第28話 復讐の時間

私はとりあえず自室のあった3階から順に廊下を渡り歩いていき、それから4階、5階と遭遇した者すべてを吹き飛ばしてやってきた。

今のところは護衛たちのみで、家人とのエンカウントは無しだ。



……しかし、護衛だっていうのに手ごたえがまるでないわね……。



何人かはエリーデのように圧縮球をかわして反撃してくるかもって警戒していたのに、とんだ拍子抜けだった。

もしかして前世で言うところの警備員的なポジションなのだろうか?

そうであれば戦闘力が皆無なのも頷ける。


さて、それほど時間もかからずに私は最終目的地点としていた部屋の前へとたどり着いた。

いちおう、いまさらではあるけれど礼式にのっとってノックをする。



「失礼します、"お父様"」



その部屋、ラングロ・ディルマーニの執務室にはエリーデ以外の家族全員が集合しており、護衛に囲まれるようにして縮こまって身を寄せ合っていた。


みんな、突然の出来事に顔をこわばらせている。

まあそうなって当然ね。

真夜中に突然、轟音が響いたかと思えば護衛が次々と吹き飛ばされていくんだもの。

いったいどんな敵の襲撃だと恐れおののいてもしょうがないわ。



「チッ! シャルロットか……」



内心は不安でいっぱいだろうラングロが、私に向けて憎々しげに舌打ちしてくる。

こんな状況でも私に対しての当たりを強くすることで、家族の前で威厳を保ちたいのだろう。

まあしかし、私はそんな茶番に付き合っている暇はない。



「お父様──いや、いまさらこんな口調を続ける必要もないわね。ねぇ、ラングロ。私はこの家を出ていくことにしたから。後のことはよろしく」


「……は?」



ラングロが口をポカンと開ける。



「だから家出よ家出。もうこの家に戻ってくる気はないし、ついでに嫁に行く気もサラサラないから。私のことは元々いなかった人間として扱ってね」


「いや……お前、いや……なにを言っている……? こんな状況で家出だと……? 無能だとは思っていたが、まさかいま我々が何者かによる襲撃を受けているということすら理解できないのかっ!?」



ラングロが唾を飛ばす勢いで言ってくる。

ああ、うん。

まあそうなるよね、って感じ。



「安心しなさいよ。私が居なくなれば襲撃も止むもの。っていうか私が襲撃してたわけだから、当然のことなんだけれど」


「……は? お前が、襲撃……?」



ラングロの言葉が尻すぼみになっていく。

ああ、どうやら脳の処理が追い付いていないらしいわね。


まあ属性魔術の使えない出来損ないとしてしか認識されていない私が突然こんなことを言ったって、理解できるハズもないわよね。



……なら、言葉で説明するよりも見せた方が早いわね、これは。



私はラングロの執務用デスクの上にあった高そうな時計に狙いを定めると、それを生活魔術を使って手元へと引き寄せてみせる。


おお、近くで見ると素晴らしい細工の懐中時計だ。

よしよし、私の門出の餞別として貰っておこう。

私はそれをポケットにしまう。


ラングロを見ると、彼は口元をワナワナと震わせて、驚きと憤慨を混ぜたような表情で私をにらみつけていた。



「シャルロット、お前……ッ! 自分に属性魔術が使えないからといって、愚民どもの使っている野蛮な魔術を身に着けるなど! 恥というもの知らぬのかッ!」


「知らないわね恥なんて。それって特別美味しかったりするのかしら?」


「~~~ッ! おい、護衛ども! シャルロットを取り押さえろッ!」



怒りに顔を歪めたラングロの命令に従って、執務室に居た護衛たちが一斉に私に覆いかぶさろうとしてくる。

まあそんなことをさせる気はサラサラないので、圧縮球で吹き飛ばして壁へと叩きつけた。

哀れな護衛たち。

ディルマーニ家へと奉公に来たのが失敗だったわね。



「な──なにをしたっ!? 風魔術っ!?」


「その適性がないからと私を見放したのはラングロでしょう? ま、見放してくれたおかげで身につけられた技術だけれども。その点は感謝しておくわ」



スゥ、と。

私は深くひとつ息を吸って、ニッコリ。



「私にアンタのクソみたいな教育方針の無価値な教育を施してくれなくてありがとう。おかげでアンタとアンタに瓜二つの長男次男のように、サル並み知能の大間抜けに育たずに済みましたわ」


「こっ、このッ!!! そこまで育ててやった恩義も忘れて何という口の利き方をッ!」


「いや、『見放してくれて』って言ってんだろーに……アンタに育てられた覚えはないわよ」



もしかしてエリーデと同じく、貴族って人の話聞かない人間の総称だったりする?

なんて思っていると。



──ボウッ!



ラングロの身体から炎が立ち昇った。

 


「シャルロット、お前は出来損ないではあるが我がディルマーニ一族の血を引く者。だからこそこの私自らが動いて嫁入り先を見つけてやったというのに、その恩を仇で返すとは……」


「耳垢が溜まってるんじゃなくって、ラングロさん? 恩なんてどこにも見当たらないんですけど? その歳で耄碌もうろくしちゃうなんて、お家の先行きが心配ですわぁ」


「も、耄碌だと……っ⁉」


「私にあるのはアンタらへの恨みつらみだけ。なら仇で返すのは当然のマナーでしょう?」



頬を引きつらせるラングロを鼻で笑ってやる。



「さ、屈辱をプレゼントするわ、ラングロ。アンタを真正面から、アンタら貴族が野蛮だと見下している生活魔術でボコボコにして惨めさを味あわせてあげる」


「こっ、この……っ! 言わせておけばッ!!」



炎がラングロの両手へと集まって、それが私に向けられる。



「お前をもう生かしてはおけぬ! 私が手ずから処断してくれよう……ッ!」


「かかってきなさいよ老害。家出の片手間で相手してあげるわ」


「死ねぇいッ!」



渦となった炎が私に向かって迫ってくる。

規模といい、威力といい、速さといい、アルフレッドとはさすがに別格ではあった。


でも、だからなに?

私はシステム化魔術を起動させ、炎へ向けて一歩足を踏み出した。



……さあ、果たしましょうか。



予定は狂ったけど結果オーライ。

もともと、家出するだけじゃちょっと物足りないって思ってはいたわけだし。


待ちに待った復讐タイムの始まりだっ!

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