第2話 年下の女の子・梓ちゃんとの出会い

 翌日、朝ご飯を食べている時に母親から夏美について聞かれた。家に帰ってこないらしい。また最近は度々無断外泊していたとのことだった。俺は昨日のバイト中の出来事を話した。夏美に俺以外の彼氏が出来たことに母も驚いていたが、もう夏美には振られたので、今後俺は夏美を一切関知しないとはっきり言うと、母もそれ以上は俺に聞いてくることはなかった。

 その後、俺は和菓子屋の紙袋にタオルを敷いてから人形を入れて、昨夜人形を拾った自動販売機へと向かった。そして、昨夜と同じ場所に紙袋をそっと置いた。


「昨日は踏もうとしてゴメンな。身体も服も綺麗にしたから、きっとキミを大切にしてくれる子どもが拾ってくれるよ」


 俺は紙袋に入っている人形にそう話しかけた。


「あっ、アリスちゃん!」


 女の子の声に振り向くと、中学生位の黒髪おさげで銀縁メガネの女の子が立っていた。やばい、人形に話し掛けているのを聞かれたかも。

 思わず顔を赤くする俺の方へススッと近づいてきた女の子は、紙袋の中の人形を手にすると、とても嬉しそうに微笑んだ。


「お兄さんが拾ってくれたんですね! わっ、お洋服まで綺麗になってる! 本当にありがとうございました!」


 俺に頭を下げる女の子。彼女の名前は落合おちあいあずさちゃん、中学一年生。人形は、幼い頃に亡くなったお祖母ちゃんからもらった宝物で、昨日自宅で陰干ししていたら無くなっていたらしい。犬が咥えていったのか、誰かが持っていったのかは分からず、今日は朝からあてもなく集落の中を探し回っていたとのこと。持ち主の手に戻って、本当に良かった。

 何か御礼がしたいという梓ちゃん。中一の財力を考えて、バイト先のコンビニへ行ってジュースをご馳走してもらうことに。今日はバイトも休みなので、俺はスナック菓子と梓ちゃんの分のジュースを買って、イートインコーナーでおしゃべりを楽しんだ。俺たちを冷やかしに年寄りたちがちょっかいを出そうとしてきたが、店長に怒られてシュンとなっていた。その様子が可笑しくて、梓ちゃんとふたりで大笑いしてしまった。

 楽しい時間は過ぎるのも早い。陽の沈み切らないうちに、梓ちゃんを自宅まで送り届けた。出てきたご両親に訝しげな表情をされてすごく焦った。そりゃそうだ。まだ中一の大切な娘が謎の男子高校生に送られてきたんだ。慌てて変な関係ではないことを説明して、梓ちゃんからも人形のことを説明してくれた。ご両親も納得してくれたようで、俺もホッとして梓ちゃんとお別れした。


 あの日以降、バイト先に梓ちゃんが遊びに来ることが増えた。俺のバイトが終わるまで、イートインコーナーで夏休みの宿題。バイトが終わると、少し一緒におしゃべりを楽しんでから彼女を家まで送り届けた。後日、店長に話を聞いたら、俺が休みの日にも店へ来ていて、いない時は買い物だけして帰っていくそうだ。

 梓ちゃんもそのうち飽きるだろうと思っていたが、この状況は続いていた。梓ちゃんはとても可愛いし、悪い気はしない。ただ、ご両親が心配するだろう……と思っていたのだが、こんな日が続いていたためか俺を信頼してくれているようで、一度自宅でお茶までご馳走になってしまった。


「ら、来週の夏祭り、い、一緒に行きませんか!」


 ある日のバイト中、コンビニで梓ちゃんに叫ばれた。勢い余ってか、銀縁眼鏡が少しだけズレている。顔を真っ赤にして、真剣な表情で誘ってくれた梓ちゃんに、俺はもちろん笑顔で頷いた。待ち合わせ場所と時間を決めた後、店を出た梓ちゃんは――


「やったー!」


 ――嬉しさを爆発させていた。歳は離れているけど、あんなに可愛い女の子がこんな俺を慕ってくれている。俺は純粋に嬉しかった。その様子をニヤニヤしながら眺める下世話な年寄りたちの視線はマジで鬱陶しかったが。



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