第10話「蓮が咲いたら」
十二月も終わりの頃。いよいよ学芸班の発表会が始まろうとしていた。とはいえ……場所不足でサキたち一年生が観たのは前日の予行練習だったが。演目は……灰かぶり姫。主役は上級生……演じる姫君。姫君はずっと意地悪な継母とその娘たちから意地悪を受けていたが、ある時舞踏会の知らせが届く……という定番の展開がつづく。サキは淑子や他の一年生の子たちはいつ出てくるのだろうと期待して観ていた。
いよいよ舞踏会の場面だ。魔法使いの魔法で美しい服を着た姫君が王子様と踊る。と、その周りで踊る人々の中に、淑子がいるではないか。彼女は男役で、見事に相手役をエスコートして踊っていた。物資不足なのだろう、姫君と王子様以外の服はそこまで華やかなものでもなかったが、その中でも淑子は美しい踊りを見せてくれた。
そうして見とれているうちに「十二時の鐘」がなり、姫君は帰らなくてはいけなくなる。淑子も周りの人達も舞台袖にはけていった。その後、姫君は逃げる途中に靴を忘れてしまうが、それがきっかけで王子様と結ばれる……ことになる。最後の二人の結婚式の場面が終わり、幕が閉じると拍手喝采。皆大喜びだった。会場が明るくなり、隣を見ると文代たちもとても満足気な表情だ。舞台装置や衣装は確かにお粗末だったかもしれないが、それに負けないほどの、情熱や力というものが学芸班の皆にはあった。
「淑子ちゃん、お疲れ様!とっても良かったよ!」
解散となり、サキたち一同は学芸班の皆のもとに向かった。
「ありがとう!喜んでもらえて何よりだよ、私は……脇役だったけれどね」
「いやいや、とっても素敵な踊りだった!」
「そうよ、素敵だったわ!」
「ええ、素晴らしかったわ!」
サキに続いて文代と峯子も賞賛の言葉を送る。
「ホント? 嬉しいな!」
そう言ってにこやかに笑う。薄化粧を施した淑子の顔は、元々整っていることもあってとても美しく感じられた。
「やっぱり淑子さんも変わったわね……前はもっと大人しかったし、何よりそんな喋り方じゃな かった」
タヅ子が腕を組みながら言う。
「あぁ……、ごめんなさい、役に入るとなんだか……喋り方が変わっちゃって」
「いや、謝らなくていいのよ? なんならそっちの方が似合ってるかもしれないし」
「……そっか、そうなんだね!」
淑子は納得!と言った感じで頷いた。
「ちょっと皆さん、私達も頑張ったんだからね! こっちも褒めてって!」
「ちょっとテル、割り込まないの、もう……」
舞台袖から、同じ組の裏方と思われる女学生二人が出てきた。
「あら、ふたりは……」
「あぁ、紹介するよ。こちらは裏方の……」
戦後初めての楽しい行事だった。皆笑って、楽しんで……。戦後になって初めて楽しかった、と 感じる子もいた……かもしれない。
季節は更に移ろう。年が明け、冬が終わり、やがて春がやってくる。サキたちは二年生になった。まだ服装も、担任の先生も一年生の頃と変わらなかった。しかも去年の組の仲間たちは校舎の都合で散り散り。それでも新一年生が入学し、そして進級したという事実はサキ達を 晴れやかな気持ちにさせた。そして……タヅ子は級長に任命されていた。最初こそ狼狽えていた彼女だったが、直ぐに元気よく返事を返したのだった。
「……ここで、先生からひとつ提案があります」
二年生になって最初の放課後の前、片倉ヤエはひとつの提案をしようとしていた。
「……皆さんで、蓮の花を咲かせませんか?」
蓮の花。それは蓮咲高女の象徴とも言える花だった。
「戦争で学校も……蓮の池もボロボロにされてしまいました。けれども、蓮咲高女は残っています。実は……蓮の種もいくつかあるのです。校舎が定まるまで壺で育てましょう。このことは……私達教員で話し合って、大方のことは決めました。ですが、最後に皆さんからの支持が欲しいのです。どうでしょうか……?」
「も、もちろん賛成!」
「あたしも賛成です!」
「賛成します!」
次から次へと賛成の声が飛ぶ。満場一致で賛成だ。サキももちろんそうだった。なんだか……復興への新たな一歩を踏み出す決心として、その案は素敵だなと心から思った。
そして種を植える当日。組ごとにひとつ壺が用意される。が、まずは小さな湯のみで育てるらしい。ヤスリで先が削られた種が一粒配られ、それを水にぽちゃん、と沈めた。復興への歴史的な 一歩は、思ったより呆気ないものだった。けれども生徒たちは皆、喜びで満ちていた。
「先生、これっていつ頃花が咲くんですか?」
サキは先生に尋ねてみる。
「そうね……小さな蓮だから、今年の夏頃かしら」
「そうなんですね……無事咲くといいけれど」
「でも大丈夫、待っていればきっと咲くわよ……もう、焼かれることはないんだもの」
「……そう、ですね」
夏頃……蓮が咲いたら、空襲から一年が経つ頃だろうか。花を楽しみにしていた敏子や、校長先生。文代の妹の康子。あの戦争で亡くなった全ての人達に……届くだろうか。いや、届くことを信じよう。サキはそう願って止まなかった。そして生きている自分たちも、蓮の……そう、泥中の蓮のように、この世の中を生き抜いて行かねばならぬと、そう固く胸に誓うのだった。
おわり
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