第29話 メインイベント

「うーーーん、スッキリーーーッ!!!」



静まり返った家の階段を降りながら、私はぐぅーっと伸びをした。


本来ならとうに家を脱出して、ここから歩いて10日ばかりのところにあるらしい街へ向けて出発しているはずなのだけれど。

つい横道にそれちゃった。


そして家の玄関ホールまで来たところで、



「シャル様っ!」



グリムが私を迎えに来てくれていた。

ログハウスへと置いておいた2人分のリュックも持ってきてくれているようだ。



「ご無事なようでなによりです」


「うん。ごめんね? ちょっと計画通りにはいかなくて……」


「いえ。僕としても初めての実戦を経験できたのでラッキーでしたよ。あまり手ごたえはありませんでしたが……」



そう言ったグリムの片手には使い古された木刀が握られている。

ふむ。

さっきから何人もの護衛たちが床に倒れていて変だなとは思ったけど、全部グリムがやったのね?

この1年での成長がすさまじいわ、グリム。



「ところでシャル様、この騒ぎでご当主様たちは……?」


「ああ、うん。ちょっと行って全員秒殺してきたわよ。あ、本当の意味では殺してないけど……戦闘不能にしたって意味で」



まあ当然の結果だわね、語ることもそれほどはない。


貴族の特権、属性魔術が万能だと驕っているラングロの最初の一撃を無効化してやって、それに驚いている間に私が圧縮球を何十発と叩き込んでやるだけの簡単な作業だったわ。

父親がやられたことに逆上してアルフレッドやフリードも攻撃してきたけど同じように対処した。



「とりあえず今後いっさい私に関わる気が失せるように、強めの攻撃で身体を壁にめり込ませてやったの。そしたら……ププっ! まるで前衛芸術的な壁画みたいになって傑作だったわ。これでしばらくは物理的に身動きが取れないでしょう」


「は、はぁ……」



ケラケラ笑っていると、グリムがちょっと引き気味になっている。

おっと、いけない。

いたいけな少年の前で、私はあまりダークサイドな面を見せたくないのよね。

絶対復讐の信念は胸の内に留めておかなくては。



「ま、それはさておき。そろそろ行きましょうか」


「はいっ!」



リュックを背負って、私とグリムが玄関の戸を開く。

もはや私たちを止める者は誰もいない。



──ある1人を除いては。



「あら、もう行ってしまうの? シャルロット」



敷地の外に出るための門、そこに身体を預けるように寄りかかっていたのはエリーデだ。

その姿を認めた瞬間、グリムが私を守るように正面に立ち、木刀を構えた。



「いいのよ、グリム。大丈夫だから」



私はグリムに木刀を下げさせる。

大丈夫。

なぜならこれは"予想した通り"のイベントの1つだ。



「……エリーデ姉様。あなた、仕組みましたね?」


「なんのことかしら?」


「ちょっと考えたら分かりましたよ。だいいち、親切心で人にアドバイスをするような人間じゃないでしょう? エリーデ・ディルマーニという人間は」


「酷い言われようだわ……まぁ、その通りだけど」



肩を竦めるエリーデに、ため息が出てしまう。

まったく、あんな手ひどい目に遭わされたあげく、手のひらで踊らされそうになるとはね。 



「? どういうことですか?」



なにも分からないというようにグリムが訊いてくる。



「うん、つまりね。ログハウスでのエリーデ姉様のアドバイスはやっぱり罠だった、ってことよ」


「えっ……」


「エリーデ姉様は今日、私たちに家出の決行をしてほしかったの。それは私たちのためなんかじゃなくて、なによりもエリーデ姉様自身のために、ね」



そうでしょう? とエリーデへと視線を送るが、彼女はうんともすんとも言わない。



「だいたい、考えてみれば今日絶妙なタイミングで子爵が私の部屋に来たのだっておかしいわ。こんなタイミングが良すぎるなんてあり得ない。きっとエリーデ姉様の指金でしょう? いったいどうたぶらかしたのです?」


「いいえ、別に? 単に寝酒に興奮剤を盛って、シャルロットの部屋の位置を教えただけよ?」



……ほら見なさい、やっぱりそうだった!



げんなりした視線を送ると、なにがおかしいのかエリーデがクスクスと笑う。



「さあ、それじゃあシャルロット? 楽しい夢を見る時間は終わったわ。大人しく私に捕まりなさい?」



エリーデの身体から稲妻が瞬いた。



「グリム。私の後ろで指示に備えていて」


「シャ、シャル様……? これはいったい……?」


「合理主義者のエリーデ姉様らしい発想よ。当主であるラングロ、その長男のアルフレッドと次男のフリード……アイツらを襲った私を姉様が自分の手で捕まえることで、なにかしらの利益を得ようとしている。きっとそんなところでしょう?」



エリーデをにらみつけると、彼女は少女らしからぬ酷薄な笑みを浮かべる。



「私の夢を果たすためにね、ディルマーニ家の当主となることって条件がついちゃったのよ。だからサッサと家督をもらいたくてね? でも実力行使で強奪するよりも、お父様には自ら身を引いていただきたくって」


「……それで出来損ないの私にボコボコにさせた、と?」


「ふふふっ。その方がいっそう自分の無力感を味わってもらえそうじゃない?」



ニタリ。

エリーデは10歳の少女とは思えないほど歪んだ笑みを浮かべた。



「10歳にも満たない自身の娘に手も足も出ないなんて。隠居ものの失態よ。その上で私があなたを捕まえたなら、もう私に当主を譲るまでは秒読みでしょうね」



それを聞いた私にはもう、なんというか言葉もなかった。

初めてクソ親父こと、ラングロに少し同情する。



……私といいエリーデといい、アイツ、娘に恵まれなかったわねぇ。



まあ、どうでもいいわ。

もうこれからの私には関わり合いのないことには違いないのだから。



「エリーデ姉様が超合理主義者でよかったです」


「あら、どうして?」


「おかげで、私の手のひらで踊ってくれたんですから」


「……はぁ?」



私は背負っていたリュックを地面に落とす。


ああ、この2週間は長かった。

本当に。

この屋敷で抑圧された数年の日々が短く思えるほどに。



「私は待ってたのよ、この瞬間を」



繰り返すけれど、これは予想した通りのイベントの1つ。

じゃあ、私がそれを回避しなかった理由は?



……そんなの、決まってる。



『やられたら絶対にやり返す』



特にエリーデには。

復讐せずにこの屋敷を後になんてできやしない。

私の可愛いグリムを傷つけてくれた怒り、恨みを忘れることは1秒もなかった。


この胸の内に渦巻くどす黒い復讐の炎を、もう我慢することもない。



「エリーデ、アンタにはここでひれ伏してもらう」


「……!」



──システム:圧縮球、起動。ループ×10。フルパワー。



「さあ、復讐の時間よッ!!!」

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