンねん。生きていたいと思えるなら、まだ遅くない」

「私、学校を休みそうになると、手や足を切って緊張の糸が切れないようにしてたんですけど、ダメでした」

「自分を傷つけたらアカン。キレイな身体に傷つけてどないすんねん? 女の子やねんから、自分の身体を傷つけたらアカンで。そこまでして学校に行くことは無いねん」

「私……私……」

「泣いたらええで、泣いたらええねん。涙が涸れるまで泣くねん。途中で涙を止めたらアカン」


 泣き続けるレ〇ナ。


「ごめんな、身体があったら抱き締められるんやけど、身体が無いから抱き締めてあげられへん」

「大丈夫です、涙が止まりました」

「死にたいわけやないんやろ? 生きるのが苦しいだけやろ? 生きたらええねん、生きなアカンねん」

「ありがとうございます。私、生きていきます」

「頑張れとは言わへんで。もう既に頑張ってる人には、もう頑張れとは言われへん。ただ、ひたすら夢に生きてくれ」

「夢ですか?」

「歌手になるっていう夢、その夢に生きてくれ。ここで挫折したらアカン。苦労は報われる」

「でも、考えても答えがわからない悩みが多くて」

「YESやNOで答えられない、正解がわからない問題に正解を出すのはしんどいけど、重要なことやで。これからも、正解のわからないことを考えることは多いと思う。でも、大人になればこういう問題も多いんやで。悩んだらええねん」

「わかりました。悩んで、悩んで、正解を導いてみせます」

「ほな、時間やわ」

「成仏しちゃうんですか?」

「うん、これでお別れやわ」

「そんな、寂しいです……」

「身体があれば、キスするところやけどな」

「キスは、ちょっと……」

「ほな、またどこかで会えたらキスしよう」

「はい、もしもまた会えたら」

「ほな、また」

「あ……」



 崔は消えた。レ〇ナは、涙を拭ってから自分と親の分のオムライスを作り始めた。







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