第23話 復讐の炎

戦闘は続いた。


私の撃ち込んだ圧縮球はことごとくかわされたが、しかし代わりとばかりにこちらも1発も喰らいはしない。

いや、正確に言えば私に当たったハズの一撃はいくつもあったけど、しかしそれらは私にダメージを与える手前で無効化されていた。



「うーん……分からないわね」



エリーデが首を傾げた。

私の放つ圧縮球×1000発をダンスでもするかのように避けながら、息切れもせずに、もはや目すらもつむって考え込んでいる。



……コイツ、魔術の天才のくせに身体もしっかり鍛えこんでるとか反則でしょ!



「どうして私の魔術が消えちゃうんでしょ……ちゃんと当てたハズなのに。なんででしょ……なにか魔術以外の原理が働いている……? でもそれをとっさにできるの……? いやそれは難しいハズ……だとしたらシャルロットはどうしてるのかしら……」



ブツブツと呟きながら、そして圧縮球1000発を避け切ると、



「よしっ!」



エリーデは目を輝かせて、再び私へと手を向ける。

その人差し指を立て、



「じゃあこれでも無効化できるのかしら?」



そうして彼女の手からほとばしったソレは、

真っ白にきらめく見たこともない魔術だった。 



「ガハッ!?」



それが、容易く私の身体を貫いていく。

一瞬意識が飛ぶほどの衝撃。

そしてあとから襲ってくる痛みに、思わず膝を着く。



「あははっ! やっぱり! シャルロット、貴女のやってることが少し分かったわ!」



こちらのことなど微塵も気にかけてはいないのか、エリーデは実験が成功したマッドサイエンティストばりの喜びようで飛び跳ねている。



「どう実現しているのかという方法はまだ分からないけど、貴女は火・水・風・土の属性魔術が自分自身に当たりそうになった瞬間に自動でそれを無効化しているのよ。おそらくは公爵家のティム様の風魔術を暴発させた生活魔術の応用……そうでしょう?」



……いや、「そうでしょう?」って、それどころじゃないわよ。



さきほどの魔術、一撃喰らっただけでいまだに身体中が痺れている。

この感覚には、規模はもっと小さいけど身に覚えがあった。

それは冬場によく苛まれる、ビリっとするアレだ。



「エリーデ姉様……? いまの、まさか……?」


「ええ、そうよ。珍しいでしょう?」



なんとも誇らしげな表情をして、エリーデがその手のひらで白い光をバチバチと弾けさせた。



──その正体は、電撃。



「いったいどういうことです……!?」



魔術の属性は火・水・風・土の4つだけのハズだ。

なぜ? 実は4属性以外にも魔術には隠された別の属性があったの?

私がそう疑問に思ったことが分かったのか、「まあ知らなくて当然よ」とエリーデ。



「属性魔術は属性同士の組み合わせによって、その性質を変えることができるのよ。例えば風と土と水を合わせればいまみたいな雷の属性魔術が使えるようになったり、ね」


「そ、そんなの、どの魔術教本にも載ってませんでしたよ……っ?」 


「当然よ。だってこれは私も誰かから学んだわけじゃなくて、実験してたらたまたま見つけた私のオリジナルだもの」



……これが、天才なのか……。



ああ、これはマズい。本当にマズいわ。

本格的にこれは詰んでるもの。


身体に当たりそうになった魔術を無効化する私の切り札、"システム:即応防御"。


これはアルフレッドから不意打ちの蹴りを受けたことを発端にシステム化した魔術だ。

ちなみにメカニズムだが、これは脳の"反射"という仕組みを利用している。

脳が危険を感知した瞬間、私が考え始めるよりも先に自動で起動するようになっていた。


そしてその危険が火・水・風・土の魔術あるいは物理攻撃なのかを判断して、それぞれを無効化する専用のシステム化魔術を起動するという仕組みである。



──それは完璧な防御システムのはずだった。今の今までは。



だけどしかし、まさか雷属性の魔術があるなんて予想外過ぎる。

雷属性の魔術が存在する前提で組まれたシステムではないから、その攻撃を無効化する専用のシステム化魔術もまた用意していない。

つまり、



「それっ」


「クッ!」



私は辛うじて横っ飛びし、エリーデが撃つ電撃を避ける。

システム化魔術に頼れなくなった今、私の頼りは身体強化魔法だけ。

しかし、カクンっと。



「あ……足が」



先ほどの電撃のダメージが抜けきっていない。

私の意思とは裏腹に、幼いこの体は動かなくなっている。



「あら、動けなくなってしまったのね。それは大変」



こちらの苦しみなど、どこ吹く風。

クスクスクスと笑いながらエリーデが歩み寄ってくる。



「この雷属性の魔術ってまだあまり人に使ったことなかったのよね。この機会にもうちょっと強めの電流で実験してみようかしら」



実験……

冗談や脅しで言っているわけじゃない。

エリーデの真紅の瞳が本気を物語っている。

しょせん、エリーデにとっては妹など自分の魔術をより高みに押し上げるための実験動物に過ぎないのだろう。



……このサイコパスめっ!!!



再び、エリーデが手のひらから電撃を奔らせた。

それは先ほどよりも強力な雷鳴を響かせて、真っ白な光線がジグザグな軌道を描いて私へと向かい、そして、



「──シャル様ッ!!!」



だがしかし、電撃は私を貫きはしなかった。



「……グリムッ!?」



私の正面で、私を庇うように両手を広げて立っていたのは、私の大切なその少年だった。

電撃は彼を貫いき、その身体の中を暴れまわり、そして私に届く前に霧散する。

そして、グリムが受け身も取らず前のめりに倒れ込んだ。



「グ……グリム……!!! どうしてっ!?」



這いずるようにして駆け寄り、彼の身体を抱き起こす。



……どうして、どうしてここにグリムがいるのよ……外に出ていたはずじゃ……。



いや、そんなことどうだっていいっ!



「グリムッ!!!」



グリムの頬を叩くが、その目は閉じられたまま。

意識がない。

グッタリとしている。



……ちょっと……やめてよ、やめてっ! 生きてるよねっ?



急いで彼の胸に耳を当てる。


………………


………………


………………ドクンっ、ドクンっ、ドクンっ!


鼓動は、ある……っ!!!



口元に手の甲を当てる。

呼吸も正常だ。

どうやら、意識を失っただけのようだった。



「よ、よかった……」



へなへなと、腰が抜ける。

あんな強力な電撃を真正面から受けたのだ、万が一のことがあったっておかしくなかった。



「あら、その子生きてたの?」



気が付けば、エリーデがすぐ側までやってきていた。



「お、お前はッ、いったいどの口で──ッ!!!」



よくもグリムをッ!

ぶっ殺してやる!!!


それ私はシステム:圧縮球を起動、エリーデのその顔面に飛ばして、しかし。

やはりそれは容易く避けられてしまう。



「ああ、もういいわよシャルロット。決闘はおしまいにしましょう」



エリーデは小さくため息を吐き、興味を失ったような表情で私たちを見下ろした。



「シャルロットがやってることは大体理解できたし。もう充分」


「何を、勝手なことを……!」


「私も雷魔術を人間相手に試せて満足したの。それじゃ」


「なっ」



エリーデはそれだけ言うと、背を向けて歩いていく。

私が呆然とそれを見送っていると、唐突にエリーデが、



「あっ、そういえば」



となにかを思い出したように振り返ったので、私は即座に戦闘態勢に入る。

もう、コイツには微塵も気を許せはしない。

しかし、エリーデはそんな私の様子を気にした風もなく、



「私の知的好奇心を少しでも満たしてくれたことだし、ご褒美をあげる」


「は?」


「父様がね、近々なにかをしようとしているみたいよ。たぶん貴女にとって都合の悪いことじゃないかしら。ま、この情報を活かすも殺すも貴女次第よ」



それだけ言い残すと今度は立ち止まることもなく、本当に去っていた。



……私は、ホッとすべきなのだろうか?



この場をグリムと共に生き残れて。

だけど、



──なんたる、屈辱。



私の中には今、安堵なんてない。

あるのはただ、フツフツと湧き出る怒り。

憤怒の感情。



……知的好奇心を満たすためだか何だかは知らないが、それだけのために私とグリムの生活空間を荒らし、あろうことかグリムに命の危険さえあるだろう魔術を当てて平気で帰っていきやがって……!



「万死に値するわよ、エリーデ……!」



前世から数えても久しくなかったほどの、真っ黒な復讐の炎が胸の内に灯る。

ああ、これほどまでに強火なことはなかなか無い。


待ってなさい。

今日ここで私を殺しておかなかったことを後悔させてあげるから。

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