絶対復讐令嬢シャルロット

浅見朝志

第1話 絶対復讐令嬢の誕生

199X年、日本。

27歳になった私の役割は人の"クビ"を切ることだった。


元々はプログラマーとしてIT企業に採用された私だが、時代の潮流に乗って企業が大きくなっていくにつれ、トントン拍子で出世し、人事部に異動となっていた。


そこでの仕事の1つが"クビ切り"。

毎年のように湧く怠慢者や人格破綻者共を呼び出して、懲戒解雇やら退職勧奨などをするものだ。


当然、恨みを買うことは避けられない。



「おっ、俺は悪くないッ! 俺を、俺のことをっ、クビにしたお前が悪いんだッ!」



とある日の、会社からの帰り道で。

私の腹のど真ん中に勢いよくナイフを突き立てた後、その無能男は顔を真っ青にして、後ずさりながら喚き始めた。



「おっ、俺より歳下の女がっ、"最凶の女人事"だとか言われてのぼせ上りやがって!」


「……」



目の前のその男の顔には見覚えがある。

私が退職を迫った元社員のひとりだ。


齢35歳にして、2年目の若手社員ほどの実績も出せない社員だった。

満足にコーディングもできなければテストもザル。

さらには自分のミスを部下に押し付け、女性社員へは性的な嫌がらせを繰り返し、限りなくクロに近い盗撮疑惑まであった。


控えめに言ってカスの所業であり、弊社にゴミは不要だと本人へ告げ、退職してもらったハズ。



「どっ、どうせ上の人間に色目を使って出世した売女のクセにっ! ひっ、人のことをカスだのゴミだの、ボロカスに言いやがってぇ~~~!」


「……はぁ」



……素直に更生しておけばいいものを、逆上して復讐に出るとは。愚かな。やはりゴミはどこにいってもゴミにしかならないってワケね。



まあ、それはさておき、



「よくもやってくれたわね……」


「──ヒッ!?」



にらみ返すと、無能男が息を飲んだように硬直する。

そのスキを見逃さない。


私は自らの腹に刺さったナイフの柄を逆手に持って、引き抜いた。

それをそのまま、思い切り横なぎにする。

無能男の首から勢いよく鮮血が噴き出した。



「え……えっ!?」


「無能なゴミは復讐も中途半端なのね……私を殺し切ってもいない内からペラペラと」



私はナイフの握り方を変えると、首元を押さえたことでガラ空きになった無能男の腹に続けてナイフを突き立てた。

そして、ドアノブを回すように思い切り捻じる。



「ウゥゥゥンッ──!?」



無能男は苦悶の表情で断末魔を上げる。

ビシャビシャと吐血しながら膝から崩れ落ち、そして動かなくなった。



「……復讐、完了」



私が色目で出世したんじゃないかって?

いいや違う。

やられたら"絶対"にやり返す、その信念を胸に、女の私はこの男社会をのし上がってきた。


売り言葉には圧倒的な買い言葉で返し勝利し、

殴られたらより強く蹴り返し勝利し、

そして私は、殺されるくらいなら躊躇なく殺し返す。


黙って我慢なんてことを美徳にしない。

ひたすらに強い女で在ろうと、最凶と呼ばれる今日に至るまでそう在り続けてきた。



……とはいえ、



「さすがに、これは死ぬか……」



刺された腹からの出血が止まらない。

思わず座り込んだ。

意識がだんだんとボヤけ、視界が暗くなっていき──






* * *






「はぁ──っ!」



止まっていた呼吸を再開する。

目を開ける。

見知らぬ天井がそこにはあった。



「ここは……どこ……?」



上体を起こしてあたりを見渡そうとするが、しかし、できなかった。

体中に痛みが走っていた。

自分の身体を見る。

雑に包帯でグルグル巻きにされているようだ。

辺り一面、消毒液の臭いが漂っていた。



「おや、目を覚まされましたか、"シャルロットお嬢様"」



白衣を纏った初老の男がのぞき込んでくる。

西洋風の男だ。



「まったく、そのまま永遠の眠りに就けた方が楽だったろうに」


「え……」



男は鼻で笑いながら、ずいぶんと酷い言いぐさだった。

嫌な男だ。

これが誰なのか、そして状況が分からないことも気持ち悪くて必死で記憶を探った。




──すると、覚えのないハズの記憶が頭をめぐる。




『おらっ、シャルロット! 俺の火属性魔術をくらえ!』


『ヒヒッ! ほらほらっ! 避けてみろっ!』




その記憶の中で私に"火属性魔術"でできた火の玉や、"土属性魔術"でできた尖った石を、私を的にして投げつけてくるのは私の兄たちだった。

それは彼らによる、日課の"妹虐待"だ。


私は力を振り絞り、自分の手を見る。

とてもとても小さな幼子の手をしていた。



「そうか、私は……」



日本で刺されたあの後、死んだのだ。

そしてこの幼子の姿に転生したと確信する。


なぜなら今の私の中には2つの記憶がある。

日本で生きた"私"と、そしてこの世界で虐待を受けながら生きている6歳の幼女"シャルロット・ディルマーニ"としての記憶が。



「難儀なものですねぇ、シャルロットお嬢様。ディルマーニ伯爵家の血を引いていながら"属性魔術"が使えないばっかりに」


「……それが私が兄たちの的になった理由?」


「ん? ええ、そうですとも。これで男だったらまだ執事という道も開けたでしょうに。お兄様方の"玩具"になるしか存在価値がないなんて。せっかくの伯爵家の血がもったいないばかりですよ」


「……」


「まあこればっかりは無能な女に生まれたことを恨むしかありませんがね」



白衣を着た、恐らくはディルマーニ伯爵家に住み込んでいるその医者は当然のようにそう言うと、私の包帯を取り替え始めた。



……なるほどなるほど。この世界での私の状況はだいたい分かった。



貴族家にありながら無能な私は、さも当然のように家族たちから虐待を受けている。

幼女だから、その圧倒的な暴力にやり返すなんて発想もこれまでできなかったようだ。



「辛かったわね、シャルロット」



医者が去ってから、私は独り自分へと呟いた。



「でももう大丈夫よ」



やられたら"絶対"にやり返す。

その信念の強さが生み出す力を、大人の私は前世の経験で知っている。



「最凶の私があなたに教えてあげる、不平等で不条理な人生への復讐の仕方をね」

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