第6話 優しい少年

たどり着いた先は記憶にあった光景と同じ、倉庫だった。

しかし見た目は当時見たものより相当ボロっちくなっている。

あと記憶にあるものよりもよっぽど小さく、せいぜいが庭の手入れ用具を入れるくらいの大きさしかない。


 

「まあ前世の記憶を受け継いだことで、倉庫の大きさを正しく認識できるようになったからだろうけど」

 


ふぅ、と諦めの息を吐く。

正直、そこに食糧は期待できなさそうだ。


まあでもせっかくここまで来たわけだし、この倉庫になにが仕舞われているかぐらいは見てから帰ろうと、その扉に手をかけて開く。

そこにあったのは案の定、庭の手入れの道具ではあったが、



「……わっ!」



倉庫の中から短い悲鳴が聞こえる。

そこには草刈り鎌や剪定せんていばさみ、シャベルなどなどの用具と一緒に仕舞われるようにして、1人の少年が身体を縮こまらせて座っていたのだ。


年齢はおそらく10歳くらい。

真っ白な白髪頭が特徴的で、とても綺麗な顔立ちをしていた。

とまあ、それはともかく



「誰……?」



今まで家の中では見たことのない少年だったので、必然的にそう訊ねることになる。

少年は突然の私の来訪に驚いたのか口をパクパクとさせて、それからなにを思ったのか、



「も、申し訳ございません!」



と土下座のように頭を下げ始めた。

 


え……? なぜに?

私がそうして戸惑っている間も、少年は「申し訳ございません、申し訳ございません!」と立て続けに頭を下げ続けている。



「ちょっと待って。そして頭を上げて? 私、なにか謝るようなことされたかしら?」


「え、えっと、その……怠けていたわけではないんです。僕、今日の庭のお手入れが終わったから、だから少し休んでいただけで……」


「庭のお手入れ?」


「は、はい。僕のお仕事……」

 


あー、なるほど。

この子はウチの庭師かなにかなのね。


私はかなりのインドア派だったみたいだから、ほとんど庭に出ることもなかったし見覚えがないのも頷ける。

それで庭師の少年は、この用具入れで寝ていたところを私に見つかって「怠けているとはけしからん!」なんて怒られるとでも思ったのかしら。


 

「別に休むくらい、いくらでもしていいんじゃない?」



まだ怯えたようにしている少年に向かって、私は肩を竦めてみせる。



「だって自分の仕事は終えているんでしょ? なら後の時間をどうしようが君の勝手よ」


「は、はい……ありがとうございます。シャルロットお嬢様……」


「うん……うん?」



──はて?

 


私はてっきり面識のないものだと思っていたのだが、どうやら少年は私のことを知っている様子だった。

首を傾げていると少年はなぜかまた「申し訳ございません……」と頭を下げた。



「どうしたの? さっきから言ってるけど、別に謝られるようなことなんてなにもされてないでしょ、私は」


「いえ、僕は……アルフレッド様たちに暴力を振るわれているお嬢様を、その現場を目撃していたのに、助けることができませんでした……」


「……ああ、そういう」



あの時の現場を見ていたから私を知っていたというわけか。

そういえばあの凶行はラングロなどに見つからないように裏庭に連れ出されて行われていたんだっけ。この倉庫の近くにいたとしたなら目にしていてもおかしくはないだろう


 

「別にいいわよ、そんなこと。たとえ君じゃなくたって、あの中を割って入れるような人間なんて居やしないんだから」



あの時のことを少し思い出す。


長男と次男は超が付くほどの脳足らずだが、しかし使う魔術は貴族家の血を引いているだけあって強力だ。

遊びで出された火属性魔術は私の身体を優に5メートルは吹き飛ばしたし、私を地面から空中へと突き上げた土魔術は私のあばら骨を5,6本へし折ってくれていたらしい。

大変ありがたくない。


まあなにが言いたいのかといえばつまり、そんな凶行の最中に自分の命を危険にさらしてまで私を助けにくるメリットが誰にあるというのだろう? ということ。

だから別に私にはこの少年を恨む気なんてサラサラない。



「ほら、気にしないって言ってるんだから、もう頭を上げなさい」



それでも少年はずっとそれを気にかけていたのか、一向に頭を上げようとしなかった。



「僕に、僕にできることでしたらなんでもします……! だからどうか、償いをさせてください……!」


「いや、だから別に私は……」



なんでもします! なんて言われてもなぁ、なんて困っていると。



──きゅるるる~~~っ!



っと長く甲高い音を響かせて、私のお腹が鳴き始めた。

 


……ああ、そういえば。私はここに食糧を求めにやってきたんだったっけ……。

 


あまりの大きな音に、少年は頭を上げてびっくりしたようなまなざしでこちらを見ている。


うーん、すごく恥ずかしい。

少年の顔を直視できないでいると、彼は自分の隣に置いていた古びた革袋の中をゴソゴソと漁り、そしてその中から硬そうな1つのパンを取り出した。



「そ、その……こんなものしかないのですが……」


「……い、いいのっ!?」



衛生観念とかそのパンが硬すぎてマズそうだとか、平時ならいろいろと気になることはあっただろうけど、ともかく腹ペコだった私は少年の差し出したそのパンをノータイムで受け取り、齧らせてもらうのだった。

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