第2話 家出の決意
私が幼女シャルロット・ディルマーニとして転生して1週間と少しが経った。
体にまだ痛々しい生傷は残っているものの、ようやく包帯が外れて医療室から出ることができるようになった。
これでようやく復讐の準備が……
……まだできなかった。
自室に戻る前に使用人がやってきたのだ。
「シャルロットお嬢様、ご当主様がお呼びです」
なんでも、私の父親であるラングロ・ディルマーニが私に客間に来るように言っているらしい。
……まったく呆れるわね。生死の境をさまよっていた自分の娘の見舞いに来ることもなく、ようやく快復して動けるようになったと思ったらすぐに呼び出しなんて。
思わず医務室にあった医療用ハサミを拝借して父の喉笛を掻き切ってやろうか、と考えたけどさすがに我慢する。
幼女じゃ敵わないだろうし、父を殺せたところでその後に自分が生き残る術がない。
「はぁ。今のところ選択肢は無い、か」
いっそのこと呼び出しを無視してはどうかとも思ったけれど、あからさまに反抗的な態度をとって余計に目をつけられるのも馬鹿らしい。
今はまだ、復讐の時ではない。
そういうことだ。
なので言われた通りに客間へと向かう。
そこで待っていたのは父ラングロともう1人、会ったこともない醜悪に肥え太った服装だけは貴族っぽい中年の男だった。
「オイ、遅いぞ。お前の婚約者がお待ちだ」
客間に入ってきた私を認めるなり、ラングロが眉を吊り上げる。
いやいや、それが医務室から今しがた帰った我が子にかける一声か?
……というか今、婚約者って言ったか?
「いえいえ、ディルマーニ伯爵。私はさほども待ってはいませんとも。彼女はまだ小さな女の子なんですから、歩幅が狭いのは仕方がありませんよ」
ラングロの言葉に、中年の太った男が笑って答えた。
そしてヌメっとしたその視線を私に合わせて、
「ねぇ、シャルロットちゃん?」
ゾワッと背筋を粟立たせるような猫なで声で話しかけてきた。
……ああ、なるほど。そういうことかチクショウめ。
理解するのは簡単だった。
中年の男は子爵の爵位を持つ貴族であり、つまり、ラングロは無能な私を厄介払いするためにこの男に私を嫁がせようというわけだ。
子爵の舐めるような視線が私の身体を上下して怖気が走る。
……うわぁ、キモイ。私って、いまは誰の目から見てもただの幼女よね? なのに、なんかめちゃくちゃ性的な視線を感じるんですけど……?
私が背筋に鳥肌を立てて数分、話はまとまったようだ。
子爵は、なにをいまさらといった感じだが、6歳の幼女を
いやいや、10歳って。
充分に外聞は悪いでしょ! と思ったが、まあこの貴族社会ではそんなに珍しいことでもないらしい。
……あーヤダヤダ。こんなロリコン親父に10歳で
子爵が満足げに帰途に着くのを見送ったあと、
「フンッ、ようやくお前も私の役に立てる時がきたな」
ラングロは汚いものを見るような目で私を見下ろした。
「お前に姉の"エリーデ"くらいの天性の才能があればまだしも……無能な娘など、無価値を通り越して負の財産だったからな。活用方法の模索には苦労したぞ」
エリーデ……新しい名前が出てきたが、大丈夫。
これはこのシャルロットの脳にちゃんと記憶がある……
それはディルマーニ家の長女の名だ。
私と同じ娘であり齢10歳でありながら、ディルマーニ家きっての魔術の才能を誇っており、長男を差し置いて家督の継承に一番近いとされているらしい。
「せいぜいその体を活用して、ディルマーニ家の影響力を広げておけ。あの変態子爵、魔術血統はなかなかのモノだ。関係を持っておいて損はない」
「はぁ、左様で」
「お前みたいな無能を輩出したのは一族の恥だったが、『馬鹿とハサミは使いよう』といったところだな」
ラングロはそう言ってせせら笑う。
「せいぜい子爵に気に入られるようにすることだ。分かったな?」
そうとだけ言い残してラングロは私を残してさっさとどっかへ行った。
あのクソ親父殿、結局最後まで私の名前を呼ぶことはなかったな?
よほど私のことが気に入らないのだろう。
「まあそこはお互い様ね」
誰も居なくなった客間のソファへ腰かけたまま、私は思案する。
どうにもあの変態子爵はラングロにとって、そこそこ価値のある男らしい。
そんな男へのアプローチに私を使えたことと、無能な私を厄介払いできることに一石二鳥だと喜んでいるわけだ。
ふむふむ……。
……よぉし、じゃあ10歳までに家出してやりましょうか!
ディルマーニ伯爵家当主としてのラングロの面目を丸潰しにし、そのアプローチに至るまでの苦労を全て水の泡にしたうえ、私は自由を手に入れられる。
これぞ"一石三鳥"。
たぶん私が目指すものとしては理想に近い復讐の形なんじゃなかろうか。
ただ家出をしてしまうとハンカチ噛みしめて悔しがるお父様の姿が見れないのよね、それがちょっと物足りない点かな。
家出する時は屋敷に火を付けていこうかしら。
「まあ、詳細は追々考えていくとして……」
ともかく、最大の方針が決まったわけだ。
そうとなれば10歳までの残りの4年間、全力で自立の準備をしようじゃないか。
私はそう固く決意したのだった。
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