Parts2 無情
後には戻れぬ生き方
二人で手を合わせて、今は亡きクラスメイトに別れを告げる。
「…………ごめんね、柳木。私、アンタが死んだ事なんてちっとも知らなかった」
三つ顔の濡れ男の素体となっていたのは、他ならぬ柳木だった。見た目こそ大きく変わっていたがそれは確実に柳木だと響希が断言した。そもそも彼が取り込まれるのを防ぐ為に芽々子は頑張って失敗した。そいつを破壊したら変わり果てた犠牲者が出てくるのは当たり前である。
「……本当に、ごめん。もっと言う事を信じてあげれば良かった」
墓は気づかれにくいように、森の中に作った。水に晒されてすっかり腐りはてた死体でも、元は大切な友達だった。早くに怪異を認識して休まる時のない人生だったなら、せめてこれからは安らかに眠ってほしいと思う。
「…………ごめん、なさい。ごめん…………なさい…………!」
俺には柳木との思い出が大して存在しない。クラスメイトという事で絡みはあったがそれだけだ。身近な人が死んだ悲しみはあるし、誰も居なかったなら泣いていたが、彼女を差し置いて泣く権利が自分にあるとは思えなかった。
―――こんな形で失いたくなかったよ。
誰も死なない、なんて夢物語。二人死んだ。事情はどうあれ、それは確定した。柳木の死を公表するのは都合が悪く、もしそんな事をしたら響希が危ないと言われたけど、果たして俊介はどうなるのだろう。
バーベキュー自体は問題なく芽々子が終わらせたらしい。俺達は俊介を探しに行ったまま帰ってこないという体で誤魔化せたと。だが失った事実は変わらない。俺の求めていた一人暮らしに、こんな刺激は要らなかった。
――――――もう、待ったはないか。
今更引く事は許されない。今更平和を求めるなんて、求めた所でまず訪れるのは自分の死だ。死にたくないなら引く訳にはいかない。日和見主義が事態を好転させるのは不可能だ。
「…………ううう! ううううう…………」
「……響希。そろそろ行くぞ」
「…………ぐす。すん。うん……」
時刻は朝六時。バイトは当たり前だが休んだ。死人はともかく怪我人はいる。事件を完全に隠蔽する事は出来ないと思った。どうせ俺から言わなくても勝手に表面化する。匂わせるような物言いをしたって大した問題にはならない。
ゴミ袋を払いのけて地下に戻る。休憩室の扉を開けると、芽々子が二人分のコーヒーを淹れ終えた所だった。
「もういいの」
「これ以上は急かすだろ。気づかれるとか何とか」
「そうね……」
響希は俺の隣に。芽々子が対面に。ともすれば三者面談の様相を呈しているきたが、これは立派な会議だ。具体的には今後の方針と、響希の処遇について。
「本当は巻き込むつもりなんて毛頭なかったけど―――そんな体になってしまっては、いよいよ協力してもらうしかないわ。響希さん、大丈夫?」
三つ顔の濡れ男の浸渉は、残念ながらそれを破壊しても彼女の体に痕跡として残ってしまった。原因は主に芽々子が正式な対処をせずに『黒夢』を使った分析で強制的に破壊した事。怪異に対する噂が一切なく、尋常な手段では正式な方法とやらが判明しない故の苦肉の策らしい。
響希が片方の袖だけを長袖にした妙な服を着るようになったのもそれが原因。肩から左手にかけて、老化したような皺が残ってしまった。顔には見えないが、水でふやけたと呼ぶのも妙な状態。とても人には見せられない。学校では包帯を巻いて誤魔化すつもりらしい。
「……正直、私に正義感とかないから巻き込まれるのはごめんだけど、柳木がどうして死ななきゃいけなかったのか知りたい。あの感じだとさ、やっぱ島を出て行った事になってる人ってみんな死んでるんでしょ」
「全て把握はしてないけど、その可能性は高いわ」
「だったらやっぱり納得行かない! 何で隠すのかせめて、知りたい。二人に協力させてもらうから、よろしくねっ……ま、まあ。こんな体が弱みになるなら、裏切る心配とかもしなくていいでしょ?」
「こんな身体なんて言うなよ。俺なんか、芽々子にバラバラにされたんだから」
「へ?」
目の前で上着を脱ぐと、響希は一瞬目を瞑った後―――胴体に繋がる両手に継ぎ目があるのを見て声を失っていた。下もそうだと伝えると、信じられないような目で芽々子を見遣る。
「しょ、正気!?」
「私が?」
「どっちも! 何でアンタ、バラバラにした奴に従ってんの!? で、何でそっちはバラバラにしたの!?」
「話すと長くなるんだよな……あ、こんな体だけど神経は繋がってるから痛いもんは痛い。俺が我慢すればノーダメージかもってくらい」
「結構開き直ってるわね!? …………そっか。じゃあアンタは、私の体を見ても何とも思わないんだ」
「お互い異形の体になっちゃったからな。俺も、こんなつもりじゃなかったよ。そしてお前を巻き込むつもりもなかった。こればっかりは本当に、死体にビビった自分が悪い」
あの時叫ばなければ。
あの時、声を抑えられていれば。
もしもともしもが積み重なる。最善なんて存在しないのに、そんな過去を夢見てしまう。だが現実はこれだ。やり直しは聞かない。効かせた所で意味がない。諸々運が良かった。運が良くても尚、完璧には辿り着かなかった。それだけの話だ。
「私はもういいけど、栄子と恭介はどうするの? 誘わないの?」
「二人は怪我しただけだからくれぐれも他言無用と伝えるだけに済ませといた。あの時は目が見えてなかったから私達の事については知る暇もなかったでしょ。痛くてずっと喘いでたし」
「病院で治るかな……」
「あれくらいなら大丈夫。目も、多分ね。私の方でも少し処置しておいたから」
芽々子は席を立つと、島内の地図を取り出して机の上に広げた。そして浜にバツ印をつけた。
「ここはもう大丈夫。妙な存在が現れる事はないって断言していい。とはいえ今回の事件を受けてどんな動きを見せるか……だけど」
「それ、説明してほしいんだけど。芽々子ちゃんは誰かに追われてるの?」
「ええ、その通り。それで天宮君に守ってもらっている所。大人達が不穏な動きをしたように、そして私にバラバラにされた彼が協力せざるを得ないくらいには、変な勢力が確実に動いてる。きっと今回も動きを見せる。響希さん、貴方は怪異から生き残った者として協力してもらうわ。私が破壊してしまったせいで浸渉は残ってしまったけど、それ自体に最早悪意はない。だから、きっと有効活用できる」
「…………どういう事?」
「浸渉っていうのは、まあそのふやけの事だな。症状みたいなニュアンスで―――」
「いやそれは文脈で分かるけど。傷跡に有効活用なんてないでしょ?」
「近いうちに変化があるだろうから、その時は報告お願いね。私にも何が出るかなんてさっぱりなんだから」
「どうして私が人形である事を伝えていないの?」
響希を家に帰した後、芽々子は率直な疑問を投げてきた。
「伝えない方がいいと思ったから」
「…………そう」
納得はしていない様子だが、その一言で追及を止める彼女も中々だ。釈明を求められたら沢山言葉が出るだろう。秘密を沢山の人が保持するとそのつもりがなくても漏れるとか、身体の一部とかではなく全身が人形なので怪物と思われるとか。
そういう諸々の釈明を一言で表すと、最初の通りになる。俺なりに気を遣ったつもりだ。
「そういえば、お前の体は見つかったのか? 確かその、そういう流れだったよな?」
きっかけとなる事件を探せなんて抽象的な事から始まり、柳木の死、そして三つ顔の濡れ男との対決へと繋がった。芽々子がバラバラになったのは柳木を守ろうとしたかららしいが、きっかけとなる事件と柳木を殺した怪異が同一のモノなら、やっぱりそこに死体はある筈だ。
「ん? あれ? なんかおかしいな。元々三つ顔の濡れ男を知ってたなら何であんな曖昧な言い方をしたんだ? 最初から言ってくれれば……相互認識ってのに問題があるのか?」
「半分当たり半分外れ。私の体はちゃんと見つかったから安心して。左腕のみだけど」
「…………腐ってたか、やっぱり」
「人間としては使い物にならないかな。でもいいの。この調子で集まれば、それはそれで。何かお礼をしたい所だけど……タイミングもいいし、疑問を解消しましょうか」
芽々子はホワイトボードを引っ張ってくると、二重線を引いた上にタイトルを書き記す。
『仮想性侵入藥について』
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