第31話 すべてはこの時のために
この2週間、私はさらに深く、入念な準備をした。
それは主に家出に必要なことが多かったがそれだけじゃない。
エリーデに喰らった雷属性魔術の対策、そしてエリーデなら作り上げていてもおかしくはない他の未知の魔術についての対策もだ。
──例えば私は、水素と酸素、それに火があれば爆発を起こせることを知っていた。
──例えば私は、電磁波があれば砂鉄を動かせることを知っていた。
もしそれをエリーデも気づいたならば、新しい魔術体系に昇華させている可能性は充分にある。
だからこそ私は私の考えうる可能性すべてへの対策をシステム化魔術に落とし込んだのだ。
……そのことをエリーデへと教えてやる気なんてさらさら無いけれどね。
「ならっ! 植物属性魔術はっ!」
「効かない」
「氷属性魔術──っ!」
「なんの問題もないわねぇ」
「熱属性魔術は──っ」
「あれれぇ? それもダメみたいですねぇ~?」
エリーデが必死の表情で放ってくるオリジナル魔術が、次々に私の前で立ち消えていく。
……やっぱり、準備って大切ね。
火と水に土、そして風。
その4属性でできるであろう魔術にできる限りの対策を施してきた。
その努力がまさにいま目の前で実っている。
「さてさて、エリーデぇ? そろそろ私のターンじゃなくってぇ?」
圧縮球×100。
しかしやはりそれらは簡単に避けられていく。
「フン……ッ! 予想外だったわ、シャルロット。でもね、貴女の攻撃も当たらなければ私も負けはしないわ!」
「確かに、そうですね」
「なら、引き分けかしらね。まさかキッチンまで運んできたはずの七面鳥を逃がす羽目になるとは思わなかったわ」
エリーデは悔しげではあったものの、まだ余裕のある表情だ。
ああ、なるほど? もうこれでエリーデは終わった気でいるのね。
「引き分け? なにを言ってるのですか?」
「……え?」
「言ったでしょう? 復讐の時間だと」
──圧縮球×1000。
私はさらにシステム化魔術を起動させた。
「エリーデ・ディルマーニ。ここがお前の年貢の納め時だ。私が一度始めた復讐にはねぇ、引き分けなんて存在しないのよッ!」
1000もの圧縮球による暴力がエリーデへと襲い掛かる。
「く……っ!」
横薙ぎするように足元を狙ってやると、エリーデは風属性魔術で空中へと高く飛び上がる。
20メートルといったところか。
しかしそこは充分な射程圏内だった。
「さて、舞台は整ったわ。グリムっ」
「はいっ! シャル様っ!」
「ブチカマしてやりなさい」
私の声に呼応するように、グリムがエリーデの真後ろへと飛んだ。
身体強化魔術で飛躍的に筋力の向上したグリムにとって、もはや20メートル程度の高さはまるで障害にならない。
「ハァ──ッ!!!」
グリムの、この2年の鍛錬によって研ぎ澄まされた木剣の一振りがエリーデに牙を剥く。
「ぐっ!?」
エリーデはそれを氷の盾で防ごうとしたが、甘い。
縦は真っ二つに割れ、その肩に木剣が食い込んだ。
勢いよく、エリーデの体が地面へと落ちる。
「グッ……」
エリーデは何とかオリジナル魔術のひとつであろう、ゼリー状のクッションを生み出して落下の衝撃を緩和していたようだ、まだ生きている。
しかし、肩を押さえている。
グリムの一撃は痛恨極まったようだ。
「さて、エリーデ? その場にひれ伏すならば命乞いくらい聞いてあげるけど?」
私の問いかけに、しかし。
「シャルロットォォォ! アンタ、こんなことをしてタダで済むと──ッ!?」
どうやらまだ反省の念は無いようだ。
残念だ。
ならもう容赦はしない。
「ひれ伏せ!」
私はその言葉と共に、ずっと準備していたそのシステム化魔術を起動する。
──システム:"気圧操作・高"。
「……ぐがッ?」
直後、エリーデの身体がまるで見えざる手に上から押されるように、地面へと這いつくばった。
「な……っ! なによ、これ……!?」
起き上がろうともがいているが、しかしエリーデのその身体は一向に動く気配がない。
それもそのはず。
「知ってたかしら。空気にも重さがあるってことを」
「……っ!?」
まあ知らなくても無理はない。
空気の圧力、すなわち気圧。
それは空気の重さに他ならない。
私のいま使ったこのシステム化魔術は、上空の空間にある大量の空気を凝縮してエリーデの真上だけに集めるものだ。
その重さによって、いま彼女は身動きを封じられているというわけ。
非常に強力だが、発動までには相応の時間を要してしまう……
ゆえに、私は圧縮球をエリーデに投げ飛ばして時間を稼いでいる間、システム化魔法で大気を集めていた。
「さぁてと」
私は地面に這いつくばるエリーデの側まで寄る。
そして、
「ねぇねぇ、姉様? 今どんな気持ち?」
「……は」
「取るに足らない無能だと見下していた実験動物に屈服させられて顔面泥だらけにされてる感想を聞かせてくださるぅ?」
エリーデのこめかみに青筋が立つ。
「あっ、アンタ……」
「『アンタ……』、の後は? 何も言えないわよねぇ? 事実だもんねぇ?」
「……調子に乗ってるんじゃないわよ。この拘束が解けたら、覚えてなさい」
「あら、次があるなんて思っていて?」
私はシステム化魔法のひとつ、圧縮球の圧縮率をドンドンと高めたものを空中へと浮かせた。
それは次第に光と高熱を発し始める。
「なっ、なによ……それ……!」
「エリーデ? アンタが私の命をどうでもいいと思うように、私にとってアンタの命だってどうでもいいのよ」
サーッと。
エリーデの顔から血の気が引いていった。
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