第7話 レ〇ナさんのオムライス
僕は哲平。社会人として中堅の40歳。今、恋人はいない。その年の年末年始、僕は実家に帰らなかった。かといって、この街ですることも無い。寝正月だ。仕事始めまで、僕はひたすら眠ることにしたのだ。
恋人がいなくなって、数年。最初の恋人は大学時代からの付き合いで結婚も意識していたが、就職してお互いに忙しくなったら、いつの間にか自然消滅。久しぶりに電話をしたら、恋人には新しい彼氏が出来ていた。相手は同じ会社の先輩らしい。
それから僕も何人かの女性と付き合ったが、仕事が忙し過ぎたせいか、どれも長続きしなかった。そして数年、恋人がいない日々が続いている。職場の魅力的な女性は、みんな彼氏か夫がいる。もう合コンの話も無い。もう恋人を作ることは諦めている。だが、恋人がいればもっと有意義な冬期休暇を過ごせただろう。正月を1人で寝て過ごすのも寂しいものだと思う。
ふと、思うことがある。このまま年月が経って死んだら、僕はどうなるのだろうか? 天国に行けるほど良いこともしていないし、地獄に落ちるような悪いこともしていない。では、良くも悪くもない普通の人が逝く世界、天国でも地獄でもないところがあるのだろうか?
お正月。僕は外へ出ていた。思ったより人通りが多い。何故、家からでたのかと言うと、食料を買い忘れていたのだ。あと、ティッシュやトイレットペーパー。これらが無いと、寝正月と言いながら部屋に引きこもることも出来ない。僕は、引きこもるための買い物に出たのだ。
信号待ち。大きな交差点。その時、ボールが横断歩道を転がって行った。そのボールを子供が追いかけて飛び出した。まだ赤信号だ。車が来る! 危ない!
僕は、考えるよりも早く体が動いた。咄嗟に僕も飛び出して、子供を抱き締めて庇った。”車に轢かれるのは怖い!”僕はギュッと目を瞑った。
……おかしい。何も起こらない。いつの間にか抱き締めていた子供の感触も無い。僕は、ゆっくりと目を開けた。真っ白い空間だった。どこまでが床で、どこまでが壁で、どこまでが天井なのかわからない。
「なんやねん、これ?」
すると、声が響いた。果たしてこれは声なのだろうか? 頭の中に直接響いてくるようだった。
“哲平、よくぞ身を挺して子供を守った”
「あんた、一体誰なんや?」
“人の生死を司る者だ”
「もしかして、神か?」
“神は神でも、死神かもしれんぞ”
「死神?」
“好きに呼べばいいということだ”
「僕はどうなるんや?」
“褒美を与える”
「なんで?」
“子供を助けたからだ。善いことをしたら、ご褒美をもらえるのは当然だ”
「どんなご褒美ですか?」
“お前が1番喜ぶことだ”
「……もしかして、Re〇Na(以降、レ〇ナ)さん絡み?」
“そうだ、レ〇ナと1日一緒に過ごせるチケットだ”
「やったー! 最高やー!」
“まあ、本物は芸能活動が忙しいから、レ〇ナのコピーというか、クローンだけどな”
「それでも充分!」
“では、楽しめ”
「そのレ〇ナさんは、いつまで相手をしてくれるんですか?」
“0時までだ”
「0時を過ぎたら、どうなるんですか?」
“光の粒となって消えて行く”
「わかりました」
“では、思い切り楽しめ!”
白い空間が発光したかのように更に明るくなった。僕は目を開けていられなくなって目を閉じた。そして、ゆっくり目を開けたら僕の部屋だった。8畳の部屋と4.5畳の1DK。さっきまで外にいたはずなのに、部屋に戻っていたことにも驚いたが、目の前のソファにレ〇ナさんが座っていたことに1番驚いた。
“夢じゃなかったんや!”
レ〇ナさんがソファにチョコンと座って微笑んでいる。やっぱり小柄だ、かわいい、守ってあげたくなる。
「レ〇ナさん」
「はい、なんでしょう?」
声が小さい。やっぱり歌うとき以外は小声なのだ。かわいい。ますます守ってあげたくなる。
「コーヒー飲みますか? 紅茶の方がいいですか?」
「あ、じゃあ、コーヒーをお願いします」
僕はドリップ式のコーヒーを淹れて差し出した。
「どうぞ」
「いただきます」
「いやぁ、レ〇ナさんとコーヒーを飲むのが夢やったんですよ」
「そうなんですか」
「夢が1つ叶いました」
「どんどん夢を叶えましょう」
「じゃあ、この後、一緒にランチとかどうですか?」
「構いませんよ」
「一緒に行きたいお店があるんです」
「いいお店ですね」
「そう言ってもらえて良かったです」
「彼女さんはいないんですか?」
「今、いないんですよ。っていうか、もう何年もいません。気付いたら40歳になっていました。でも、レ〇ナさんのDVDや曲、フォトブックに癒やされています。レ〇ナさんって、僕の理想そのものなんですよ」
「ふふふ、それなら嬉しいです」
「もう1つ、お願いしてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「この後、カラオケに付き合ってもらえますか?」
「カラオケですか?」
「レ〇ナさんの生の歌声を聴きたいんです。しかも、至近距離で」
「いいですよ、じゃあ、行きましょう」
何曲も歌わせてしまった。生歌、やっぱり素敵だ。しかも、こんな特等席(至近距離)で聴けるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう。しかも、今度はレ〇ナさんの方から提案してくれた。
「夕ご飯、作りましょうか?」
「是非! お願いします」
「オムライスはどうですか?」
「最高です!」
「じゃあ、食材を買いに行きましょう!」
「はい、行きましょう」
「なんか、一緒にスーパーで買い物してたら、恋人気分を味わえましたよ。いや、新婚気分かもしれません。嬉しかったです」
「今日は、私、哲平さんの彼女ですよ。奥さんでもいいですよ。0時までなら」
「このオムライス、最高です」
「ありがとうございます」
「亡くなったお袋が、よく作ってくれたんです。オムライスを食べると、お袋のことを思い出すんです」
「そうなんですか? 寂しいですね」
「家族で外食に行った時も、オムライスばかり食べてました」
「本当にオムライスが好きなんですね」
「いやぁ、親は“何でも好きな物を食べろ”って言ってくれるんですけど、裕福じゃないのを知っていましたから、高い料理は注文しにくかったんです。僕が勝手に親に気を遣ってたんですけど。なんか、そんな感じの歌がありましたよね?」
「オムライスの思い出が多いんですね」
「そうですね、オムライスを食べると、幸せだった子供の頃を思い出します。ああ、もうこんな時間か。時間があれば、何時間でもレ〇ナさんに愛を語れるんですけど、0時まででは語りきれないですね」
「余った時間、どうします?」
「そうですね、写真を沢山撮らせてくれますか?」
「いいですよ」
「うわぁ、めっちゃ撮ってしもた。すみません、レ〇ナさん、退屈やったでしょ?」
「いえ、大丈夫です」
「ほな、コーヒーでも飲みながら0時まで雑談でもしましょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「今日は、僕の人生で最も幸せな日でした」
「でも、意外でした」
「何が? 何か意外なことがありましたか?」
「哲平さんって、私の体は求めないんですね」
「求めたいですよ。僕も男ですから。でも、この状況で求めることは出来ませんよ。ちゃんと恋人として付き合って、お互いに愛し合ってから結ばれたいんですよ。レ〇ナさんのことが好き過ぎて、軽い気持ちでは求められません」
「てっきり、“一夜の思い出を”とか言って迫られるのかと思っていました」
「そんなことは出来ません。好きだから簡単に抱けないということもあるんですよ」
「哲平さん」
「何ですか?」
「哲平さんと出会えて良かったです」
「こちらこそ会えて嬉しかったです。ありがとうございました」
「あ、もう0時ですね。針が重なります」
針が重なった。0時になった。
途端に光の粒になって消えて行く……
……………あれ?……光の粒になって……消えて行くのは僕の方だ……
……そうか……僕はあの子供を助けた時……既に死んでいたんだ……
……まあ……いいか……。
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