第2話 ウェスティシア

大陸暦1025年/共和暦230年4月4日 ウェスティシア共和国 首都ルーティア郊外


 オーストラリアより一回り大きいヨーシア大陸の西側、その大半を占めるウェスティシア共和国は、今から230年前に誕生した共和制国家である。


 帝政を崩壊させた共和革命を経て成立したこの国は、75年前にヨーシア大陸全土を巻き込んだ動乱の中でも多くの市民の努力によって生き残り、むしろ政体が崩壊した国々を併呑して拡大・成長していた。経済力と軍事力も高く、力と知恵の象徴が『剣と魔法』から『銃と科学』へと移り変わった今も尚、大陸最大の軍事大国の名を欲しいがままにしていた。


 その首都、ルーティア郊外の空を1機の航空機が駆ける。三角形の主翼と大柄な胴体が印象的なその機体は、鋭い旋回で細い狐を空中に描き、ターボファンエンジンの轟音を響かせる。それを耳にした多くの農夫達が見上げる中、機体は郊外の空軍基地に降り立つ。


 滑走路からハンガーに移動し、停止した機体から梯子で降り立ったパイロットの青年に、一人の女性が近寄る。金色のボブカットの髪とエメラルドの様な瞳が印象的な女性は、青年へ声をかける。


「バリオ少佐…!」


「久し振りだな、ルガス議員。元気にしている様で何よりだ」


「ああ…」


 青年、アディル・ディ・レ・バリオ空軍少佐の問いに、女性、ナドレ・ディ・レ・ルガスは頷く。二人は国防軍士官学校の同期で、時々こうして会う事も珍しくなかった。


「叔父から聞いたぞ、最前線に赴任するんですってね」


「ああ…此度は俺の様なエースを多数必要とするそうだからな。ユースティアは今、大急ぎで軍拡に走っているそうだが、それらに負ける気などしない」


 バリオはそう言いながら、先程まで自身の乗っていた機体に目を移す。


・・・


大陸中部 国防陸軍第3前線基地


 ヨーシア大陸の中部、ウェスティシアが多くの国々と接する国境地帯にある国防陸軍基地に、数万の将兵と多量の物資、そして膨大な軍用車両が集う。その一角で一人の士官が、黙々と手紙を書き記していた。


 彼、クラウス・バレン陸軍大尉はこの前線基地に配備されている精鋭第2歩兵師団に属する士官だった。彼は遠く離れた街で家庭を守る妻に向けての手紙を書き終え、それを内地へ送ってもらうために兵站本部へ向かう。


 隣接する飛行場からは規則正しく並ぶ野砲、軍用車、物資の群れが壮大な景観を構成している。散歩する間にも行進する兵士達の隊列やトラックの列と何度かすれ違った。今後の作戦に備えて西から新たに送り込まれた部隊に違いなかった。


 10分ほど歩くと、司令部のテントで密集した区画から離れ、大小の平地となだらかな丘陵から成る錬兵場を横手に見る道路に出る。そこでは、幾千人もの集団が、指揮官らしき人物を囲み、車座になって演説に聞き入っていた。黒一色の制服と三角帽…軍正式のものとは明らかに趣の異なるその服装からして、彼らが『革命防衛隊』所属の民兵であることは彼にも分かった。


 『革命防衛隊』とは、建国時より存在するウェスティシア最大の武装政治団体であり、所属者の数は30万人を擁する。75年前の大陸動乱において多くの貢献を果たした他、国内の反動勢力への弾圧や元老院内での政争でも重要な役割を果たしたのが彼らであった。そのため政財界に占める影響力の増大に伴い、近年では重武装化が進み、その装備・戦闘力はともに正規軍に迫る勢いである。


 無論、『いち元老院議員の私兵だ』という批判は少なくない。むしろバレンにとって『革命防衛隊』という存在は、この国の歪な構造を露わにする汚点であった。


 革命から代々この国の政財に関わってきた貴族階級。そして一定額以上の租税や国防軍への志願によって祖国に忠誠を示す騎士階級によって構成される元老院がすべてを決定する社会。それが、ウェスティシアの社会体制であった。それら特権階級の下に、投票権を与えられ主に都市人口を構成する平民、移動の自由を失い特権階級の保有する土地を耕作する農民、そして貴族や騎士の所有物として苛烈な扱いを受ける奴隷階級が存在する。


 従来この国は、貴族や騎士からの志願と平民を対象とした徴兵によって正規軍を維持してきたが、共和国の支配領域を南北へ拡大するための度重なる戦争によって発生した人員不足は、こうした状況を変質させた。貴族や騎士は軍の活動に必要な租税を納める事で目に見える『貢献』を成しており、ついには所有している農奴や奴隷を兵士として『物納』する者まで現れ始めていた。


 以来、軍は兵士の質の低下という極めて深刻な問題に悩まされることになる。つまり都市出身の平民に比して教育面で著しく水準の劣る環境に置かれてきた者達を一人前の兵士に育て上げることは、今まで以上の手間と時間を要する作業だったのである。


 平民階級出身のバレン自身も、そうした新兵達の教育に関わってきたことから、その面での苦労を知っている。軍用車両の操縦どころか字の読み書きもまともに出来ないような連中に軍人として必要な規律を叩き込み、兵士に仕立て上げる事の苦労は並大抵のものではなかった。その反面、こうした兵士達の多くが都市の平民には見られない素朴な感情の持ち主であり、彼らに日々接するに連れて、彼の心境にもある種の変化が生まれてきていた。それがやがてバレンの内面で既存の体制に対する疑問に変ずるのに、さほど時間を要しなかった。


「我々は、偉大なる神の威光をあまねく世界の端々にまで拡大しなければならない! それは我々ウェスティシア民族に与えられた高尚なる権利であり、神聖なる義務であるのだ!そこで諸君らに問う!我らの神聖なる事業を妨げんとする者には何を以て報いるべきか?」


『徹底的な殲滅あるのみ!』


 すかさず、隊員達は唱和した。彼らのいずれもが、その目に異様な輝きを宿しているのは、気のせいだろうか?バレンが不穏に思う中も指揮官は満足そうな表情で一同を見渡し、続けた。


「我々には高度な先進技術によって培われた最新兵器がある。我らが最強兵器はその一撃でひとつの街を破壊するほどであり、国防軍は我々が今まで戦ってきた如何なる種族よりも規律、勇敢さにおいて勝っているのだ。これらの要素は我らウェスティシア民族がこのヨーシアで最も優れた民族の証左そのものである…」

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