第4話 からかい

さてさて、とりあえず私は兄たちから先手を取ることにする。

大きく大きく息を吸って、



「はぁ……」



飛び切りのため息を吐いてみせる。

やれやれ、と首を横に振りながら。



「まったく、これだから兄様はお戯れが過ぎますねぇ」


「は? おいシャルロット、兄に向かってなんだその態度は」


「いえ、別に。申し訳ございませんが、私には兄様たちのご冗談に付き合っている時間はありませんので。それでは」



軽く会釈をして、2人の横を通り抜けようとして、



「待てっ!」



予想通り肩をがっちりと掴まれてしまう。



「いつから兄にそんな生意気を言うようになったんだ、シャルロット? 俺たちを怒らせるとどうなるか、お前はその身をもって知ってるだろ?」



アルフレッドはこれ見よがしにその手に火を立ち昇らせて見せつけてくる。

火属性の魔術。

それは貴族だけが使うことのできる魔術だ。

確かに触れたくはない。

 


……で、だから?



「兄様、もしや本気で仰っております? そんなことをしたら、ラングロお父様に怒られることが分からないので?」


「……は、はぁ? 俺らが怒られるって?」



予想外の言葉だったのだろうか、アルフレッドに戸惑いの様子が見られた。

子供だから当然だろうが、やはり父とは畏れの対象らしい。


しかし怒られる理由が本当に分からないのかしら?

分からないんでしょうね、子供だし。


でも、そんなのは関係ない。



「ああ、兄様ったら本当は分かっているんでしょうに、分からないフリをして私をからかっておられるのですね?」


「……なっ、なにをっ」


「えっ、まさか本当に分からないっ!? 女の、妹の私でさえ分かっているのにっ!?」


「おっ、俺だってもちろん、お前の考えてることくらい分かっているに決まってるだろう!」



アルフレッドは強がってみせた。

子供ってこういう無意味な見栄を張りたがるわよね。

可愛げがあるねぇ。

まあそれでも敵たる兄には復讐するんだけど。



「じゃあ仰ってみてくださらない? 兄様が私を傷つけると、どうしてお父様は怒るのです?」


「そ、それは……お前が言えよ、シャルロット」



アルフレッドはキッと目を鋭くしてにらみつけてくる。



「兄からの命令だ! お前が答えてみせろ!」


「そんなこと言って、ホントは分からないだけなんじゃないのぉ?」


「……お前っ! 兄に向ってなんて口の利き方をッ! 何様のつもりだッ!」



砕けた口の利き方をした私に、アルフレッドは再び手のひらに出した炎で脅しつけてくる。



「言わないと、また焼くぞ?」


「お父様に怒られるのに?」


「っ! きょ、教育のためといえば許してくれるハズだ!」


「許してくれませんのに?」


「なっ、なんでそんなことが分か──」



アルフレッドが口を閉じたが、もう遅い。



「あれぇ? ということは兄様、やっぱりお分かりになってない? 分かるって言ったのに、あれれぇ~?」


「分かってる!」


「でも今、『なんでそんなことが分かるのか』と聞こうとしましたねぇ?」



わざとらしく煽る。

自分で喋ってて幼稚極まりないなと思うけど、単純ゆえにドストレートなこういう言葉に子供はひどい屈辱を覚えるものだ。



「じゃあ妹の私が兄様に丁寧に教えて差し上げますねぇ?」


「いいっ! お前に教えられることなど何もないっ!」


「兄様たちはすでに聞いていると思っていたのですが。私は先日、婚約をしたのですよ」



アルフレッドの返事など聞かず私は勝手にしゃべり始めると、次に服の袖をまくり上げて、そこにある傷痕を見せつける。



「これがなにか分かりますか?」


「それは……」



見せたのは火傷の痕。

これはアルフレッドが私を実験台にして放った魔術でつけられたものだ。



「これは半袖ならギリギリ隠れる位置にありますが、これが隠せない場所についてしまったらどうなるかわかりますか?」


「み、醜いシャルロットがよりいっそう醜くなるだけだろ?」


「はぁ……本当に頭が足りないんですね、アルフレッド兄様は」


「なっ!? お前……!」


「その傷跡が原因で婚約が破棄されることになったらどうなるか、考えたことはありませんか?」

 


なにか言いかけたアルフレッドを遮って、そう質問を投げかける。

しばらく答えを待ったが、アルフレッドは口を噤んで答えようとしない。


どうやらまだ分からないみたい。

子供ってだけじゃないかも……

本当に、真正のバカなのかもしれないわね。



「兄様が私を傷つけたことが原因で子爵との婚約を破棄することになったら、お父様の面目を潰すことになるのだとまだ気づきませんか?」


「……あっ」



その言葉で、アルフレッドの瞳にようやく理解の色が灯った。



「自分の娘の、しかも婚約の決まった娘の管理さえまともにできないなど、当主にとっての恥だとは思いません? それに、お父様は自分より下の地位の貴族に対して約束が守れなかったと負い目を感じる羽目になりますわ。さらにもう1つ致命的なのが、いろいろ探しまわってようやく見つけた私という出来損ないを手放すチャンスまで無くしてしまうということです」



それは実際、泣きっ面に蜂、それにさらにプラスしてどこかのホームランボールが頭にぶつかるくらいのショックをラングロに与えるに違いない。



「兄様は怒られるばかりでなく、お父様からの心証まで悪くなるでしょうねぇ。ただでさえ家督争いは姉様がリードしているのですから、そんなことをしてお父様の顔に泥を塗ろうものならば兄様の負けは確実でしょうに」


「……くっ!」



アルフレッドが俯く。

次男のフリードは話の内容がよく理解できていないのか、そんな長男の様子と私を見比べてあたふたとしている。

次男は長男に輪をかけたおバカなのね。



「それでどうします? 魔術の実験、します?」


「す、するわけないだろうっ!」


「え? じゃあ、兄様は私の自室前まで何をしに来たんです? まさか、わざわざ自らの無知と浅慮をさらけ出しに来てくれたんですか? 私を笑わせるために? フフ、フハハハハ」


「ぐっ、きっ、きさまぁっ!」



顔を真っ赤にしたアルフレッドがドンっと私を突き飛ばした。

魔術を使わないそのわずかな暴力的抵抗は、舌戦の決着を意味していた。



「いっ、妹がっ! 兄にっ、兄に向ってぇ……!」



アルフレッドが拳を振り上げる。



「アハハハハッ、体にアザができても、お父様に怒られるかもしれませんよ?」


「ぐっ……」


「できませんわよねぇ? 家督の行方を決める大切な時に、自らの心証を損ねるマネなんて」



アルフレッドが、振るおうとしていた腕を静止させた。

鼻の穴が膨らんでいる。

行き場を失くした怒りの感情が熱気となって噴き出しているように。

まるで、蒸気機関車の煙突だ。


なんとも分かりやすく吠え面というやつだ。

フフフ、おもしろい。



「無駄なご足労、大変ご苦労様でしたわね兄様。おかげさまで私の方も笑い疲れて腹筋が鍛えられました。さあ、ご用事も済んだのなら、またえっちらおっちらと腕を振って自室にお戻り下さいます?」


「~~~ッ!!! ニヤニヤするなっ! 気持ち悪いんだよっ!」



アルフレッドはそう言い捨てると、屈辱に肩を怒らせて、地団太を踏むように来た道を戻っていった。




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