僕が死んだら君が生きろ

「俊介~何処に居るよ~」

「ちょっと話したい事あるだけなんですけど、何でこうなるの?」

 二人の愚痴は、気楽だ。俺もこれから何が起きるかは分からないが、同じ時間帯、起きたかもしれない出来事なら分かる。そう楽には構えられない。

「俊介が居なくなったのはいつだ? いなくなったのを見てないなら、最後に話した時でいい」

「そんなのついさっきの事だと思うぞ。俺が話しかけたんじゃないけど、声は聞こえた。五分前とか、多めに見積もっても十分前だな」

 俊介が何をしたいのかさっぱり分からない。どうしても身構えてしまうのは未来とやらの状況と現在の差異だ。大した事が出来た訳じゃない。


・未来 殻に覆われた死体の放置 芽々子の死亡 響希の浸渉重症化


 これに対して死体は再利用されない形で処分し、芽々子も生存中、響希の症状はまだ初期状態のまま。随分変わったように見えるだろうか。だが、これだけだ。今日はバーベキューをしに来ただけだ。これらは全て外部の事情であり、クラスメイトには一切何の関係もない。

 なのに、俊介が消えた。

 死んだんじゃない。かつて……という言い方はおかしいが、とにかく芽々子が死んでいた場所に代わりとして彼が倒れている訳じゃない。じゃあ何処に? 浜を歩いているのは確かだ。探している最中、不自然に洞窟方面へ向かう足跡が確認された。だから気分が変わって家に帰ったとかでもない。

「…………この先って洞窟しかないよな。単なる行き止まりの」

「別に面白みもないよな。地下の大空洞に繋がってるとかなら面白いんだけど」

「大空洞なんてあるのか?」

「ねえけど、あったら冒険出来るだろ」

「馬鹿な事言ってないで早く行きましょうよ。夜に波に攫われたらまず見つからな―――」

 特に異変はない所で、響希の声が止まった。懐中電灯の光もブレたから誰にでも分かる。

「およ?」

「どうしたよ」

「…………だ、大丈夫。石が飛んできたの。波でね」

 誓って波は穏やかで、石が飛ぶような激しさはない。果たして石が飛ぶかどうかは置いといて、彼女の釈明には引っかかった。波が危ないからと位置を入れ替えて引き続き洞窟を目指す。

「…………なあ響希」

「言わないで」

 洞窟の入り口までやってきた。砂が途中まで床を侵食しているが、侵食している限界まで足跡は続いている。これ以上は洞窟の中だが、そもそも然程広くない。最奥はもうすぐである。

「おーい! 俊介! 栄子達が話したいって事なんだけど! 居るんだろ!?」

 反響を利用すれば普段の声も十分拡声される。これで聞こえないなんて事は、ないだろう。


 だが返事はない。


 誰が呼びかけても結果は変わらなかった。ならば俊介ではない? いやいや、そうだとしても誰か来たのなら対応するべきだ。人違いなら早々に解決しないと問題が拗れる。

「もしかして気を失ってるとかじゃね?」

「ここまで来てか? それはもう、気を失いに行ってないか?」

「分かんねえだろ! おい俊介! 大丈夫か!?」

「恭ちゃん待って!」

「あ、ちょっと!」

 大して制止させる理由を用意出来なかったので二人を先行させてしまう……勿論、半分は嘘だ。止める理由はあったが、話す訳にはいかなかった。無言で傍らの彼女にライトを当てると、肩に留まっていたふやけ顔が腕全体にまで広がっていた。響希は現実から逃げるように目を逸らして動かない。


 ―――さっきだ。


 栄子達の側からは見えないだけで、石が当たったとかいう虚言はこれを隠す為にあったのだ。それに気づいたから反対側にポジションを入れ替えた。二人の内どちらかが気を遣ったらいけないから。

「大丈夫だ。俺が居る」

 ふにゃふにゃにふやけた顔は掌にまで広がっているが構わない。手を繋いで、指を組むように合わせる。気持ち悪いなんて体が反応する前に、彼女の心を落ち着かせないと。

「泰斗……」

「恐れなくていい。約束する。絶対に守る。本当にもうどうしようもなくなったらその時は島を出て、頭下げて俺の家で暮らそう。それなら絶対逃げ切れる。大丈夫だって」

「……………………あのね。定期船にタダ乗りとか無理だから。子供に貸される船もないし」

「でもやる。それだったら絶対大丈夫だよな」

「…………ありがと。期待しないでおくけど、その約束は覚えとくわ」

 奥から特に叫び声は聞こえない。何か起きたにせよ何も起きなかったにせよおかしな事だ。

「俺達も行こう。ここまで静かだと不穏だ」

「ね、ね。手、繋いだままでいい? ……正直、怖くて」

「ああ」

 それで症状が抑えられるなら安いものだ。ライトを片手に奥へ突き進んでいく。すぐに壁が見えて―――――




 恭介と栄子の二人が白い殻に顔を覆われていた。だが二人はまだ生存しており、顔に張り付いた奇妙な壁を壊そうと両手をもがもが動かしている。十中八九呼吸は出来ていないし、出来ていないから声も出せなかった。




「! 二人とも!」

「な、な、な……何してんのよ俊介!」

 危機的状況になっても近づけないのは、そんな二人を傍観するように俊介が佇んでいるからだ。手には黒い皮手袋、それに携帯を握りしめている。

「………………なあ」

 俺の方を見て、俊介が尋ねる。

「何で気づいた?」

「は?」

「お前だよお前。お前しか気づくはずねえだろ。何で、気づいた」

「お前が……やったのか?」

「とっとと言えよ! てめえは何で気づいたんだよお!」

 元の人柄からは考えられない怒声が洞窟中に反響する。響希は縮み上がって、さっと俺の背中に隠れてしまった。


 ―――まさか、俊介が。


 今の今まで尻尾を出さなかったし、その存在自体あやふやなものとされてきたが。俊介こそ芽々子を追う謎の勢力の一人だというのか?手袋の甲に刻まれた紋章が、少なくとも個人の都合ではない事を教えてくれる。花の花弁が左右に広がり、眞下で繋がって円となる。中心には、蛇のような縦長の目。

「二人を解放しろ! 解放したら、話してやる」

「駄目だ。お前が台無しにしたせいで起動出来なくなった。早く話せ! どうやって気づいた! 何で分かった! 処分の方法は! 単純に壊すだけならまだしも、何故活性化しない!」

「活性化!? お前達、一体何者だよ!」



「質問してんのは俺だあ!」



 鋭く乾いた音にこの場に居る全員が動きを止めた。それを銃声と理解するのは、たとえ生で聞いた事がなくても本能がそれと繋ぎ合わせる。この学校がどうかは知らないが、俺も昔は運動会でリレー合図の空砲をよく聞いていた。

「ね、ねえ泰斗。刺激すんのは…………」

「これが冷静で居られるかよ」

 響希から手を離すと、一歩近づいて銃口越しの殺意を受け止める。死への恐怖なんて、実際他の人よりは薄くなっている。何度も何度も何度も殺された。正体不明のまま殺された。それが怪異ならいざ知らず、人間なら―――恐れる必要なんてない。

「…………俺は! お前の事、友達だと思ってたよ!」

「…………」

 沈黙は意識を引き付ける。一挙手一投足を見ようとする程意識が割かれる。


「恭介! 右に飛べ!」


 耳が聞こえる事は銃声の時点で分かっていた。白い殻は頭部全体を覆っていたのではなく、あくまで顔表面を覆っていたようだ。銃声に怯える余裕があるならまだ意識は混濁していない。殆ど賭けに近かったが、ある程度分の良い賭けだ。銃を見れば先に殺される想像をする。だから足がすくむ。

 ところが恭介には銃が見えない。呼吸を塞がれて考える余裕もないなら当然、声の通りに動くと考えた。

「…………!」

 恭介が右に飛ぶと、じっと動かなくなった栄子に当たって、よろめいた栄子が勢いよく俊介にぶつかる。銃口の狙いが逸れた正にその刹那。一気に踏み込んで、全力のタックルをお見舞いする。

「ぐふっ!」

 壁にぶつかって倒れこむ俊介。頭からの流血を見て即座に動けないと判断して今にも窒息しそうな二人に駆け寄った。声掛けは無意味だ。早くこの殻を外す方法を……死体と違って無理やり破壊するのは推奨出来ないが、ライトで殴って剥せるだろうか。

「二人共、無事みたいね」

「芽々子ちゃん!」

「すぐに治療する。どいて」

 芽々子は『黒夢』の中から布を巻いた棒を取り出すと、火をつけて二人の顔に近づけた。水を遠ざけるモノ……! 科学的にはそれで剥がれるような性質には思えないが、実際は火を嫌がるかのように光に充てられた殻が剥がれていき、そこからは手で剥がれた。殻に覆われた二人の顔は血塗れで、よく見ると細かい穴がぶつぶと開いていた。殻は顔に突き刺さっていたらしい。無理やり剥がしていたらどうなっていたか。

「うう、はっ、あ……ぐぅ……!}

「あ、あ…………いた……」

「響希さん。二人をお願い。顔の傷は見た目よりは浅いけど、浅いだけだから」

「わ、分かったわっ」

「一旦逃げよう! アイツは暫く動けな―――」


 パァン!


 二度目の銃声に再度足が止まる。誰が撃たれた訳でもない。しいて言えばその本人。俊介が自分の頭に銃口をあてがい、自害したのだ。何故そんな事をしたのか。それを疑問におもうまでもなく答えが先に提示される。

「うっ……うああああ!」

 響希が栄子を落とし高と思うと、その場に蹲り始めた。ライトで彼女の体を照らす、栄子の目が見えない状態で今は助かったかもしれない。人の体が目に見えて顔に侵食される不気味さという物を知らないで済む。

「響希!」

 気持ち悪いと思う前に体を抱きしめる。恐怖心を和らげたいと思ったらこうする事しか出来ない。

「やだ……やだあああああああ!」

「大丈夫だ! 大丈夫だから! 芽々子これなに! なんだ!」

「……死体はどの道必要だったという事ね。感じるでしょ、潮の匂いを。全くやられた。もう後ろは行き止まりだから逃げる事も出来ない。そして私達が死んだら向こうで騒いでる彼らを助けられない」

 芽々子は『黒夢』を地面に置くと、後ろを振り返って見つめる。



「来るわ。『三つ顔の濡れ男』が」


















 水死体のようなその姿は、仮に一度見た事があったとしても嫌悪感を収めるには到底足りない。猛烈な死の気配を纏った怪物に一体誰が近づきたいと思うのか。ずるずると肉を引きずるような音は既にすぐそこまで迫っていた。夜に目が慣れて俺にはとっくにその姿がみえている。

「~~~~~~ぎ~~」

 潮の匂い。だけど未来で感じた程の朱さはない。匂いが色を感じるなんておかしいだろうか。俺には決して共感覚はないが、でもあれは血だった。血に染まった海の匂い。そうとしか言いようがない。

「ぎん~~~~~は~~~~~~」

 芽々子は松明を持ったまま佇んでいる。響希をかばうように前に立ったまま、接近を許していた。

「な、何で俺らが優先されて狙われてるんだ? 無防備なのはあっちだと思うんだけど……」

「花火も火には違いないわ。確かに水で消える程度の火だけど、科学的原理は重要じゃない。あっちでは貴方がトイレに行っている間に花火は全部消えて暗くなっていたんでしょう。今ならあれは―――莉間君の仕業だと考えられる。濡れ男だけに、誰かの死を呼び水にしているのかしら。ちょっと分からないわ」

「呑気な事言ってる場合じゃないだろ! ど、どうする! どうするんだ!」

「隙を作ってくれる? 対処は私が出来る。ただしチャンスは一回だけ。私の運動神経の問題で動きを止めてくれないと多分負けちゃうから、よろしくね」

 芽々子が即席の松明を俺に渡して鞄に手をかけた。その間にも響希の浸渉は重症化していく。蹲っていたのは、痛みもあったのだろうか。体の半分が蝕まれそうだ。ここで一旦逃げてなんて、そんな呑気な事は言えない。

「…………」

 使える物は、二つだけ。俊介の傍に落ちていた拳銃を拾うと、松明と持ち替えて、利き手側で構え直す。銃を撃った経験なんてない。でも一発撃つだけなら出来る。流石に仕組みくらいは把握済みだ。反動がどうとか弾が当たるかとかは置いといて、撃つだけは出来る。

「ぎん~~~~~はぁ~~~~どこ~~~~だ~~~~」

 さざ波のようなノイズ交じりの声。聞いているだけで耳が痒くなる。足元を照らすと、ずぶ濡れの衣服から零れ落ちていた殻が意思を持ってこちらに這ってきている所だった。火に照らされたとたん、動きが鈍って四方に散っていく。

「…………て、ていうか芽々子、お前ずぶ濡れだったよな!? 大丈夫なのか!」

「まずは自分の事だけを心配して。貴方、まだ乾いてないでしょ。その火が消えたらおしまいだから」

「そういう事言うなって!」

 三つ顔の濡れ男が近づいてくる。近づくたびに響希が大きく喘いでその場にのたうち回る。まだだ。はやりたい気持ちはあるけど、今はもうやり直しが効かない。

 一歩近づく。

「お前が何処の誰か知らないけど…………殺される訳にはいかないんだ。探し物なら……他所でやれ!」

 鈍重な動きは知っている。手を伸ばすのを、足を動かすのを、体中に浮かんだ顔のような皺が動くのを。松明を振り抜いて牽制する。じりじりと下がっていくその瞬間、銃口を頭部に突き当てて発砲。

「~~゙~~~~゙~~゙~~゙ぎんは~~~~〰≁〰~」

想定以上の反動に腕が振られて体が揺れる。松明が濡れ男に触れた瞬間、火は水を被せられたように跡形もなく消えてしまった。

「え」




「後は任せて」




 情けなく尻餅をついたと同時に入れ替わって芽々子が前に出る。黒夢を持ったまま猛然と突っ込んで、足元の白い殻を踏んだ。濡れている身体にとってそれは即効性のウイルスに近いが、今の芽々子には付着せず、剥がれ落ちてしまう。

「え!」

「ボディを変えて―――大正解、ね」

 鞄の中に手を突っ込む。同時に片方の取っ手から手を離し、鞄を中途半端に吊り下げる。三つ顔の濡れ男の直前で大きく腰を捻って姿勢は低く。松明の代わりにライトに頼ったその瞬間。確かに俺は目撃した。

 ドロドロに溶けていながら、固形のように形を保つ銀色の液体を。

「貴方が生きてるかどうか、確かめてあげる」

 銀色の刀身を持つ刀は、寸分の狂いもなく濡れ男の胴体を貫いた。


 



水銀これは、苦しいわよ」







「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

 洞窟に響き渡る絶叫に、俺も耳を塞いで蹲ってしまう。顔から血を流している二人もそれどころではなく耳を塞いで呻いていた。芽々子以外の誰もが、最後の抵抗に耐えられない。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 途中からそれは男性の叫び声に。誰だろう。それは、洞窟の様子を見に来たクラスメイト? それとも―――三つ顔の濡れ男? 意識が遠くなっていく。それでも長く耐えられたのは薬を何度も服用したからだろうか。

 閉じる視界の中で最後に見たのは、浸渉の止まった響希の肌。ああ、それで。

 

 安心してしまって。








 




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