第4話 「優斗さん、私とHしませんか?」

 梓ちゃんに引っ張られて来たのは、あの自動販売機だった。日も暮れて、周囲にはこの自動販売機以外に灯りはない。

 いつもと変わらぬ虫たちの演奏を聴きながら、梓ちゃんは真剣な面持ちで俺に言った。


「優斗さん、私とHしませんか?」

「えっ、何言って……」

「私、まだガキですけど優斗さんさえ良ければ……私、優斗さんにすべてを捧げたいです」


 梓ちゃんの真剣な表情が自動販売機の灯りに照らされている。


優斗ゆうと、男の魅力って「優しい」ことじゃないから』


 夏美の言葉が脳裏に蘇る。

 梓ちゃんがいいって言っているんだ。俺に身体を捧げたいって言っているんだ。俺だって男らしいところを梓ちゃんに見せたい。

 梓ちゃんの両肩を持つと、梓ちゃんは俺に向かって顔を向けて目を閉じた。俺もキスしようと顔をゆっくりと近づけていく。その時――


 ――自動販売機の灯りがチカチカッとまたたいた。


 我に返った俺。まだ中学一年生の梓ちゃんに俺は何をしようとしていたんだ。梓ちゃんの気持ちだって恋愛のそれではなく、年上のお兄さんへの憧れなのかもしれない。自分の欲望にまかせて梓ちゃんとそんなことをしてしまえば、梓ちゃんに一生消えない傷を負わせてしまうかもしれない。親御さんの信頼をも裏切ることになる。

 俺は梓ちゃんの肩から手を離した。


「俺、そんなことできないよ……」

「えっ、それは……やっぱり私がガキ……だからですか? 私なら大丈夫ですよ。あんなヤツらに童貞呼ばわれされるの悔しくないですか?」

「それこそ、そんな理由で梓ちゃんとHなんてできない!」


 思わず大きな声を上げた俺に、梓ちゃんは驚く。


「優斗さん……」

「Hってさ、きっと凄く気持ちいいんだろうし、梓ちゃんと身体を重ねて好きな気持ちを確かめ合うってとても素敵なことだと思う」

「じゃあ――」

「でもさ、Hって子どもを作る行為でもあるよね」

「あ……」

「コンドームをしていたって、絶対に避妊できるわけじゃないんだよ」

「えっ!?」

「俺も年上だけどまだ十六歳の高校生、梓ちゃんはまだ十三歳の中学生だよね。避妊としてピルを飲んでもらうにしたって、まだ大人になりきっていない梓ちゃんへの負担はとても大きいと思う。どんな影響が出るかも分からない。それで万が一赤ちゃんができてしまったら、俺はそれに責任が取れない。梓ちゃんが好きだとか、赤ちゃんが可愛いだとか、そんな気持ちだけで赤ちゃんは育てられない。じゃあ、どうする? ……どういうことになるか、梓ちゃんなら分かるよね?」


 顔を真っ青にしている梓ちゃん。


「俺は梓ちゃんとHしたくないわけじゃないんだ。俺がしたくないのは、梓ちゃんを傷つけることなんだよ。もしかしたら、それは古臭い考えで、男らしくない考えなのかもしれない。でも、俺は梓ちゃんに一生消えない傷を身体と心に負わすかもしれないことはできない」


 俺の言葉に梓ちゃんは抱きついてきた。


「私をそんなにも大切に想ってくださって、本当に嬉しいです……私はそんな優しい優斗さんが大好きです」


 梓ちゃんは俺の胸に顔をうずめた。

 俺も浴衣姿の梓ちゃんの背中に手を回し、優しく抱き締める。

 そんな俺たちを雑草の中の虫たちは精一杯の演奏で祝ってくれて、自動販売機は灯りを時折チカチカさせながら、祝福の光で俺たちを暖かく照らしてくれた。


「……ところで、先程『梓ちゃんが好き』って……」

「えっ! そ、そんなこと言ったっけ!?」

「私に告白させて、優斗さんは告白してくれないんですか?」

「あぁー……こ、今度ね……」

「もぅ! そういうところは男らしくしてください!」

「ジュ、ジュース飲もうか! 梓ちゃん、何がいい!?」

「ごまかされませんよ! まったく!」


 田んぼだらけの田舎道、ポツンと存在していた自動販売機の小さな灯りの下、ふたりで笑い合いながらジュースで乾杯した。


 俺の考えや行動は優しいのではなく、単に意気地がないだけだ。周りから見れば情けない男なのだろう。でも、梓ちゃんを大切にしたい気持ちに嘘はないし、その気持ちは梓ちゃんに通じたと思う。そうであれば、周りに何を言われようが、どんなに笑われようが構わない。


『私はそんな優しい優斗さんが大好きです』


 心に刻まれた俺を肯定してくれる梓ちゃんの暖かい言葉。

 俺を支配しようとしていた夏美の言葉は、いつしか忘れていった。



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