第21話 バケモノの来訪

家出の準備、そして鍛錬をせっせと積み重ねて1か月ほどが過ぎたある日のこと。


予感めいたものはなにもなかった。

にもかかわらず、まるで牡丹の花が唐突に落ちるように、ソレはやってきた。



「おじゃまします」



ノックもなく、私とグリムの秘密のログハウスの戸を開けて入ってきたのは、ダークレッドのドレスに身を包んだ少女。

ディルマーニ家の長女であり、私の姉であるエリーデ・ディルマーニその人だった。



「……は?」



私は、あまりの驚きに固まってしまっていた。


そんなこちらにはお構いなしに、エリーデはさもここにいるのが当たり前のようなそんな微笑を浮かべながら、なんの躊躇もなくログハウスへと踏み入った。

そして私の向かいのテーブルの席にまるで知己の友人かのように自然に腰掛けると、「まあ、楽しそうな場所」と本当にそう思っているのかどうか分からない平坦な声で部屋を見渡した。



「へ? は……? あ、あの、エリーデ姉様……? えっとその、あの、えっと……?」


「あら、どうしたのシャルロット? 舌が回っていなくてよ?」


「も、申し訳ございません姉様……いえ、そうではなくっ!」



……なんでエリーデがここに!?



ありえない、本当にどういうこと?

この場所は誰の目にも見えないようにシステム化魔術をかけておいたはず。

しかもそのうえでここに入るためにはパスワードが必要だ。

なのに、どうして? 

そして、目的は……?



「そんなに身構えなくていいわ。今日私がここに来たのはちょっと訊きたいことがあったというだけだから」


「は、はぁ……」


「安心して。別にこの場所のことは誰にも言うつもりはないから」



エリーデのその言葉に、こちらとしてもいろいろと訊きたいことはあったが、とりあえず素直に頷いておく。

なにせこのログハウスは私とグリムの急所なのである。

ここの存在がバレた時点で私たちの家出の計画の首元にはナイフを当てられているのと同義。

とりあえず大人しくエリーデの出方をうかがうしかなかった。



「それで訊きたいことなんだけどね、シャルロット。貴女、生活魔術を使っているの?」



エリーデは前置きもそこそこに、ド直球でそう訊ねてくる。


あ……これはマズいかもしれないわ。

確か貴族って生活魔術をめちゃくちゃ嫌ってるんだものね?

なんとか誤魔化さないと……。



「見たことがない魔術がいっぱいだったわ。外部からの認識を阻害する魔術に、音声認識で作動する魔術、あと公爵家でティム様の魔術を暴発させたのも貴女でしょ? ぜんぶ私の知識の範囲でできることじゃないわ。にもかかわらず魔術属性を1つも持たない貴女がそれを実現できているってことは、つまりそういうことよね? 生活魔術を使っているんでしょう、シャルロット?」



ああ、ダメみたい!

すでにぜんぶバレてる、これ以上ないくらいに完璧に!


エリーデの冠するディルマーニ家史上最高の天才という異名は伊達じゃない。



「なるほどねぇ。生活魔術にまさかこんな応用方法があるなんて。おもしろいわ」


「そ、そうですか……?」



だが、どうやらエリーデに生活魔術に対しての忌避感はないようだった。

素直に感心するようにログハウスを見渡している。


ちょっと、私は胸をなで下ろす。

この姉が超合理主義者でよかった。


エリーデは常に自分の行動の損得を考えて動くのだ。

例えば、目の前に父や兄たちから虐げられている妹がいる。

助けるか助けないか?

自分が得するなら助けるし、得がないなら助けない。

それがエリーデという人間だ。


だからきっと、生活魔術に対しての変な偏見もない。

使えるものならば重用するし、使えないものならば無視する。

判断基準はそれくらいだろう。



「えっと、それで姉様はいったいここに何をしに?」



ただ私がこの前ティムに使用したシステム化魔術の仕組みについて聞きたい、とか?

あるいは自分の推測が合っているかの答え合わせに来たとか?


まあ、私たちの家出の邪魔にならなければそれでいいのだが…… 



「私と決闘してみましょう、シャルロット」



エリーデは変わらぬ微笑みを顔に貼り付けたまま、そう言い放った。



……はぁ?

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