第5話 罰

兄のアルフレッドたちを散々にからかってやったその日の夜。

晩御飯の時間になったので食卓に行くとラングロに追い出された。


は? なにをしやがってくださるのだろうこのクソ親父殿は、とその姿を見上げる。

ラングロ曰く、

 


「アルフレッドたちへの口の利き方がなっていないようだな。出来損ないが何様のつもりだ? お前は3日間の食事抜きだ」



とのこと。

うーん、どうやらアルフレッドは自分たちで直接手出しをできなくなった腹いせに、私の言動についてのあること無いことをラングロへと吹き込んだらしいわね。

食卓の席に着いてアルフレッドとフリードがニヤニヤとこちらを見ている。



……しかし、ねぇ。3日間も食事抜きとか。



「それって児童虐待ではありませんか?」


「なに?」



ラングロは私が言い返してくるのが意外だったのだろう、目を丸くする。



「だから、成長期で栄養が必要な子供に対して、どのような理由があろうとも食事を抜きにするなんていうのは虐待にあたるのではありませんか、と訊いています」


「人聞きの悪いことを! 虐待ではなくこれは罰だ!」


「たかだか言動がどうこうという理由で3日間もですか?」


「貴族として言動は最大限配慮をしなければならないことだ! それをおろそかにした子供に罰を与えるのは当然のことだろう!」



ラングロにはまったく取り付く島もないようだ。

思わず重たいため息を吐いてしまう。

最近ため息がクセになりつつある気がする。

あー、良くない良くない。



「なんだ? まだなにか言いたいことでもあるのか?」


「いえ、別に。強いて言えば……口だけは高尚なものですね、と」


「なんだと?」



ああ、自分では気づいていないのね。

つい失笑してしまう。



「なにがおかしい」


「いえ、先ほど貴族として言動には最大限の配慮を、なんて仰っていましたが……仮にも自分の娘に対して出来損ないなどとのたまった挙句に虐待まがいの罰を与えるなんて、それこそ貴族としての尊厳の欠片もない言動だなと思ったまでです」


「……っ!」



その揚げ足取りに食卓の空気が凍る。

それまでラングロと私のやり取りをおもしろそうに眺めていた長男や次男の表情さえ凍り付いていた。

ラングロの顔は酸性の溶液につけられたリトマス紙のように、その色を真っ赤に変えて、


 

「出ていけッ! 二度と食卓に顔を出すんじゃないッ!」



怒りを爆発させるようにそう叫ぶと、私を廊下へ放り出して食卓のドアを乱暴に閉めた。

 


「……ふーむ、さて、どうしようかしら」



思わずケンカ腰になってしまったな、反省。

自分で自分の首を絞めてしまているかも?

ナメられっぱなしでいられない性格が仇になってる気がするわ。


とはいえ、私はラングロとは違うので、自分の言葉にはしっかりと責任を持ちたいと常々思っている。


家族の面々がそろうあの場でラングロの揚げ足を取ったのは自分の意思なので、そのせいで厳しくなった栄養補給の手段は自分でなんとかしなければならない。

とりあえずキッチンへと行って直接パンか何かをもらえないか交渉してみる。



「ダメですね。今日から3日間はお嬢様になにも与えるなと言いつけられておりますので」



ピシャリと一言そう言われてそっぽを向かれる。

やはりダメか。

恐らく使用人を通じてのラングロが早々に根回しをしたみたい。



……家で調達できないのであれば外に行くしかないかな。



とりあえずその日は自室で、体力づくりは控えて勉強に集中することで気を紛らわした。

そして翌日、朝から外に出ようと家の門へと向かったが、しかし、


 

「お嬢様、当主様のご許可なくここをお通しするわけにはいきません。この辺りは野盗やモンスターは出ず比較的安全ですが、それでも護衛も連れずに外出するのは大変危険ですので」

 


家の入口を警備している使用人にもそう言われて進路を塞がれてしまった。

屋敷の周囲は10メートルほどの石の壁に囲われているし、私じゃよじ登ることができない。

えぇ?

じゃあどうすればいいのよ。



「もしかして、もう詰んだ……?」



3日間の食事抜きにひたすら耐えるしかないのだろうか。

家の中をいろいろ物色したが食べれそうなものは転がっていない。


私はその日も勉強に集中して……腹が減ってまったく集中できなかった。

なのでひたすらベッドに横になり、どうしても空腹に耐えられなくなったときは水を腹いっぱいに飲むことにした。

 

しかしさらに翌日、空腹は今度は腹痛となってよりいっそう強力に私を襲ってきた。

おそるべしは幼女の身体の空腹感。

成長期の身体が飯を寄越せと内側で暴れまわっているようだ。


 

「おいシャルロット、腹が減ってるんだろう?」



自室の前からあざ笑うような声がする。

兄、アルフレッドのものだ。



「地べたに這いつくばって許しを乞うなら、食べ残しのパンくらいは恵んでやってもいいぞ? どうする?」



敵から恵みを?

アホか。

そんな情けないマネするくらいならアルフレッドを絞め殺して、その尻の肉を削いで喰ってやる。


ゆえに当然、無視。

一度戦うと決めたのなら私にその意志を引っ込めたりする気はサラサラない。

食べてくださいと向こうに言われるのであれば食べてやってもいい、それくらいの気概はまだまだ持っている。


とはいえ、

こんな調子じゃ明日になったら動くのも辛くなっているに違いない。

だがしかし、だだっ広い家の中をアテもなく歩き回ったところでなにか成果を得られるはずもなく――。



「ん? そういえば……」



昔、まだ私が普通の子供の扱いを受けていた時、ラングロに「あそこに近づいてはダメだぞ」と言われた場所があったことを思い出す。

この家の敷地内の端にある倉庫のような場所だ。

 


……もしかしたら、食糧庫かもしれない。



そうと決まれば行ってみる価値はある。

私は急ぎその場所へと足を向けた。




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本日19時にも更新します。

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