第12話 システム化魔術
戸惑うグリムを尻目に、私は目の前の庭へと意識を集中させる。
百聞は一見に如かず。
グリムにも言って説明するよりも、実際になにができるのかを示した方が早いだろう。
私は魔本から得た魔術固定化の知識と前世の経験を融合させて、頭の中で
──Hello, Systematic Magic
──魔力パスの確認、地表へと接続……完了。
──庭の座標を定義……完了。
──鎌、箒、台車のアクションを定義……完了
──メインロジックの構築中……。
──……………………。
──……………………。
──……………………メインロジックの構築完了。
──すべての定義・ロジックの固定化完了。
──Success!
「よし、完成したわ」
時間にしておよそ数分の工程だっだ。
物事を論理立てて組み合わせる作業は大得意とするところ。
なにせ前世で働いていたのはIT企業。
プログラマーとして採用され、大規模プロジェクトのリーダーを経て人事部に転属……
なんて過去があった。
「じゃあさっそく、スタート」
私がそう宣言すると、地面に置いてあった草刈り鎌と箒がフワフワとひとりでに浮き上がり、動き始める。
「えぇっ!? これは……!?」
グリムが目を見張る。まるでそれが現実か夢かを疑うように、口を開きっぱなしにして目の前の光景に見入っていた。
「どうして勝手に草刈りが……っ! それも鎌も箒も台車も、ぜんぶが一度に動いて……?」
これはすべて、生活魔術の応用だ。
通常、生活魔術は人が意識して操作するものだから、必然的に自分の思うように動かせる物体は2つが良いところ。
にもかかわらず、目の前では空中に浮き上がった鎌が刈り、箒は刈られた草を掃いて台車の元へと運び、草は勝手に持ち上げられて台車に載せられて、台車が自動で焼却場へと向かい、そして草だけを置いて元の位置へと帰ってくる。
しかも完全自動で、だ。
グリムが驚くのも無理はなかった。
……ぜんぶ魔術固定化の方法を知れたからこそね。本当にグリムが魔本を拾ってくれてよかったわ。
決して私が天才だから複数の魔術を同時に使えているわけではない。
魔術固定化の術式は、一度使った魔術を固定化することで同じ動きをもう一度再現できるものだ。
私はそれを複数の魔術に対して行い、さらにその固定化した魔術たちを順番に呼び出す魔術を作り上げることで、複数の魔術が並列で起動することになる。
「これが私が作り出したシステム化魔術の一端よ」
まあ今の段階では作業をただ並べただけの制御であり、
厳密にシステム化するためには、この作業を毎週何時に行うのかなど運用込みで整える必要はあるのだが。
「しすてむか、魔術……?」
意味が理解できないとばかりに、グリムが首を傾げた。
そっか、そういえばシステムって言葉はこの世界には無かったはず。
「そうねぇ、システムっていうのはつまり、ある目的を達成するために必要な物事と動きをまとめたもの、ってところかしら」
「は、はぁ……」
分かったような分からないような、そんな生返事がグリムから返ってくる。
むむ……いざ説明するとなると難しいわね。
私は生前こういったシステム構築の仕事もひと通り経験していたので馴染み深いものだけど、そういったものを作ったことはおろか、触れたことすらないグリムにとってはもしかすると理解しがたい概念なのかもしれない。
「まあ、自分のやりたいと思ったことを全部自動でやってくれる魔術だと思えばいいわ」
とりあえず雑にまとめにかかる。
「そ、それはものすごいことなのでは……っ?」
まるで万能みたいな言い方になってしまってグリムは驚くが、まあ実際ちゃんとシステム化できればなんでもできるわけだし、間違ってはいないよね?
さて、いちおうこれでシステム化魔術のすごさは分かってもらえたかな。
……それじゃあ、もう1つの本題の方に話を持っていこうかしら。
「グリムはこの草刈りの仕事は確か週に1回やってるのよね?」
「え? はい。そうですけど……」
「これからもう少しこの魔術を調整して週一で草刈りを自動でやってくれるようにするから、もうこの仕事はしなくていいわよ」
「……え? えぇっ!?」
「あと、他にもグリムはたくさん仕事を持っているわよね。例えば──」
私はひとつひとつ列挙していく。
この1年、グリムの仕事はできる限り私も手伝うようにしていたので全て把握しているのだ。
なにせ、少年に任せる量じゃない。
休みなく毎日なにかしらの仕事が入っている。
まったく、とんだブラック企業もあったものだ。
日本の労基からは完全に逸脱している。
……でも、それも今日で終わり。
「じゃ、この仕事たちもぜんぶ自動化するから」
「えぇっ!?」
グリムは目玉が飛び出そうなくらいにまん丸に目を見開く。
「そ、それはとても嬉しいです。シャル様、ありがとうございます……!」
「いいのいいの。私もグリムの存在に救われてたしね」
その純真さは私の唯一の心のオアシスと言ってもいい。
「?」
首を傾げるグリム。
はい、可愛い。
無自覚天然少年は国の財産よ、保護した方がいいと思う。
ヨシヨシしたい。
ただしかし、喜びの表情は束の間。
グリムはなにかを考え込むように表情を暗くした。
「でも、シャル様。そうすると僕はやることがなくなってしまうのですが……」
「ああ、そんなこと」
まったく真面目だこと。
私だったら仕事しなくていいよと言われたら、素直に喜びの万歳三唱をして毎日ゴロゴロするに違いないのに。
まあ、それはいまは置いておいて。
「グリム。私と一緒に力をつけましょう?」
「へ……?」
「腕力、知力、そして魔術の力。そのすべてが、この世界で生きていくために必要なものよ」
唐突な私の言葉に、グリムは戸惑ったように目をぱちくりとさせている。
それも仕方ない。
でも、私のやることは1年前から決まっている。
……こんな生活の中に、私もグリムも居続けちゃいけないんだ。
そのために私はこの1年、生活魔術の練習を重ね、本を読み漁って知識をつけて、筋トレもして、自己研鑽を続けてきたのだから。
私はグリムの手を取り、そしてまっすぐにその瞳を見つめ、
「グリム。復讐してやりましょう。貴族家に使い潰されようとする人生に報い、そしてこれからの人生を謳歌するための復讐を」
「ふ、復讐……!?」
「そう。あなたはこれから誰にも負けない力をその身につけて、そして私と共にこの家から出るの」
私は力強く、そう告げた。
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