第1話 統合任務教導部隊『シャーレ』

大陸暦1025年4月2日 ユースティア連邦共和国首都キヴォトスA.D. 連邦軍統合参謀本部


 佐々木と小原の二人は、統合参謀本部が置かれている『ヴァルホル』基地の敷地内にある建物の中を歩いていた。向かう先は一つの部屋。


「現在、連邦軍は新たに統合参謀本部直属の統合任務部隊を編成し、来るべき国難に備えようとしています。その理由について説明いたしますね」


 部屋に入り、小原は佐々木にタブレット端末を渡す。そして端末を起動しながら説明を始めた。


「現在、我がユースティア連邦共和国はヨーシア大陸最大の国家であるウェスティシア共和国を主な仮想敵国とし、軍備の増強を進めています。ですが、軍内部では部隊単位で対立が少なからず生じており、軍種を超えた統合運用に大きな課題を抱えています」


 その一例として、陸軍師団の間での軋轢がある。連邦陸軍の実働部隊を構成する15の師団は、この国を構成する州の正規軍にルーツを持っており、特に西部の守りを担う機甲師団は歩兵師団を下に見る傾向が強いという。海軍や空軍といった別の軍種も、それぞれ互いに相手の短所を鼻で笑う様子を見せており、統合参謀本部の頭痛の種となっていた。


「そこで、陸海空三軍より抽出した戦力を基幹に、統合参謀本部で直接運用する教導部隊を編成する事となりました。本部隊での運用で得られたデータと戦訓を基に、より効率的な統合運用を行う事となります。そのため、所属者も士官学校及び陸海空三軍の高等学院卒業者がメインとなります」


「やる事がまんま、学校の先生だな…だからこそ、私を選んだというのだろうか…」


「それにつきましては、何とも言えませんね。異なる世界より人を引き入れる際、我が国は必ず『神託の儀』を行います。30年前に日本国政府と秘密裏に協定を結び、正規の手段で他の世界の人を迎え入れる事が出来る様になったとはいえ、『判断基準』を直接知る事は出来ません。ですが、こうして話していれば、自ずと理解出来る気がします」


 はるか昔から、この大陸に存在した国々は一刻も早く力を手に入れるべく、人攫いも当然のやり方で召喚魔法を使っていたという。しかし75年前のヨーシア大陸全土を巻き込んだ動乱にて、召喚者とその子孫が実力者として台頭。新たな国家の形を成して行った後に、召喚魔法をベースとした時空間移動魔法を確立し、公式に『向こう側』と交流を行う様にしたのである。


 ここユースティアは、その先例だった。小原の名が示す様に、日本から召喚された人々が中心となったこの国は、かつての自分達の様に、自身の意思に関係なく強制的に扱われる事の無い様に、最大限の配慮を努力してきた。そしてヨーシア大陸西部の大国ウェスティシアが頭角を現す中で、首都キヴォトスにある『聖地』で儀式を行い、対象者から了承を得た上で召喚を実施していた。


「そして中尉、今回新たに編成される部隊…統合作戦の訓練及び検証、課題解決を主目的とした統合任務部隊の名は『シャーレ』と言います。試験管テストチューブではなくシャーレペトリ皿という呼称には思うところがありますが…統合参謀本部はそれだけ期待しているのでしょう」


 佐々木は彼女の話を聞きつつ、席に座る。卓上にはすでに『統合任務教導部隊シャーレ司令官・佐々木将悟』の名札があり、彼は小さくため息をつく。


「…私の様な若者に、こんな難しい事を任せるなんて…でも、やるしか無いだろうな」


・・・


 翌日、佐々木の下に二人のの士官がやって来た。片方は黒髪の印象的な女性で、もう片方は笹穂形の耳と金色のボブカットが目を引く女性だった。


「連邦陸軍参謀本部より派遣されました、早瀬梨花はやせ りんか少尉です。よろしくお願いします!」


「同じく、連邦空軍作戦本部より派遣されました、エリザベス・クロステルマン少尉です。以後、お見知りおきを」


「『シャーレ』隊長の佐々木将悟だ。見ての通り、新参者だ。よろしく頼むよ」


「はっ…しかし、空のお調子者と肩を並べて戦うための訓練部隊とは、統合参謀本部も随分と無理難題を押しつけて来ましたね」


 早瀬が毒を吐く様に呟き、隣に立つクロステルマンは不機嫌そうな表情を浮かべる。佐々木は早瀬に視線を送りつつ言う。


「そうは言わないで下さい、早瀬少尉。戦場は一見別々に見えて、しっかり結び付いているんですから。例えば、空軍は山の向こう側やより遠くの位置にある敵を見つけだしてくれます。制空権を守るだけでなく、陸軍の行動をより上手く助けるのも空軍の役目です」


 佐々木の言葉に、クロステルマンはフッと笑う。佐々木は今度は彼女の方に目を向ける。


「ですが、空軍の軍用機は常に空にいる訳ではない。必ず飛行場で整備を受け、燃料と弾薬を補給しなければなりません。その飛行場を守ってくれるのは警備隊だけではない。それに、森林の中や市街地のビルの合間など、空からよく見えないところから不意打ちを仕掛けてくる敵もいる。それを排除する事の出来る能力を陸軍は持っています。互いに助け合い、この国を守る事を心がけて下さい」


 そう言葉を締め、二人は複雑そうな表情を浮かべる。その様子に佐々木は、前途多難の予感を覚えた。


 この日より、統合任務教導部隊『シャーレ』は稼働開始。陸海空三軍での統合作戦の研究と検証が開始されたのだった。

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