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 真っ白な画面を見ていると気が狂いそうになるので、指を動かして空白を埋めていこう。

 空白を埋めることに躍起になっていると、昔を思い出すのです。初めての彼女ではありませんでしたが、その人との付き合いこそが初恋であったのだと思います。僕がその人に告白したのは小学6年生の11月末のことです。彼女はマユと言います。マユは読書家で、教室にいるときは大抵静かにしているのですが、気を許している友人と少人数で遊んでいるときはよく笑顔を見せる少女でした。意外と運動も得意でマラソン大会では好成績を収まるような子でした。いつから好きなったという自覚ははっきりはないですが、春先の彼女が日直だった日にわざわざ黒板を消すのを手伝ったときには、僕は彼女が好きだったのだと思います。夏が近づいて来ると運動会がありました。運動会の練習が体育の時間を使って行われるとき、マユの位置を常に確認していました。出来れば一緒にスタートしたいななんて考えていると、僕の列の人がトイレで離脱したためにそれが叶ってしまいました。マユと横並びになっている時間はそこまで会話は弾みませんでした。当時それを楽しんでいたのは僕だけだったかもしれませんが、実に幸せな時間でした。以降も他愛無い会話しか僕らの間にはありませんでした。ただ、共通の趣味である読書の話では度々盛り上がりました。彼女は『街のトム&ソーヤ』シリーズが大好きでした。僕は最初は興味はありませんでしたが、彼女の趣向を知りたい一心で図書館で本を借りて読み進めるとあっという間にハマってしまいました。それからというもの、僕とマユは会話が増えたと思います。

 ある日突然、マユを見ると緊張してしまうようになりました。昨日までは普通に話しかけに行けてたのに出来なくなってしまったのです。その様子を見て、マユの友達がからかいに来ました。こんなことは初めてで相談するしか出来ませんでした。それからは友達の仲介のもとで話す時間が確保されたと思います。翌る日の朝、僕は用意してきた手紙をマユの机に入れました。いわゆるラブレターです。僕はずっと文通に憧れていたためか、なんと手紙を送ってしまったのです。後ろの席から登校してきた後のマユの様子を眺め、いつ気付くかなと楽しんだものです。思い返せば、内容はイタイものだった気がしますが、無邪気にがむしゃらに好意を伝えるために奔走できた時期が懐かしく思われます。

 手紙を出すと返信を書いてくれました。この時点で好きバレしている筈なのですが、何故か僕は気付きません。お互いの名前を隠し、返信し合って3ヶ月が立ちました。初雪が降る予報だとテレビで流れていた頃です。僕は両想いを確認した上で告白にすることにしました。ほぼ勝ち戦でしたが、告白は告白です。とても勇気がいりました。今思うと謎ですが、校長室の前に呼び出し告白しました。「マユが好きです。結婚を前提に付き合ってください。」と。結婚がどういうものか分からないまま結婚したいと無責任に言い放ちました。恥ずかしくて仕方ありませんでしたが、マユから「私もソウタが好きです。こちらこそよろしくお願いします。」と言われたとき、赤面がますます紅潮していたことでしょう。そして付け加えられた「私、冷やかされるの嫌だから中学受験がんばって」という言葉で僕は本気で勉強するようになりました。1ヶ月後、僕は晴れて合格し春からマユと違う学校に行くことが確定してしまいました。マユの希望だったとは言え離れるのは辛く、合格を取り消してもらおうなんて考えた程です。

 中学生になってからはLINEでのやり取りをしていましたが、それもいつしか返信が少なくなっていきました。相手の心変わりなんて疑ったことはありません。相手の親が厳しい人なのは知っていましたから、スマホが没収されて平日は使えないという言葉もそのまま飲み込んでいました。ただ、リアルタイムでのやり取りの少なさは僕を焦らすようでした。そして、僕はマユが恋しくて発狂しそうでした。夜ベットに入ると、部活で疲れた身体は休みたがっているのですが、頭は活発に働くのです。今マユはどうしているかとか、マユの学校での様子はどんなだろうとか考えても答えは出ない類の想像をして眠れなかったのです。


 大分話が逸れてしまいました。空白を見るとマユとの思い出を思い出す理由ですが、それは中3の秋に別れたときに味わった空白感からでしょう。その頃には別れを悟っていて、マユから「今度の日曜日会えない?話がしたい」と連絡を受けたときは喜びは湧かず、ああ来てしまったんだなと覚悟を決めるのでした。待ち合わせしてフードコートの端っこで数分話しただけでした。「勉強に集中したいから別れたい。」最後はとても無機質でした。僕はその言葉が来ることが分かっていたから「分かった。ありがとうね。」と返すことしかしませんでした。最後に一緒にご飯を食べ、別れました。彼女とのやり取りが日に日に減っていく季節の中で、僕は毎晩、部活の練習中にも心で彼女が好きだと言い続けて気持ちを継続させていました。だからこそ、あっけない終わりがその努力は水の泡になったことを際立たせたのです。帰り道、見慣れた景色があんなに空虚に感じたことはありません。気付いたら泣いていました。僕は本当に彼女が好きでした。別れを実感できないほどに、彼女は僕の生活の一部で、その当時の僕の全てだったと錯覚するほどに、彼女の存在は僕を支えていました。一方的なLINEにもうんざりしてたんでしょうか。片方の気持ちが膨らみ続けていく恋愛なんて営みを心底憎みました。始まりが良くたって、永遠はないんだと思いました。

 こんなに重要そうに語っていたって後で別の恋をしてしまった僕ですから説得力はないかもしれませんが、これだけは言えます。人は、少なくとも僕は、失ってから気付く馬鹿なのです。大事なものほど傍にあるとはよく言ったものです。傍に当たり前にあったものの有難さを有る内は自覚できないのです。なんとも悲しい話です。

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