迷信成雷如

「こ、これはなんだ?」

 思わず口をついて出てしまった疑問に答える声はない。だが事実は事実として依然、そこにある。大量の銛と殻に包まれた死体。人為的な用意と見るのが自然だ。最大限好意的に解釈してもこれが偶然なんて思えない。今まで怪異について手探りで追っていたのにここに来て人間の意図を感じてしまった。

 誰がやったは関係ない。ずっと前からここに用意されていたとは思えないのだ。だとしたらもっと噂になっていて、もっと死人が出ている。俺の見た未来ではクラスメイトの死体を一々確認した訳じゃないが、あれだけ歩き回って明確な生存者が全身顔だらけになった響希だけだったのだから、仮に全滅していなくても相当数死んだ事は想像に難くない。

 どうも俺には今回の予定を知った上でこの準備がされていたように思う。噂がないなんてのもおかしな話だが、噂がない癖にここまで活動的になる怪異とやらは、何か道理に反しているような。怖い話ありきのお化けだろう。脈絡もなく口の裂けた女に襲われるようだったらそいつは単なる危険人物だ。


 ―――絞るのは、無理だよな。


 相互認識とやらを広める為にそれとなく俺の醜態を怖い話のように偽って、そこからなんとなく流れでバーベキューが計画された。クラスメイトの数だけ家族が居て生活があるから、誰がどう漏らしたかを推理するのは難しいし、そんな時間がない。考えるべきはこの怪しい下準備の処理の仕方。長い間離れていたら怪しまれるし、クラスメイトが探しにくるかもしれない。これを見せたら……いや、これを見せてしまったから、未来ではあんな大量に放置される事になったのか? 

 原理は不明だが俺が見た未来は全てが手遅れになった後だと思う。そこに行くまでの脈絡は想像するしかない。これは分かりやすく想像出来るルートだ。専門的な知識がなくてもそれは分かる。

 だからこれを十分な方法で処理出来れば、ああなる事は防げる筈だ。元の素材が死体なら破壊も不可能ではない。そもそも最初に芽々子と一部分切り取ったばかりだ。その道具は……銛と石で頑張るしかない。

 長い事水に浸かっていたとしても骨が柔らかくなる訳ではないが、死体はとても柔らかく、三叉銛でずたずたに引き裂く事はそう時間のかかる作業ではなかった。ただし一体にかかる時間と考えて全体を考慮すると俺の不在を怪しまれるには十分な時間がかかる。

「間に合わないだろこれえええええええええ…………!」

 駄目だ、てんで駄目だ。名案が思い浮かばない。そもそも時短を実現する道具が周囲にない。やりだした手前止める訳にもいかないけど、こんなのとてもとても一人じゃやりきれない。

「クソ、クソ、クソ、クソ!」

 疲れるだけなんて思わない。俺が頑張らなかったらああなる事を示唆されている。俺はクラスメイトの誰にも死んでほしくない。本当に、それが許されるならどんな事でもする。未来を知るのは残酷だ。俺がやらなかったらこうなったのだと思い知らされる。だから、後悔しないように。未来が友人を殺しにやってくる前に。

「無理だ! 無理だ! 駄目だああもう! 早く終われ! 壊れろお!」

 元は水死体なのだろうか。腐敗した肉の感触が銛を通して温かに伝わってくる。気分が悪くなってきても、ここまでやっておいて今更止められるものか。男も女も区別なんて不要だ。考えたくない。これがかつては人だったという認識すらするべきじゃない。脳みそを止めて、手を動かして、自分に於出来る最善を。




「泣きそうになりながらやったって、作業効率は上がらないわよ」




 無機質な、だけどこちらを気遣うノイズ交じりの声に顔を見上げる。森の中からひょっこりと迷彩服姿の芽々子が顔を出していた。髪を高めに縛っており、帽子などは被っていない。

「え…………」

 逡巡、或いは躊躇。思考が停止する。お化けでも見たように目の前の景色が信じられない。頭の中の時間が止まっている内に、芽々子は近づいて中華包丁を取り出した。

「少し見ていたけど骨は柔らかそうね。私も解体に協力する」

「芽々子。お前バーベキューは?」

「買い出しの時をもう忘れたの? 私は人形よ。素材さえあれば複製出来る。人形と気づかれていなければ同じ人間が二人いるなんて思わない。情報収集には最適でしょう」

「そ、それを早く教えてくれよ! し、死体を壊したら何処に隠す? 多分捨てるか隠すかしないとあれだよな。ど、どうする!?」

 疑問は、彼女が木陰に傾けた『黒夢クロメア』を指さして解消された。

「あれの中に入れれば大丈夫。一見してとても容量が足りないように見えるけど、ちゃんと全部入るから」

「ほんと、細かい事は気にしたくないんだけど色々無法だから俺も気になってきたよ! 後で絶対説明しろよ!?」

 包丁の切れ味が特別いいのではなく、この死体があまりにも柔らかい。水を大量に注入した肉は当たり前だが容量がスカスカだが、それに刃を入れている気分に近い。解体はサクサクと進み、芽々子の手際の良さも相まって二十分もすれば全ての処理が完了した。

 一息ついてそこらに腰を下ろす暇もなく、彼女は鞄の取っ手を握って森の中へと歩いて行った。

「私はもう行くわ。貴方は早く戻る事。そうね、もし理由を聞かれたらこう言って。森で私を見て追いかけたって」

「―――嘘ついてばっかなの嫌だな。でも、分かった」

 砂浜を何度も何度も走るのはいつも以上に体力を消耗させられる。みんなは気楽に遊んでいるのにどうして俺だけが修行をするみたいに汗を流しているのか。砂浜にはしっかりと俺の足跡が残されている。一々消している暇はない。さて、バーベキューで盛り上がっている場所ではクラスの中でも特別仲良しなグループが固まるようになってきており、仁太と俊介が俺を探してうろつき回っていた。声を上げるとこちらに気づいて、肉を片手にやってくる。

「お前何処行ってたんだよ? いやーそういえば姿見ないなって思ってたら」

「なんか見つけたか? 面白いモンあったら言えよな。独り占めはずるいぜ!」

「あー。悪い! 実はえっと。面白いかどうかは知らないけど、芽々子を見たんだ!」


「は?」

「は?」

「え?」


 たまたま近くで女子と話し込んでいた芽々子が声に反応して振り返った。

「…………私はここに居るけど」

「おう。俺らも知ってる……ここだけの話、国津守の顔見ながら食う飯って美味いよな」

「で、でも見たんだよ! 芽々子が森の方に居てさ、声を掛けたんだけど無視して奥に行っちゃうもんだからつい追いかけちゃって」

 二人が顔を見合わせる。こんな炎天下に走り回った事は事実であり、俺の顔からはおよそ涼しさからはかけ離れた汗が滲んで零れている。砂浜の足跡も含めて疑う余地はない。

 ようやく腰を落ち着けて……それこそ肉でも食べて一休みしようかと思っていた時、二人の蹴りが俺の腹を貫き、無事落水。

「……ぶはっ。お前らなあああああ!」

「見てて暑そうだからそこに入っとけ! おーいみんな! いや、興味ある奴だけでもいいけど、聞いてくれ! 我らが泰斗がもう一人の芽々子を見たって言って聞かないんだ! まだ肝試しとかいうのは早いけど、ちっと探してみようぜ! もう一人の俺らが見つかるかも!」

 人形だという事を知られなければ、同じ人間がもう一人いるとは思わない。そして思わなければ、そいつはきっとお化けだと勘違いする…………のだろうか。未来は悲惨だったが、分かりやすい形の娯楽がないこの島に取ってお化けとは単なる好奇心をそそる存在でしかない。男女含めた何人かが名乗り出て、彼らは俺の足跡を追うように森の方へと離れて行ってしまった。

「泰斗、大丈夫?」

 一連のやり取りを見ていたっぽい響希の手助けを受けて立ち上がる。着衣泳なんてするつもりはなかった。水を含んだ衣服が身体に重くのしかかる。ああこれは、ダメな行動だ。

「俺は大丈夫……ちょっと水のんだけほっ! でも案内役とかになんなかったのは幸運だな。確かにちょっと休みたかった。まあでも、俺だけだよ。残った奴はどうするんだ? 百歌とかさ、残ったの意外だと思ったよ。お前はああいうの好きなんだし」

「あたしは他にやりたい事あるもーん! 日が暮れてからやるのもなんだし……そだ! 一人だけずぶ濡れなのもなんかかわいそうだし、みんなで撃ち合いしようよ! 天宮よりずぶ濡れになった人が負けで!」

 気を利かせてくれた……?

 いや、待て。違う。これは。

「おい、もも―――」

「それでそれで~芽々子ちゃんも参加しまーす! 普段はお堅い芽々子ちゃんのあられもない姿が見たい男子は奮ってご参加~!」

「…………こんな流れなのね」

 芽々子が男子にとってある程度注目を集める存在である事は女子からも明らかだ。女子は女子で彼女が人形である事を知らないから注目している。普段この手の行事を外から傍観するだけな彼女を巻き込むのは、なんとなく秘密を知れそうという曖昧な予感によって人が集まる結果となってしまった。

 携帯は見られないが、太陽の位置からおおよその時刻は分かる。二十一時までそろそろ五時間を切りそうといったところ。季節が季節だから日没は遅いが、悠長にはしていられない。

 

 

 

 乾かす手段の確保か、そもそも濡らさないようにするか。





 

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る