第24話 《グリム視点》絶対守護の誓い
僕が目を覚ますと、そこにあったのは見慣れた木組みの天井だった。
「……あれ?」
ここはログハウスの僕の部屋のベッドの上だ。
それは分かる。
でも、僕いつ寝たんだっけ……?
なぜか昨日の記憶がとてもあいまいだった。
……もしかして鍛錬のし過ぎでフラフラになって戻ってきたのかもだ。
とにかく起きたことだし朝の準備運動をしなきゃ。
身体を動かそうとして、しかし。
「あ、あれ……?」
動かない?
いや、違う。動きはするけどなんか胸の辺りが重い……?
いったいどうしたことだろう。
昨日はこんなに身体が重くなるほどの負荷の高い鍛錬をしてんたんだっけ?
……とにかくゆっくりでもいいから起き上がろう。
そう決めて毛布をめくったところ、
「……ッ!?」
毛布の中、そこではシャル様が僕の胸のあたりに頭を載せて眠っていた。
……え? なにこれ!? えっ、どういうこと……?
ぜんぜん、ぜんぜん訳が分からない。
どうしてシャル様がここに?
まさか一緒に寝た?
いやいやそんな記憶どこにも……。
高速で頭をめぐる思考は取り留めもなく、結論は一向に出ない。
そうこうして戸惑っていると、
「うぅん……」
シャル様が眠そうな声で唸る。
ひんやりとした朝の冷気が嫌だったのだろう。
「むぅ……」
布団に手を伸ばし、かけ直そうとしてくる。
寝ぼけているのかもしれない。
それにしてもこうして寝ているシャル様を改めて見ると、寝顔は年相応の女の子のものだ。
小さな身体を丸めてピッタリと僕の身体にくっつけてくるのが、体温で暖を取る子猫のようで愛らしい。
……普段の大人びた態度からは忘れがちになってしまうけど、実はまだ僕より歳下の8歳の女の子なんだよなぁ……。
なんというか、こうしていると仲良しの兄妹のようでくすぐったい気持ちになる……
なんて、主従の関係においては少々不遜なことを考えてしまった。
ダメだダメだ。
こうして寝顔を盗み見てしまうのは良くない。
余計なことを考えてしまう。
「シャル様……起きてください、シャル様……」
「うぅん……なに……?」
その小さな肩を揺らすと、不機嫌そうな声を出しながらもシャル様はうっすらと目を開けて、
「……グリム……?」
「はい、グリムです。おはようございますシャル様」
「うん……おはよう……………………って、グリムっ‼」
僕を見て、突然飛び起きた。
かと思うとおもむろに僕の肩を掴んで激しく揺らす。
「グリム! グリム……ッ!」
「は、はい。グリムです」
「よかった……目が覚めたんだね……っ!」
「あ、はい。おはようございます……?」
「身体は? 痛いところはない? 気分が悪かったりしない?」
「え……いえ、ぜんぜん大丈夫です」
いったいどうしたんだろう、と僕がポカンとしているのが分かったのか、
「グリム、もしかして昨日のこと覚えてないの……?」
と、シャル様が不安げに訊いてきた。
「昨日のこと……?」
「グリムは私を庇ってくれたんだよ」
「シャル様を、庇って……?」
……庇った? なにから?
一瞬考え込むが、しかし。
おぼろげにではあるが、眩しく激しい白い光が記憶の底から浮かび上がってきて──。
「──あ……」
そして、ぜんぶ思い出した。
昨日のことをぜんぶ。
昨日は昼頃、食材の調達に外に出ていると突然ログハウスの方で戦闘音と思しき轟音が響いてきた。
それで、僕はもしやシャル様の身になにかあったのではと急いで駆け付けたのだ。
前々からシャル様の身に危険が迫っている兆候はあったし、なるべくシャル様の場所から離れ過ぎないように警戒していた甲斐があったというものだった。
予想通り、危機は迫っていた。
地面に膝を着いたシャル様へと、エリーデ様が何かを仕掛けようとしていた瞬間に立ち会って……
僕は、そこから無我夢中でシャル様の前に出たんだ。
そこから先、なにが起こったのか覚えてはいない。
「シャ、シャル様っ! シャル様にお怪我はっ?」
そうだ。
シャル様は地面に膝を着いて、苦しそうにしていたんだ。
一見してどこかに包帯を巻いている様子もなく、元気そうに見えはするが。
「大丈夫だよ。グリムが守ってくれたから私はどこにも怪我はないの」
「そ、そうですか……それなら良かった……」
ひとまずホッとする。
どうやら僕はなんの役にも立たずに気絶しただけではなかったらしい。
「あの、エリーデ様は……?」
「グリムが倒れたあとはそれ以上なにもせずに帰って行ったわよ」
それからひと通りの出来事をシャル様から聞いた。
聞いたけどエリーデ様の目的は正直僕にはさっぱり理解できなかった。
けどまぁ、それらは別に僕が無理に知ろうとしなくてもいいことなんだろう。
大事なのはエリーデ様が残したという言葉の方だ。
「いったい、なんなんでしょう? シャル様にとって良くないことっていうのは……」
「分からないけど、あの超合理主義者のエリーデ姉様の言うことだし、意味の無い言葉ではないことだけは確かね」
シャル様は少し考えこむようにすると、
「ま、何にせよ準備を急ぎましょう。何かが起こる前にこの家を出てしまえればそれが一番だもの」
僕はその言葉に深く頷いた。
やはりシャル様はすごい。どんな状況でも的確に判断を下せる。
エリーデ様のことを合理主義者と呼んでいたが、シャル様も結構なものだと思う。
判断がとても速いし、少しも無駄がない。
「問題はエリーデ様ですね。僕たちの動向を掴んで、邪魔をしてくるかも……」
「ええ、そうね。でも大丈夫よ」
「えっ?」
「むしろ、好都合だわ」
そう答えたシャル様の様相に、僕は目を疑った。
シャル様の口端は歪に吊り上がってニヤリとしており、その瞳の奥には黒い炎が見えた気までした。
いつもの大人びて優しく、されど幼さの残る天使のような表情とは程遠い……まるで悪魔のような笑み。
ゾッと。
背筋に悪寒が走った。
「あ、そうだグリム」
「はっ……はい!?」
唐突に話しかけられ、声が裏返ってしまう。
誤魔化すように咳ばらいをする。
「な、なんでしょうかシャル様」
「あのね、お礼がまだだった、と思って」
「お、お礼……ですか?」
「うん。昨日は本当にありがとう。言うのが遅れちゃってごめんね。でも本当に嬉しかったよ、私のピンチに駆け付けてくれて」
ニコリ、と。
シャル様は天使のような満面の笑みで僕を覗き込んだ。
「いえ……! そんな、僕なんかにはもったいないお言葉です!」
僕は自分の心の赴くままに動いたに過ぎないのだ。
もちろんそこにお礼やなにかを求めてなんかいない。
「謙遜しないの。誰にでもできることじゃないよ。命の危険だってあったんだから」
「いえ、シャル様に忠誠を尽くす者として当然の行動です!」
「ちゅ、忠誠……?」
シャル様が驚いたように身を引いた。
あれ? 僕なにかおかしなこと言ったかな……?
「忠誠だなんて聞くと、なんだか騎士様に護られるお嬢様みたいね」
「騎士って、そんな……」
そんな立派なものじゃない。
それにこんなに弱くちゃとてもじゃないが名乗れもしない。
でも……いや、そうだな。
これから外の世界へと出て、そしてこの先ずっとシャル様を護っていこうと思っているならむしろ、それくらい強くなる覚悟こそが僕には必要なのかもだ。
……なら僕は騎士になろう。いかなる外敵からもシャル様を絶対に守護する騎士に。
そのためにも、もっとずっと強くなってみせる。
「ところで、シャル様」
「うん? どうしたの?」
「なんで僕のベッドで寝ていたんです……?」
「だってずっと目を覚まさないから、心配で……」
そう僕の体を労わるような、心配さの残る目でこちらをまじまじと見つめるシャル様はやはり、天使……いや女神のような純朴さで。
……さっき、エリーデ様の話題になった時の束の間の、悪魔のごとき表情は……見間違えか。
きっとそうだろう。
それにたとえ悪魔だとして、だったら何なのだろう。
僕が忠誠をつくしたのはシャル様。
その正体が仮に天使だろうが悪魔だろうが、僕はシャル様というお人に一生ついていく。
それだけは確かなのだから。
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