第20話 信頼
さて、アルフレッドとフリードを返り討ちにしてやった翌朝。
どうせラングロがやってきて私に新たな罰を課すのだろうと少し身構えていたのだけれど、しかし意外や意外。
なにも起こらない。
ついでに朝食も運ばれてこない。
……あらあら? これはもしかして完全に育児放棄を決め込む気かしら?
だとしたら、これほど嬉しいこともないのだけれど。
つまり私が日がな1日家にも帰らずログハウスで過ごしていようと誰もなにも言わないということでしょ?
というわけで朝からさっそくログハウスへやってきた。
朝食は森で獲れた野菜のサラダに獣の干し肉、それに加えて蒸かした芋だ。
グリムといっしょに食べる。
「シャル様は今日はどのようにお過ごしになるのですか?」
食べながら、グリムが訊いてくる。
「昨日少し不覚を取ったから、その弱点の克服をしようかなーって」
「不覚?」
「うん、ちょっとね」
不覚というのはアルフレッドに腹を蹴り抜かれたときのこと。
正直、あれは本当に良くなかったわ。
この先、外で生きていくとなれば突然飛び出してきたモンスターに襲われることもあるだろうし、あるいは追手から不意打ちされることだってあるかもしれない。
そんな時にとっさに対応できないようであれば、その時点でゲームオーバーになってしまうのだから。
幸いにもその最悪な結末を避けるアイディアならある。
……いつだって大事なのは入念な準備と訓練の積み重ね。後からああすれば良かったこうしておけば良かったなどと悔いることのないように、必要だと思ったことには全力で取り組んでおかないと!
「グリムは今日はなにをするのかしら。剣術の練習? それとも身体強化魔術?」
「全部ですっ! シャル様の側に居て恥ずかしくない人間になるため、日々精進ですっ!」
「そ、そうなの……」
ずいぶんと食い気味な返事にちょっとたじろいでしまった。
しかし、全部とは。
ちょっとオーバーワークじゃないか?
「ねぇグリム、たまにはお休みも必要だからね?」
「はい、いいえ! ですが私もいま以上に力をつけなくてはなりませんので! それでは僕はまた鍛錬に行って参ります!」
言うやいなや、グリムは残りの朝食を全部口に詰め込むとサッサとログハウスを後にする。
どうやら今日もやる気充分みたいだ。
私は1人ポツンと取り残されてしまう。
……なんだか、私が舞踏会から帰って来てからというものの、私と顔を合わせる時間もそこそこにすぐに鍛錬に出かけるようになってしまっているような気がするなぁ?
グリムのその心意気は嬉しいんだけど、ちょっと頑張り過ぎなのではと心配になってしまう。
グリムは私の想像以上に力をつけてくれていた。
ほんの1年前までは数分使うのがやっとだった身体強化魔法をいまでは1時間以上継続させられるようになっているほか、木剣の振り方も素人目に見てもかなり堂に入ったものになっているように感じられる。
この前は美味しそうな果物のなっている木を見つけてグリムに教えたら、高さ10メートルほどのその場所まで軽くジャンプして、木剣で枝ごと切り落として手に入れてくれてたっけ。
この1年毎日どれだけの鍛錬を積んでいるのか分からないほどに、成長はなはだしい。
よほど私と同じく、1分1秒でも早くこの屋敷を離れたくて仕方ないに違いない。
……ん? あれ?
1分1秒でも早くこの屋敷を離れたい?
もしかして、ここ最近のグリムのがんばり様は暗に私のことを急かしていたのでは?
……マ、マズいっ!
家出の発起人は私だ。
ゆえにそのタイミングも私が決めることになっていた。
でも私としては入念な準備のためにもうしばらくはこのディルマーニ家へと居座るつもりでいたから、それがグリムの目にはあまりにもスローペースに映っていたのかもしれない。
だからこそ、毎日休みもなく全力で鍛錬している姿を私に見せることで、自分はいつでも準備は万端ですよと伝えてきているのでは?
……そんなグリムの前で、私はログハウスでゴロゴロしたり、お風呂にゆっくり浸かってノンビリとしたり……。
サーッと、顔から血の気が引いていくのが分かる。
……も、もしかすると、グリムの中では私への不満が溜まっていたりするのでは? マズいマズいっ! 私の唯一の心のオアシスであるグリムに疎まれてしまったりなんかしたら……!
大ショック、間違いなし。
ならば、私もまた行動で示すしかない。
私は充分に急ぎつつ、しかし慎重に準備を進めているのですよとアピールするのだ!
そう決意すると、さっそく自身の成すべきことに取り組み始めた。
──すべては、私とグリムの安泰な外での生活のために!
さて、私はその日から夕食時の進捗報告会を開くことにした。
グリムへと今日私がやった鍛錬の内容と進めた家出の準備について共有する時間だ。
「──と、報告はこんなところね。家出に関する準備はいずれも順風満帆で全力進行中だから! もうしばらくの辛抱よ、これが終われば外での自由な生活が私たちを待っているわ!」
「ありがとうございます、さすがシャル様です!」
報告を行った後、グリムは目をキラキラとさせていた。
きっとようやく家出の進捗を聞けたことで喜んでいるのだろう。
やはり、早く家を出たいに違いない!
「シャル様、でもあまり無理はなさらずに。僕はシャル様のことをいつだって信じておりますから、たとえ準備にどれだけの時間がかかろうとも──」
「いいのよ、グリム。みなまで言う必要はないわ。グリムの言いたいことは全部分かっているつもりだから」
「は、はぁ……。そうですか……? それならよいのですが……」
あいまいにだったが、グリムも頷いてくれる。
いちおうは私の行動に納得してくれたようだ。
……ふぅ、グリムにそっぽを向かれる前に気が付けてよかったわ。
この進捗報告が少しでもグリムの不満のガス抜きになってくれればいい。
あとはこれからも着実に家出の準備を推し進めることで、よりいっそうグリムから信頼を寄せてもらえるようにならなきゃね!
* * *
~グリム視点~
シャル様の身に、危険が迫っている。
僕は確信を持ってそう言える。
『ディルマーニ家からの家出に関しての進捗報告会を開こうと思ってるんだ』
つい先日、シャル様がそんな発案をした。
これから毎日の夕食のあと、僕たちの家出の準備がどれだけ整っているのか、あとどれくらいで終わりそうなのかといったことを共有してくれるようになった。
そしてその日以降のシャル様の動きはいつも以上に素早く、とてつもないスピードで魔術の鍛錬と家出の準備を進めているようだ。
その姿を見れば、シャル様のような頭の良さが無い僕であっても気付いてしまうことはある。
シャル様の身に、なにか目に見えるような危機が迫っているに違いない、と。
「フッ! ハァッ!」
シャル様の"敵"を斬るイメージの素振り、1000回。
最近は風を斬る音もだいぶサマになってきたような気がしている。
「でも、それで満足してはいられない……!」
僕はさらに素振りを続ける。
僕は未だ、実戦の経験は皆無。
せいぜい食糧とする肉の確保のために山に生息する獣と戦うくらいだった。
だから、自分の実力がどの程度のものなのか知れないのはとても歯がゆい。
それでもシャル様をお守りできるくらいの力を得るために、と毎日の鍛錬に手を抜くことはなかった。
「敵たちから、今度こそ、絶対に、僕がシャル様をお守りするんだ……!」
先日の舞踏会で、シャル様へと公爵家の子息が悪意の牙を剥いたらしい。
とても強くそして慎重深いシャル様の敵ではなかったようだが、しかしそのせいでいささかシャル様はご自身の立場を危うくされたみたいだ。
ご当主から監禁まがいの罰を受けそうになったようだったし、公爵家に逆らったことによって今後もしかしたらいっそうの危険が押し寄せてくるかもしれない。
……そうなったときはこの忠誠に誓って、僕がシャル様の壁となる。そのためには確固たる強さが必要だ。
「強くなるんだ。どんな脅威からも絶対にシャル様を守ってみせる!」
絶対守護の信念が、心の内で火を灯し僕の体を鍛錬へと駆り立てる。
……念のため、これからはいつでも駆けつけられるようにシャル様の身の安全に気を配れるようにしておこう。
そうとだけ決めて、僕は翌日も早朝から剣を振るうのだった。
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