知らない方が□の為
残酷な話だが、クラスメイトが一人死んだくらいでは日常は壊れない。
そうならないように俺が努力したから、というのもある。日常が壊れたら俺と芽々子が無事では済まないというのもある。これは望んだ結末だ。それなのに……拭いきれないもやもやを確かに感じていた。
あんな事があったのに、クラスメイトは引っ越しを信じている。きっとそれが今まで普通だったのだ。目下の不安要素は島で唯一の病院に入院中のカップルだけど……大丈夫な事を祈ろう。
『そっちは何もない?』
『特には何もない。大人からの干渉もないと思う』
『私も無いわ 。叫び声に過剰反応してた割には不思議な反応だから気は抜かないでね(-ω-)/』
顔文字を使う意外性には響希も驚かされたが、めぼしい変化と言えばそれくらいだ。本当に、何もしなければ何も起こらないと言ったような、凪の日常。変化をひねり出すとしたら、恐らく猫を追い払った一件で百歌が俺に構うようになったくらいだ。と言っても距離感がそこまで変わったんじゃない。授業中にこっそり話しかけてくるとか、そのくらいだ。
お陰で退屈はしないけど……
「お前って最近百歌と仲いいよな。見ててそう思うわ」
「まあ、近い席の奴が今居ないからな。そりゃそうだろ」
「栄子と恭介は怪我したんだよなー。いやー可哀そうに。ま、怪我なんてのは仕方ない時もある。これで遊ぶの怖くなったとかそういうのがなきゃいいだろうさ。なあ?」
仁太は俺をからかいたかったのかもしれないが、栄子の事を出されるとややバツの悪そうに話題を切り替えた。入院しているというだけで怪我の実情が一切知らされていない所に大人の悪意を感じるべきだろうか。あれを知っていたら気軽に怪我をしたなんて言えまい。
「遊んでばかりも居られないよ仁太。そろそろテストが始まってくる時期だろ。俺も多少バイト減らしてでも勉強しないとだけど、お前らは大丈夫なのか? 芽々子がノート貸してくれるかもしれないけど、それと点数はイコールじゃないからな」
ノートは飽くまで写しであり、授業を振り返りやすいというだけだ。本人に勉強する気がないならあってもなくても同じ。結局何処の環境に居ようと勉強に意欲がない奴は意欲が生まれない。分かり切った話だ。俺だって一人暮らしを認めてもらう為に色々言ったけど、それは要するに一人暮らしだからこそのロマンを求めていたからだし。
「あー…………それじゃあ、あーするか! お前んちで勉強!」
「やめておいた方がいいよ。うちは狭いし、それに大した物も用意出来ない。冷たい麦茶すら一つ二つが精々なんだぞ。途中で何のかんのあって集中出来なくなる未来が見えてる。どうせ誰かの家で勉強するなら広い家でするべきだ」
とは言ってみたが、代案は出せない。理由は単純でクラスメイトの家の広さを全て把握している訳じゃないからだ。幾らクラスがたったニクラスで、一クラス辺りが二〇人程度でも限界がある。バイト先として行った事のある家ならともかく、それ以外の人はどうだ。予定でぎちぎちに詰まった一日を過ごしている上で普通の家に目を向ける余裕はない。
「あー…………成程な! いい事思いついたわ。お前のお陰で思いついたし、お前も来いよな!」
「へ?」
「続報を、待て!」
もう休み時間も終わるのに、仁太は廊下を飛び出して行ってしまった。まず間違いなく授業には遅刻する。止めるべきだったけど、一体何をするつもりなのだろう。そこだけは気になる。新しい騒動の種にならないといいけど。
「…………」
もう一度窓を見遣ると、スーツ姿の男がまだ立っていた。それだけじゃない、隣に全く同じ顔の男が立っている。じっと俺を見つめたまま動かない。見られていると思っているからそんな風に感じるなんて、どう考えてもそう思えない。あれは俺を見ている。何故? 何の為に?
「よっ、泰斗。ねえちょっと時間ある? アンタとバイトの事でちょっと話さないといけなくて。ほら、お互いテスト前だし―――って何見てんの?」
「待て響希。見るな。見たらお前も気になって仕方なくなるぞ」
視線を教室に戻して彼女を見上げる。こんなクソ暑い時期に長袖の制服を着なきゃいけないのは難儀しているようだ。お陰で片方だけ袖を捲るなどと、ではなぜ半袖を着ないのかと突っ込まれるような服装になっている。
視覚的な露出のバランスをとる為かスカートを短くするなどで対策をしているが、事情を知っているからだろうか。より不自然に見えた。
「え? 何の話?」
「バイトの話ってのは?」
「ん、シフトに穴を開けるべきって話よ。当然お店は大変になるけど、学生の本分には変えられないでしょ。どう?」
「どうって、毎日お前の家でバイトしてるんじゃないけど、それって大丈夫なのかなとは思う。この島って余剰人員がほぼいないじゃないか。それで仕事回せるのか?」
お前の代わりは誰でも居るが、その代わりとやらは既に他の仕事をしているが大半だ。テスト前でシフトを緩めなきゃいけない理由が学生だからという事なら、他のどの学生も頼れなくなる。本島ならいざ知らず、こんな孤島で暮らす人間にしては思い切った決断だ。
響希は指で頬を掻くと、笑顔なんだか苦しいんだか微妙な表情で俺の机に手を突いた。
「私もそう思うのっ。それで…………アンタ、部屋借りてるだけでしょ? もしよかったらなんだけど……て、テスト期間はさ、ウチに泊まってみない? そしたら勉強も一緒に出来るし」
「響希さんと一緒に勉強?」
放課後。教室で帰りの支度をする芽々子になんとなく相談をした。特に深い意味はない。別に今は危機的状況でもないし。
「それを私に言う意味はないと思うけど。好きにすれば? 私は貴方の生活を侵害した覚えも、束縛する契約も結んでないけど」
「いや、変な意味はないんだけどさ……お前はどうするのかなって」
「私も参加しろという事?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
自分でもどう言語化していいか分からない。探せば理由はあるだろうけど、それを判明させてしまうといけないような気も……芽々子は首を傾げ、鞄に手を入れたまま止まっている。納得はしていない。
「その………………えっと、俺がアイツに色々話す可能性とか考えないのかなって。やっぱり秘密が漏れるのを防ぎたかったら、監督してる必要があるだろ」
「貴方、思ったよりも自分を疑うのね。これでも天宮君の事は、貴方自身が思うよりは信じてるつもりよ。私一人では決して対処出来ない問題があった。貴方が居たから対処出来た。それだけで信じる理由になる」
「そ、そうかな……俺は最善を尽くしてるつもりだけど、でも結果はそうじゃないと思ってる」
「二人共生きてるなら、それで充分。後は多くを求めたりしない。これからもどうか、お願いね。マイ・ヒーロー」
そんな、そんな表現は大袈裟だ。茶化して笑ってやりたい所だけど。何故だろう。照れて、どうも黙り込む事しか出来ない。無表情のまま言われるのがそんなにツボにはまっただろうか。
「よ! 仁太さんが戻ってきたぜ!」
そんな余韻をぶち壊すが如く仁太が教室に戻ってきた。あろう事かこいつは授業に遅れるを通り越してほぼすべてをすっぽかしたのである。HRに戻ってきて何か言おうとしたが、その前に反省文が必要となり連行されていた。
「お前……空気読んでくれよ」
「え!? 何々、なんか重要な話か? テストの話なら共有してくれよ~」
「天宮君とはそんな話をしないけど。一体どんな用事なの」
「芽々子も気になるかっ。いやさ、先輩にでっかい屋敷に住んでる人が居んだよ。その人ん家ってエアコンあるからさ、そこで勉強出来たら良くないかって思って頼みに行ったらオッケーなんだ! なあ、来ないか! エアコン凄いぞエアコン! 涼しいんだ!」
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