第27話 力ずく

……はぁっ!? なんでっ? なんでドアが開いたっ!?



しかし、その疑問はすぐに氷解する。

その手に、土色をした鍵が握られているのが分かったのだ。

つまり、部屋の鍵の型を取って土属性の魔術で合い鍵を作ったというわけ……?


そんな考察をしている間に、子爵は私の部屋へと侵入を果たし、距離を詰めてくる。



「むっ、無視なんて酷いじゃあないかぁ、シャルロット嬢……これから夫婦として共に人生を歩んでいくことになる"旦那様"に対してさぁ……」


「……ちょ、ちょっと。そこで立ち止まっていただけますでしょうか、子爵」


「旦那様に対して、つれないなぁ……もっと楽にしようよぉ?」



後退する私に子爵はジリジリと歩みを進めてきて、とうとう部屋の隅へと追い詰められる。

これ以上は下がれない。

そして子爵が止まる様子もない。



「はぁ……はぁ……っ! デュフっ! シャルロット嬢、ねぇシャルロット嬢……今夜僕と1つになろう……? それがいいよきっとそれがいい!」



ああ、もうこれはダメね……。

諦めのため息をひとつ吐くと、私はシステム化魔術の準備に入った。



……できれば、リスクを最小限に抑えて解決したかったのだけれど……。



もうこの状況を打破するためには実力行使しかないみたい。

この家の護衛や家族たちにバレないように、できるだけ静かに倒さなければならない。

さぁ、やるわよ。



──"システム:圧縮球"、起動。ループ×3。



「へぶッ!?」


目に見えぬ3つの圧縮球が、子爵の顔面とみぞおち、そして嫌な膨らみを見せる股間に直撃した。

かなりの高威力で放ったため子爵の身体が吹き飛んだが、しかしその巨体が壁にぶつかる手前でもうひとつのシステム化魔術"リフトアップ"でその身体を宙に浮かせたままにすることに成功する。


騒音は立たない。



「ふぅ、なんとかなったかしら」



そのまま音を立てぬよう、子爵の身体をゆっくりと地面へと横たえる。

さて、思わぬ障害も片付いたことだし、本来の予定を実行することにしましょう。

そう思ったその瞬間。



「──ヌヴァーーーッ!!!」



雄たけびを上げて、子爵がそのでっぷりとした巨体を跳ね上げさせて飛び起きた。

かと思うと、その太い腕で部屋の床を殴りつける。

私は、その一連の動作に驚く暇もなかった。

なぜなら、



「なっ、なにこれッ!?」



私の部屋の床、壁、そして天井すべてがのねんどのようにぐにゃりとねじ曲がり、そして次の瞬間には意思を持つように私に向けて土の柱を突き立て始めたのだ。

私はとっさに身体強化の魔術を使いそれらを避けてしまうが、しかしその代わりに攻撃が飛んで行った先、部屋の床や壁が大きな音を立てて壊れていく。



「ヌヴォーーーッ!!!」



子爵が再び吼え、そして私をにらみつける。



「シャ、シャっ、シャルロット嬢ォォォォォッ!!! やって、やってくれたなぁッ! 効いたよッ! だが私はこれでもかつて王宮魔術師第十八席次──」



──"システム:圧縮球"、起動。ループ×30。フルパワー!



「あ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ――ッ!?」



もはや騒ぎは起こってしまった。

それならばこれ以上気にしていても仕方がない。


全力の連撃を子爵の巨体へと叩き込んだ。

彼は壊れたラジオのように断片的な悲鳴と、建物の取り壊し工事現場で響くような音を立てながら部屋の壁を貫き、そして外まで吹き飛んでいく。



──ズシン。



裏庭に、子爵が落ちる音が低く響いた。



……あーあ、やっちゃった……。



なにかしらのトラブルがあるとは想定していたけれど、まさかここまでの大事になってしまうとは。

悲しいかな。

耳を澄ませばホラ、家中の人間が騒ぎ立てる声がする。

足音がこちらに向かっているのも分かった。

これじゃあ仮にいま家出をしたところですぐに見つかって追手を放たれてしまうだろう。



「しょうがない……この手は本当に最終手段だったんだけど」



覚悟を決めて、私は部屋を出る。

そしてさっそく駆け寄ってくる護衛たちに対して、さきほど子爵に放ったのと同程度の威力の圧縮球を顔面にお見舞いする。

彼らは廊下を転がると脳震とうを起こしたのだろう、ゴロリと転がって動かなくなった。



……無抵抗な相手に魔術を叩き込むのは気が引けるけれど、この際しかたないわね。



ディルマーニ家の人間はまだなにが起こったのか、この騒ぎの元凶が誰かを特定できていない。

また、私が魔術を使えると知っているのはエリーデのみ。

しかし彼女はおそらくそのことを誰にも言っていない。


ならば護衛たちが廊下を歩く私を見て油断するのは必至。

であればきっとこのプランは成功するに違いない。

そう、まったくスマートじゃないゴリゴリの力押しのこれが、私の最終手段。



「この屋敷のヤツら全員ボコボコにして、正面玄関から出てってやるわよ」

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