第25話 唐突追放

エリーデの襲来から2週間が経った。


幸いエリーデの強力な雷魔術を受けたグリムの身体にはなんの後遺症もなく、私も身体の調子に問題はない。

これで元通りの緩やかなログハウスでの日々に戻れれば文句なしだったのだけれど。



『ラングロが、近々私にとって都合の悪いことをしようとしている』



散々私とグリムを痛い目に遭わせてくれた挙句の彼女の置き土産に振り回されるのは癪というもの。

とはいえ、これが超合理主義者の口から出たものであるからにはなんの意味もない言葉だとは思えず、私たちは急ピッチで家出の準備を推し進めていた。


獣の皮をなめして作ったリュックサックへと、竹に似た材質の木を使って作った水筒、日持ちするドライフルーツや干し肉、最低限の着替え、野営道具などをを詰め込んでいく。


ついでに役立ちそうなシステム化魔術もいまのうちにいろいろ組み上げておく。

見知らぬ土地に旅立つうえで使えそうなもの、野営で使えそうなもの、そしてその他もろもろをとにかく手当たり次第にだ。



……成功の秘訣はなによりもまず準備をすることだってどこかの偉い人間が言っていたっけ。



エリーデに私の思い上がりを叩きのめされたという出来事があったから、その言葉がなおさら骨身に染みる。

一世一代がかかった家出劇、できることはいまこの瞬間にすべてやっておかなきゃよね。



「しかし、いざ離れると決めると、なんだろう。急に寂しく思えるものだわ……」



いままで過ごしてきたその場所を改めて眺めて、感傷に浸る。

それはまあ、そうでしょうね。

だってがんばって作ったんだもん、このログハウス。


ディルマーニ家の屋敷はどうでもいいけど、このログハウスだけは未来永劫残り続けてほしいものだわ。



……さて、できることはすべてやった。あとは家出の決行日を決めるだけね!



と、そんなことを思っていたその夜のこと。

それは突然の知らせだった。



「シャルロット。貴様のことを子爵に迎えにきてもらったぞ」



久しぶりにラングロから客間へと呼び出されたと思ったら、第一声がそれだった。

そこにはいつかの肥え太った子爵がいて、相変わらずのゲス顔で私を出迎えた。



「いやぁ、私としても急にディルマーニ伯爵に呼び出された上での驚きの提案だったのですがな? まぁ私とシャルロット嬢は婚約しているわけですし? 正式な結婚をする前からでも同居、というのはまあ問題ないのでは? と思いましてなぁ」



子爵は困ったような笑顔を見せるが、その目はじっくりと私の体の上から下までを舐めるように動いており、あふれだす下品な欲望は隠せていない。



……ていうか、隠す気あるのかしら? このゲスロリコン。



考えてみればいつしか私が吹っ飛ばした公爵家のティムも、ラングロも、この子爵の変態性については知っていたみたいだった。

もうその手の人間として有名過ぎて、本人は隠すのを諦めたのかもしれない。



「よかったなぁ、シャルロット」



ラングロはラングロで、どんな感情も宿していないガラスの瞳で、私と子爵を交互に見た。



「子爵もこのように快くお前を迎え入れてくれるそうだ。明日、子爵を送る馬車に乗って、お前もいっしょにこの家を出ていくのだ。そしてもう二度と帰ってくるのではない」


「……そうですか。承知いたしました」



私はそれだけ答えると一礼して客間を後にする。



……なるほど、私にとって都合の悪いことってこのことか。



それは実質的な嫁入りの前倒しだ。

公爵家への無礼に始まり、アルフレッドとフリードが返り討ちにまでされて、ラングロは私のことを扱い切れないと判断したに違いない。


ま、そりゃあね。

出来損ないと断じて放置してきた末娘に、手塩にかけて育ててきた長男次男をあっさりと倒されてしまったら父親としても立つ瀬がないだろうし。

臭い物に蓋をする、ってことで子爵へ向けての私の出荷を早めたのだ。



「さて、と」



入念な準備をしておいてよかった。

じゃあ家出の決行は今日の深夜で決まりね。



……明日の朝、ラングロには私のいない屋敷で目を剥いて怒り心頭になってもらうことにしましょうか。



そうとなれば私はさっそくログハウスへと向かう。

今日の夜は子爵を交えて遅くまでの夕食となるため、私も強制的に参加させられることだろう。

だからそのあとの家出の手はずを決めておくのだ。


きっと今日はこれまでにない、長い夜になるでしょう。

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