とある異世界転生のお話
京野 薫
作られた英雄
ずっと夢中になっていたWeb小説。
その中でも私がお気に入りだったのは異世界転生物の小説。
それまでの世界からひょんな切っ掛けで異世界に生まれ変わって、女神様からもらった力で大活躍!
最初は小ばかにしていたそんな世界の物語に、サイト内の広告から気まぐれで読んでみた所すっかり虜になった。
それはまさに私のような人間の願望を具現化したような気持ちよさに満ちていたからだ。
満たされない私。
いや、それどころではない。
家に帰ればアルコール依存症の母親。
職場では特に地味で目立たない、しかも特に有能でもない私は透明人間。
極めつけは2ヶ月前に分かれた彼氏のトオルからストーカーまがいに付きまとわれていたのだ。
あの蛇やトカゲのような目……別れてからは常軌を逸したような冷ややかなものだった。
唯一の楽しみはお給料で推しの出ているゲームを進めることと、異世界転生もののラノベやWeb小説を読むこと。
ああ……私も異世界へいけたらな。
剣と魔法の世界でキラキラした冒険を、推しのライアル様のような優しくカッコいい剣士と……
そんな事を考えて現実から逃れているときだけが生きているとき。
そんな私が、まさに女神様の前に居た。
うそ……信じられない。
これって……
「
「え……それって、まさか」
私は全身が感動と興奮に震えるのが分かった。
これは……Web小説やラノベで読んだ……
私の脳裏にトオルともみ合いになり、道路に押し出されたときの記憶が蘇る。
あの爬虫類のような目。
心を氷の手で握られたかのような不快感……
女神様は手を軽やかに動かすと、空中に板のようなものが現れて、そこにはズラッと能力を示す数値が……
わわっ! これってあの「ステータスオープン!」って奴だ。
感動……しかも、結構高い数値だ。
ふむふむ、私は魔術の才能があるのね。
それから私はいよいよ女神様に異世界へ送り出されるときを迎えた。
「あなたはコッヘルと言う小さな村の、羊飼いの夫婦の下に生まれ変わります。容姿は変わりますが性別と前世の記憶は残ります。そのほうが死ぬ前の世界の知識も生かせるでしょう。そして大人になったら、私たちの造った世界を荒らす魔王を倒して欲しいのです」
「至れり尽くせりですいません。きっとあなたのお役に立って見せます」
「期待してますよ。もちろん、あなた1人に背負わせるつもりは無いので。あなたと同じくらい転生に強い執着を持つ人が居たら、その人もあなたの近くに転生させてあげます。それなら仲間になりやすいでしょ?」
「あ……有難うございます!! 流石に1人は不安なので……」
「もちろんそんな事は致しません。実は今もうすでに1人転生に強い執着を感じている人物が死にそうなので、その人も転生させましょう。あ、ちなみにこれは雇用契約みたいなものなので、依頼の拒否は無しですよ。つまり……」
「魔王を倒さない事ですね? それは大丈夫です、約束は守ります。でも……もし倒さなかったらどうなるんです?」
「その時は多少あなたの運命に干渉させて頂きます。生死を操る事は出来ないけど、それ以外は案外融通が利くんです。私」
そう言って胸を張る女神様に(それってドヤ顔する事じゃないよね……)と内心思いながらも頭を下げた。
ここでご機嫌損ねて異世界転生をなしにされたらたまらない。
「それは絶対に致しませんので、ご安心を。早速仲間まで……嬉しいです。絶対に魔王を倒して見せます! でも……私なんかでいいんですか?」
「もちろんよ。ふふっ、じゃあよろしくね。私の勇者様……」
女神様が話し終わる前に私の意識は暗闇に消えた。
それからは女神様の言葉通りにコッヘルに転生した私は、両親からジュリアと名づけられ、元の世界の記憶と魔術の才能を元に神童の名をほしいままにした。
丁度私が3歳の頃に近所の大工さんの家に生まれた女の子とは気があって、一緒に遊んだり勉強するうちに彼女も魔術の才能があったのか、めきめき腕を挙げ、私に遅れる事3年の後、一緒に魔法学校に通うようになった。
そんな彼女……ララも私にかなり懐いており、私の後を追って魔法学校に入ったララと私、ジュリアは魔法学校をきわめて好成績で卒業し、晴れて冒険者となった。
それからは私とララで始まった旅も、剣士のロバートや僧侶のローラを加え、魔王を倒すための旅に出た。
それはいかに女神からの力を授けられたとはいえ、苦痛と恐怖に満ちたものだった。
でも、どうにか前世のロールプレイングゲームや異世界転生小説の知識で何とかなった。
その果てにいよいよ魔王との戦いを迎え……見事に勝利した。
※
王国の首都に戻った私たちは英雄だった。
よく、プロスポーツやオリンピックで凱旋帰国の様子をテレビで見たけど、あの数倍の規模と熱狂ぶりにただ私たちは酔いしれていた。
民衆の私たちを見る目はまさに「神」だった。
小さい頃から賞状1枚さえもらえなかったのに。
本当に異世界転生してよかった……やっといるべき場所に来れたんだ。
感動で涙をあふれさせていると、隣のララが私の手をギュッと握ってきた。
「おめでとう、ジュリア」
私はララの顔を見ると思わず抱きしめた。
「有難う。こんな私とずっと歩いてきてくれて。あなたのお陰でここまで来れた」
「私も。でもこれからもずっと一緒だから」
※
その日の夜。
王様主催の夢のようなパーティを過ごした私たちは、それぞれの部屋に戻った。
明日からは魔王を倒した英雄として、遊んで暮らせるだけの報酬と屋敷が用意されるとの事。
「ねえ、ジュリア。これからどうするの?」
無邪気な笑顔でララがたずねてきたので、かなり酔いの回っていた私は気分よく答えた。
何をして日々を送ろうか……
本を読むのもいい。
美食に浸るのもいいだろう。
ああ、そうだ。
せっかくだから英雄たる私にふさわしい魅力的な男性をはべらせたい。
前世ではあんなストーカーみたいな男しか縁が無かったんだ。
これからは理想の男性をゆっくりと吟味しよう。
いや、そもそも吟味などしなくてもいい。
日替わりもありだろう。
これからはあんな地獄みたいな冒険をする事も無い。
時間は腐るほどあるんだ。
と。
「あなたも一緒にどう? お互い、これからは人生楽しみましょう」
そう。あんなクズみたいな前世の分まで。
ララは私をじっと見ると、無言で首を振って別のテーブルに行った。
どうしたんだろ、変な子。
まあいいや。
旅は終わった。これからはみんなバラバラだ。
いつまでも仲良しこよしでもないだろう。
有難う、女神様……私、今とっても幸せです。
部屋に戻った私はいつしか深い眠りに落ちていき……腹部の激痛で目が覚めた。
え……?
お腹には細身の短剣が刺さっている。
血がまるで安っぽいドラマみたいに吹き出してる……
呆然と天井を見上げると、そこにはララの顔があった。
一転の曇りも無い見慣れた笑顔。
でも……ただ一つだけ異なっている。
ああ……これ……覚えがある。
その心を氷でえぐられるような、蛇やトカゲのような目。
「な……んで」
やっと声を出した私に向かってララは言った。
「やっと僕のものになるね。ジュリ……いや、恵美子」
うそ……
「トオ……ル……なんで」
「僕もあの後、君を追ってビルから飛び降りたんだ。そしたら女神とか言う変な女から異世界転生の話を受けてね。その時ピンと来て君の事をたずねたら案の定。早速僕も君と同じ世界への転生を希望したよ。あの女神、戦力が増えるなら、と喜んで君の近くに行かせてくれたよ」
ララ……いや、トオルは続けた。
ああ……お腹が痛い……
「ねえ……医者……を」
「まさか同じ女性になるとは思わなかったけど、問題ない。女神から貴重な話も聞けたしね。あれを聞いて、僕は計画を練った。そして君に最後のテストをするつもりだった。他の男に走りはしないか、と言う。ララ一筋になるなら見逃そうと思ったけど……でもまさかハーレム作りとはね。それなら次の段階だ」
「次の……段階?」
私はつぶやきながら意識が遠のくのを感じた。
せっかく……これから……
※
次に目覚めたとき、私の目の前にはまた女神がいた。
お腹はすでに痛くない。
私は女神に対して怒鳴りつけた。
「どういうことよ……なんでアイツまで転生させるの! お陰で私の二度目の人生台無しじゃない!」
すると女神は慈愛に満ちた笑顔で続けた。
「いえ、ジュリア。私は感激しているのです。あなたとララのお陰で素晴らしいモデルができあがったから」
「モデル?」
「ええ。私の力で転生した生物は、命を失うたびまた私の元に帰り、再度別の存在に転生し、別の穢れた唾を吐きたくなるような存在の討伐に出てもらう。でも今までそれに時間がかかり過ぎていたのが悩みだった。穢れた存在を倒した後、転生者が死ぬまでに時間がかかりすぎてたの。みんな英雄扱いされて安全を確保されちゃってたから」
え……
呆然とする私の目をじっと見て女神は続けた。
それはまるで母親のような暖かい瞳……
「でも、転生者に激しい執着を持つ者と、時期をずらして転生させ関わるようにすれば、その者は遠からずお互いの命を奪う確率が上がる。えっと……あなたの元の世界で言う『すとーかー?』とか『さつじんき』と『その犠牲者』とかね」
な……なに……言ってるの。
頭が混乱する私の中にある考えが浮かび、震える口調で言った。
「じゃあ……まさか」
「はい! ララもまもなく自らの命を絶とうとしています。実はララ……えっと、トオルには転生前にこの計画をお話ししたんです。そしたら上手くやってくれて」
体中を震わせて言葉が出なくなっている私を見つめながら女神は言った。
「ララがやってきたら早速次の討伐に行ってもらうわね。今度は難易度が上がって、3つの穢れた薄汚い存在……水・炎・土の魔人を倒してもらうわ。すでに4人の魔法使いと僧侶、騎士を送り込んでて、ちょっと人手が要りそうだから大至急行ってもらうわね。あなたとララは今度は剣士になってもらうので。前は後方支援ばかりで退屈だったろうから、今度は前線要員。私って気が利くでしょ」
震えながら首を横に振る私に女神は言った。
「あ、もうララが来るわね。やる気のある子って大好き! じゃあ早速あなたから転生してもらうわね、急ぎだから今回はえっと……あ、思い出した! 『ステータスオープン!』は省略ね。ただ、今回は特別サービス! 魔人はとにかく強いから、今回の転生者には特別サービスで『1年限定で手足が千切れても、身体が焼け焦げても再生する不死の能力』をつけてあげたの! じゃあ……行ってらっしゃい」
女神の隣に光の塊が浮かんでいる。
逃げようとする私に向かって女神は言った。
「それでは良い旅を」
とある異世界転生のお話 京野 薫 @kkyono
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます