第13話 たまにはスローライフを!

──グリムの仕事を全自動化して、あっという間に1年が過ぎた。



朝、自室での朝食を済ませ、キッチンへと「昼食は要らないから」と伝え、そして家の敷地の隅にある庭の手入れ用具を仕舞ってある倉庫へと向かう。



「フンフフンフフ~ン~~~♪」



自然と鼻歌混じりにスキップなんかしてしまう。

 


そんな私はシャルロット・ディルマーニ。ついこの間、8歳になりました!


いやぁ、最近はなにもかもが順調で心晴れやかな日々が続いている。

いつもの庭の手入れ用具入れの倉庫に着き、私はノックもせずにドアを開けた。

相変わらず庭の手入れの用具が詰みあがった狭苦しい場所だ。

そこにグリムの姿はない。



「ショット&スライス&バーン・ラングロ(ラングロを撃って・斬って・燃やす)」



私が倉庫の床へと手をかざしながらそのパスワードを唱えると、倉庫の床がひとりでに持ち上がった。

その下にあったのは人が2人は通れそうな地下10メートルほどの洞穴で、下に向かってハシゴが掛かっている。



「ほっ、ほっ、ほっ!」



真っ暗闇の中を、手慣れた一定のリズムで洞穴を降りていく。

一番下まで降りるとその空間に自動で光が灯った。


横に、100メートルほどの通路がまっすぐ伸びている。

そしてその先にはまた、今度は地上に向かうハシゴがあり、私はまたそれを登っていく。


たどり着いた先の小部屋のドアを開けると、そこはディルマーニ家の敷地の外に広がる森の中だった。

ちなみにその小部屋の外観は大木に偽装してあり、一目では中に空間があるとは気が付かない。



「さてさて、あと少し」



私は敷地の外を、これまたもうずいぶんと慣れた足取りで歩いていく。

そして数分で目的地へと到着。

一見するとそこにはなにもなかったが、私はそこへ向けてまたもや手をかざす。



「ギブ・ラングロ・デッドオアダイ(死あるいは死をラングロへ捧ぐ)」



そう唱えると、私が手をかざした箇所の空間がぐにゃりと曲がり、人が1人通れるくらいの穴が空く。

そして私がその穴をくぐって中に入った先、



──そこは、楽園だった。



まず正面にあるのは人が数人暮らすのに不自由しない大きさの木造ログハウス。

そしてその周りにはちょっとした畑があり、BBQができそうな雰囲気の調理場と水場がある。



「フンフフ~~~ン♪」



これを作った張本人が言うのもなんだけど、やっぱりここは最高よね!

来るたびに体力と気力が回復する錯覚さえ覚えてしまうほどに。



──いやぁ、やっぱり"システム化魔術"ってすごい。



ここに来るまでにこしらえた洞穴、大木を装った小部屋、そしてこの空間に音声パスワードを使った認証システム、そのすべてがシステム化魔術によって作り出されたものだ。


洞穴は穴掘り用のシステムを作って自動で掘ったし、

ログハウスなどの木造建築物は木を切り倒す工程、

木材へと加工する工程、

そして組み立てる工程でそれぞれシステム化を行って私は指1本触れていない。


またこのログハウスを隠すための結界的な魔術もシステム化魔術で常時展開するように設定している。

もうこれは私が前世の子供だったころに夢見た秘密基地そのものだった。

いや、それ以上だ。

SF映画好きの大人が見たら憧れること間違いなしの秘密の拠点って感じかな。



「さて、グリムはどこだろ……」



畑や調理場にはいなかったし、ログハウスの中も覗いたがいなかった。

彼はこのログハウスが完成した半年以上前からここで生活するようになっている。



──もちろんディルマーニ家には秘密でね。



だからグリムは怪しまれないように朝と夜のパンの配給を受けるために家へと戻りはするけど、しかしそれ以外の時間は基本的にここで過ごしている。


あと、ログハウスのあるこの森では野菜も肉も果物もふんだんに入手できるから、いっぱいご飯が食べれるようになって嬉しい、なんて純粋な感想をこぼしていた。

12歳になっても相変わらず可愛いグリムなのだ。



「じゃああとはログハウスの裏手かな……」



向かってみると、やはりそこにいた。



「はっ! はっ! はっ!」



グリムは私が作ってプレゼントした木刀を振るって、面打ちの素振りを行っていた。



「グリム、今日も精が出るね」


「あっ、シャル様!」



グリムは私に気が付くと素振りを止めて、目を輝かせながらこちらに走り寄ってくる。

まるでペットの犬だ。

たぶん尻尾があったらちぎれんばかりに振っていると思う。



「おはようございます! シャル様!」


「おはよう、グリム。きれいな素振りだったね」


「ありがとうございます! シャル様に教えていただいた通りの剣術の稽古を毎日欠かさずやっていますので!」


そう言ってグリムが作った腕の力こぶは、最初に出会った頃に比べるとずいぶんと成長しているようだ。


ただ、剣術として教えた内容は私が前世の中学校の剣道の授業で習ったものをそのままなので、この世界でどこまで通用するかは分からないんだけど。

まあ、やらないよりかはマシでしょう、たぶん。



「魔術の方はどう?」


「身体強化の魔術ですが、だいぶ使い慣れてきましたよ。数分くらいなら魔術を維持したまま自由に動けそうです」


「そっかそっか!」



身体強化の魔術、それもまた生活魔術の応用魔術だった。


魔力を外付けの筋肉のようにして身体を覆うことで身体機能を飛躍的に向上させるというもので、こちらはラングロの書斎から無断拝借した魔本に書いてあり知ることのできた魔術だ。

それもまたグリムが拾ったという黒い魔本に負けず劣らずの年季ものであり、読解には時間を要したもののその価値は充分にあったと言える。


なにせ、身体強化魔術はかつて禁術扱いされ、今では一般の人々が知らない魔術なのだそうだ。

庶民が力を持つことを許せなかった貴族家による焚書が横行したらしい……

とその本にメモ書きされていた。



……やはり人間、勉強は怠るものじゃないわね。いつなんどき便利な発見をするか分からないのだから。



魔力容量が少なく、バンバンと魔術を連射しなくてはならない魔術師タイプには向いていないことが分かったグリムには、剣術とともに比較的魔力の消耗が少ないその身体強化の魔術を覚えてもらうことにした。


本人もだいぶしっくりきているようだし、結構いい感じなんじゃないかしら。

満面の笑みを浮かべているグリムを見てそう思う。



「さ、とりあえず朝風呂にでも入りましょっか。それから魔術の訓練ね!」


「はい!」



──改めて言うが、順風満帆である。



1年前、私の「この家を一緒に出るぞ」という宣言に、グリムは勢いよく即答で「はい!」と答えてくれた。


ただ、だからと言って「じゃあいまから行きましょうか」なんてわけにもいかなかった。

だってまだ、私は幼女でグリムは少年なのだ。


外の世界はまだまだ知らないことだらけで、モンスターもいるようだし危険極まりない。

だからせめて知識と力だけは最大限に時間を使って磨きをかけ、そうしてこの家を脱出したいと思っている。



……え? 知識や力をつけるのにログハウスやらその周りの調理場や畑は必要なのかって?



まあそれに関しては、ほら、ディルマーニ家の人間に悟られるわけにはいかないわけだから、私たちが勉強と修行するための秘密の場所は必要だし?

そしたら休憩するための場所も必要なわけで。

つまりそういうこと。


それ以外に他意なんてなにも無い。



……ぜんぜん無いのよ?



さて、私はすぽんすぽんと衣服を脱ぎ散らかすと、1日中湧いている露天風呂のお湯で身体を流し、肩までお湯に浸かる。

グリムも後から続いてやってくる。


最初はお風呂文化に抵抗を示し、「シャル様と一緒にお風呂をいただうなんてっ!」と恥ずかしがっていたグリムも今では慣れてきていた。

私はぜんぜん気にしない。

むしろ小学生のころ、弟をお風呂に入れてやっていた時のことを思い出してちょっと懐かしいくらいだ。



「あぇ~~~……良い気持ちだねぇ~~~……」


「そうですねぇ~~~……」



そうして2人で、身体の芯からリラックスする。


こんな風にお風呂を作ってあるから時間を問わずに入浴ができたり、

毎日山菜と森に生息するジビエを堪能できたり、

誰の目も気にせずだらしない格好でハンモックに揺られて昼寝できたりするなど……


素晴らしい点が盛りだくさんだけれど、それらはあくまでオマケなのよ。

私たちが力をつけるために必要な設備に付属するただのオマケ。

いや、本当に。

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