第17話 ~王宮にて:オットー視点~

私、オットー・ダリヒシュタインに苦悩はない。


センドルク王国の王都において最も高い建築物である王宮。

その高層部の一画にある私の部屋から眺める景色は、毎朝私に自らのステータスの高さを実感させててくれる。



……"王宮第三席次魔術師"というこの身分の何と素晴らしいことか。



この地位はつまり、王国で三番目に優れたの魔術の使い手であることの証明だ。

ゆえに王国から重用され、私は弟子たちに朝の支度を手伝わせ、ゆるりとした午前を過ごす。


王宮専属のシェフが用意した朝食をとり、食後には国産の高級茶葉を使った一杯で至福の時だ。

時間になったらシワ1つもないローブを羽織って日々の業務を片付けに向かう。



……ああ、なんて理想的な人生だろうか。



みな、王宮内を歩けば私が通る道を自然に開け、そうして壁際に寄った人々が代わるがわるにあいさつをしてくる。

その瞳に宿るのは敬意と畏怖。


史上最年少の32歳で王宮第三席次魔術師となった私は、良い意味でも悪い意味でも目立つ存在だった。

私が第三席次の座に着くにあたっては大議論が巻き起こったとも聞いている。


しかし、その全てを私の才能が凌駕した。

おかげで、片田舎の貴族から一気にステータスアップ。 

誰の目から見ても順風満帆な人生だ。 


ゆくゆくはこの私こそが王宮主席魔術師を拝命することになるに違いない。

そのように確信に近い思いをこの胸に抱いていた。




──今日、この日。"エリーデ・ディルマーニ"という少女に出会うまでは。




「ダリヒシュタイン第三席次。今夜の実技試験なのだが、第八席次に代わって君が担当してくれんかね?」



私の働く研究所にやってきた王宮主席魔術師ヴェルファリア・オールダイムが言ったその言葉が始まりだった。



「実技試験というと……王宮の席次魔術師を選抜する決闘形式の試験ですか?」


「ああ、その通りじゃ」


「どうして第三席次である私が? 通常、その試験を担当するのは第四席次までの誰かでしょう、代役ならそこから立てれば……」


「ワシの頼みが聞けぬか?」


「……」



王宮主席魔術師はこの王宮において絶対の権力者のひとり。

大公家と同じ……いや、それ以上の影響力をもっている。

機嫌を損ねたくはない。



「……分かりました。ご指令、承ります」



しかし本当に、なぜ私に。

まるで第四席次まででは力不足であるかのようじゃないか。



「ほっほっほ」



のちに私は、この時、意味ありげに笑っていたヴェルファリアの忠告を良く聞いておけばよかったと、心底から思うことになる。



「──ゆめゆめ、油断するでないぞ? 虎に喰われたくなければな」



そうして、運命の夜がやってきた。

王宮内部、普段は開かれることのない広間。



「ごきげん麗しく、ダリヒシュタイン第三席次様。わたくし、エリーデ・ディルマーニと申します」



私の前に立ったのは、私の身体の半分ほどの背丈の可憐な少女だった。



……おいおい、おいおいおい。



エリーデと名乗った少女のあいさつへと気もそぞろに答えて、私の視線は当然のごとく主席へと向く。


どういうことだ? 

まさかこの年端もゆかぬ少女が栄えある王宮席次魔術師の候補者とでも言うのか?


ヴェルファリアはアゴに蓄えた長い白ひげを手指で梳きながらニヤニヤとこちらを見るばかり。



「それでは、実技試験を開始いたします。ダリヒシュタイン第三席次、そしてエリーデ・ディルマーニ様、お2人ともご用意は?」



どうにも納得がいかなかったが、この場に至っては口を挟むのも野暮だ。

試験の審査員のひとりの言葉へと、無言で頷いた。



「では、始めてくださいっ!」



……さて、それじゃあ軽く1発水魔術でも当てて様子をみるとしよう。



魔術の高速起動に関しては主席魔術師のヴェルファリアや次席魔術師を含めても、この王宮内で私の右に出る者はいない。

その自信は、しかし、私の身体とともにやすやすと吹き飛ばされる。



「――かは!?」



突然、視界が回ったと思ったら、違う。

回転しながら飛んでいるのは私の身体の方だった。



「なにがっ!?」



とっさに空中で体勢を立て直し正面を見れば、そこには私へ向けて手を掲げ、多重の術式を展開する少女、エリーデの姿がある。



……まさか……彼女がっ? 風魔術でっ!?



言葉に出して疑問を挟む余地もなかった。

絶え間なく火属性、水属性、風属性、土属性の魔術がその時の状況に最適な形で私を襲いくる。



……四属性すべての魔術適性を持つ、私と同じ天才か……!



ひとつひとつの攻撃をかわし、さばきながら私の肝が冷える。

私と同格の魔術の才覚を私より2回りも年下の少女が持ち、そして使いこなしているなんて、そんなことがあっていいのか?


そして、それだけじゃない。

その少女はすべての魔術を私よりも速く、そして効果的に使用してくるのだ。

私が水属性魔術を出そうとすればそれよりも速く起動できる風属性魔術でこちらの動きを封じ、火属性魔術を使用しようとすれば水属性魔術で対抗され優位性を取られる。



……なんていう合理性の塊。なんという戦闘センス……!



気持ちでも圧倒されつつあった私を最後に挫いたのは、王宮魔術研究所で働く私をもってしても見たことのない輝きの魔術だった。


エリーデはその大きな目を弧を描くように細め、人差し指を私に向ける。

その先端が白く輝いた。

直後、



──バリィッ!



耳をつんざくような音が響いたかと思うと、私の身体をその白光りする魔術が突き抜ける。



「──ッ!?」



視界が暗転する。

体から力が抜けた。



…………。


…………。



「ん、あぁ?」



目を開ける。

視界いっぱいにタイルの床が映っていた。

どうやら私は、いつの間にかうつ伏せで倒れ込んでいるようだった。



……いや、本当にそれだけか?



手足の先が異様に冷たい。

心臓の鼓動が一定じゃない。


だが、起きなくては。

今はまだ、試験の途中だったはず……。


なぜか痺れたように感覚の鈍い身体に鞭を打って起き上がる。

私のすぐ目の前に、その少女は薄い笑みを表情に浮かべて立っていた。

いつでも次の攻撃ができますよ、とばかりにこちらに手を掲げて。

ルビーのように紅いその瞳はゾッとするほど無感情だった。



……このまま戦えば、殺される。



私の直観が、確実に訪れる未来を私に告げた瞬間だった。



「まだ、力を示す必要はございますでしょうか?」


「……いや、ない」



少女の言葉に対して、私の口からこぼれ出たのはそんな力ない返事だけ。




──こうして、エリーデ・ディルマーニの王宮席次魔術師への内々定が決まった。




このまま内定が決まれば私の持つ史上最年少記録を20歳も塗り替えることになる。

ただしかし、



『いくら才能があれども、女を、ましてや少女を席次に迎えた前例は無い』



王宮内の旧体制派による反発で内々定止まりになった。

それが内定になるための条件はしかし、ただ1つ。

エリーデが正式にディルマーニ家の家督を継承できた後、というものだった。


おそらく、家督の継承には数年以上かかるだろうと見越しての条件だろうが、



「家督を継げば、ですか……分かりました」



その決定を聞いたエリーデが、わずかに酷薄な笑みを浮かべたのを私だけは見逃さなかった。


彼女は目的のために手段を選ばない、そんな気がしていた。

だとすれば、彼女がいったい何をするか……。


ひどく、嫌な予感がした。

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