第26話 決行の夜
家族全員+子爵での晩餐会イベントが終わり、夜更け。
私は適当に自室で時間を潰している。
日付が変わると同時にディルマーニ家へと響く低い鐘の音を合図に家出計画を決行する手はずになっていた。
真夜中になれば使用人のほとんどは別宅の自室へと引き上げるし、そうなるとこの家の護衛も薄くなる。
誰かに見咎められるリスクは最小限に抑えるのがベスト。
……あー、一刻も早くこの屋敷から出たい……この牢獄から解き放たれたい!
2年という時をこの肩身の狭い家で過ごしてきたその我慢の反動が押し寄せてくる。
早く動き出したい気持ちを抑えてただ時が過ぎるのを待つことの辛さときたら!
でも、そんな時間ももうすぐ終わる。
鐘の音が鳴るまであとちょっと。
そんな時だった。
──ガンガンガン!
突然、ドアをノックする音が聞こえた。
完全に予想外の事態にしばらくあぜんとする。
これまでの生活でこの時間帯に私を訪ねて来た者は皆無だった。
それなのに、いったいなんで今日に限って……っ?
「シャルロット嬢、私ですよ……あなたの未来の旦那様ですよぉ……」
ドア越しに聞こえてきたその低くくぐもった声は、子爵のもの。
……おいおいまさか、コイツ!
節操もなく、自分よりも身分の高い貴族の家で、その娘に夜這いを仕掛ける気なわけっ!?
「す、少し話さないかい……? ホラ、きっと緊張してるだろうと思ってねぇ。私ならきっと君の不安な気持ちを晴らしてあげることができると思うんだぁ……」
デュフフフフ、という笑い声が聞こえる。
ああ、なんて露骨なヤツだろう。
下心がまるで隠せていない、荒い息遣いが聞こえてくる。
……ふ、ふざけてるわ……! こんな獣欲の下僕ごときに私とグリムの入念な計画が狂わされるかもしれないなんて……っ!
……いや。まあ、落ち着きましょう。
さすがに無視をし続けていればそのうち諦めて消えるハズよね?
だから私はその時をひたすら待った……。
──ゴーン、ゴーン。
1時間が経ち、鐘が鳴った。
家出の決行の合図でもある鐘の音が。
しかし、それが鳴り響いてなお、子爵はドアの前から離れない。
それどころか、今度はカチャカチャと音を立てて、私の部屋のドアの取っ手をいじくりまわしている様子さえある。
背筋をムカデが這うような気持ち悪さに、思わず鳥肌が立つ。
……うわぁ、キモイ。本当にキモイわコイツ。
そうやって私が生理的嫌悪感をいっぱいにしている最中にも、カチャカチャ、カチャカチャカチャンッと、子爵はドアをいじくり――って、カチャン?
今、カチャンっていった……?
「デュフッ、デュフフ……」
ゆっくりとドアが開く。
鍵をしっかりとかけていたハズのそのドアが開いてしまう。
開いたドアの隙間からニュルリと軟体生物のように、肥え太った身体が私の部屋に滑り込んでくる。
「あれ? あれれ? なんだ、シャルロット嬢、起きているじゃないかぁ……!」
充血したその双眸で私を見つめ興奮に鼻をピーピーと鳴らす子爵が、歯茎を見せて笑いかけてきた。
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