存在とは感知されなければならない

 状況は以下の通り。


・最初から怒っていた?

・周辺には怪異の活性化に合わせて動く死体がある?


 対策・対抗策


・濡れては駄目

・水を遠ざける物が苦手。


 これで本当に大丈夫かと言われたら、まだまだだ。芽々子の聞き込みは続く。俺が未来で拾ってきた情報に繋がれば何でもいいというから、手分けして時間まで探す事になった。特別誰が知ってそうなんて事はないけど、買い出しで親交が生まれたので、なんとなく百歌に声を掛ける。

「え? 怖い話? そんなのこの島にないでしょ?」

「いやまあ、そうだけどさ。夜の叫び声の話……俺は何も知らないけど、大人が騒いだって事は何かあるって事だよ。百歌は何も知らない? 関係ありそうな事とか」

「うーん。あー、これ、秘密ダヨ? あたしが教えたら怒られるしー」

「分かった」

「お化けがどうとかじゃないけど、結構昔に漁に出て死んじゃった人がいるって聞いた事あるよ。それで何かお化け的なのが出た話は聞いてないけどね。でもそれに限らずさ、事故なんて何処でも起こるから関係あるってのも無理筋じゃない? 極論だけど、海にある物全部引き上げられたら死体くらい出るでしょ」

 それはまあ、そうだろうけど。

 海難事故はお化けに関係なく起きている。もしも海の中身を全部掬い上げられるなら彼女の言った通りになるだろう。

「ていうかお肉食べてる時にそんな話したくないんですけどー。天宮も食べなよ。美味しいよ」

「いやまあ、食べるけど。俺は気になる資格がある。家まで事情聴取が来たんだぞ。興味くらい湧くだろ」

「んー。あーそういえば思い出した! 叫び声って言うと、柳木ってばいつも怯えてたなー。なんだか懐かしくなっちゃった。もう引っ越して会えないのにネ」

「………………成程な」

「あーていうかあれじゃない? そんなに知りたかったらさ、アイツに聞いたら? 俊介でしょ。 あの叫び声について知ってる奴が居たら情報求むって。ひょっとしたらお化けだぞって興奮してたの」

 激動の日々を過ごしている為に記憶もおぼろげだが、確かに言われてみたらそんな言葉が教室に響いていた。まさか俊介とは思っていなかったが、そうか、その手があったか。というか―――肝試しのノリは、そこから繋がっているのか!

 慌ただしく動いていたせいで俺の頭の中からその流れはすっかり消え失せていた。

「そっか。聞いてみる。有難う」

 ここで会話を抜けるのは不自然……ではないか。むしろここで変に続けようとする方がおかしい。普通に話したいだけならこんな事一々気にしなくていいのに、何が不自然だ。クラスメイトとのどうでもいい会話に気を割いている事こそ一番不自然じゃないか。

「アタシは詳しくしらないけど、サ。肝試しやるんだったら楽しみだねー!」

「…………そ、そうだな。ははは」

 脳裏に過るあの光景を知って、それでも話を合わせるしかないもどかしさを誰が分かるだろう。適当に話を合わせながら、それとなく距離をとって俊介を探す。百歌の方はもう別の女子と話していた。


 ―――ほんと、変な話だよ。

 

 噂がない怪異の相手なんて滅茶苦茶だ。パズルの完成形を知らないのにピースをはめろと言われている気分。俺はそんな上級者じゃない。芽々子みたいに直接『三つ顔の濡れ男』と言いたいが、言及したら怪しまれる事間違いなしだ。流石に何度も原因不明のまま殺されれば、悪目立ちする事がどんなに愚かかくらいは分かる。何故あの時、芽々子が人形かバレたくらいで俺まで死ぬ事になったのか。


 何故芽々子だけが『三つ顔の濡れ男』と直接名前を知っていたのか。


 広く知れ渡っている怪異なら、最初からみんな言及する筈だ、ここには娯楽がない。多少の危険があっても話だけなら簡単に広まる。でも芽々子からしか、現状その名前を聞いた事がない。例外は柳木のみ。


『ああそう。それよそれ。あんまり覚えてないんだけど……その、何とかってのに怯えてたのよ。色々話してくれたけど全部忘れたわ』


 響希はすっかり名前を忘れていたが、柳木は近所の幼馴染に伝えるくらいにはその存在を認知していた。

 それは一体、どこから。

「………………いや?」

 芽々子の事を視線で追うと、彼女は俊介に話を聞き終えた所だった。二人して同じ人物に辿り着いたのなら、俺が行く必要はないか。

 …………ちょっと疑問に思うところもある。

 話が終わったのを見計らって近づくと、また彼女が口をもぐもぐ動かしている事に気づいた。

「…………お前、物食わなきゃやってらんないのか?」

「私に文句言わないで。肉焼き主導してる人がみんな私に食べさせたがるのよ。また貴方に肩代わりしてほしいけど、恥ずかしいみたいだし、後でどうにか処理するわ」

「ま、待てよ! ………………い、嫌とは言ってないだろ」

 人形に発情なんかしない。それは芽々子と俺の間にある共通の理解だ。俺も、普通の人形だったら勿論その理屈には頷いている。だけど彼女だけは話が別で……でもそれを申告さえしなければ、俺はずっと得をしているのではないだろうか。

 自分でも自分が分からなくなるくらい、異性としての意識が強まっているのは何故だろう。確かに昔からえらい美人だとは思っていたが、働きづめだったせいもあってそこまで強く意識する事は。



「んぐ…………」



 何度も何度も二人して姿を消すのは不審がられると分かっていても抑えきれなくなった。今度は俺の方から彼女を岩に押し付けて口移しをする。これは人助けだ。それ以外の目的はない。口に物が入って困ってる彼女の為に、助けているだけ。

「有難う」

「…………こ、これは人助けだからな! ……は、話は変わるけど。どうだ?」

「大正解って所。彼は名前までは知らなくても『三つ顔の濡れ男』について存在を認知してた。それによると『三つ顔の濡れ男』はぎんは何処だって探してるみたいね」

「ぎん? 銀? なんだそれ。そんな話知らないけど。ていうか、そうだよ。最初にお前が壊されてたのって柳木を助けようと無茶したからだって言ったよな。柳木もそうだけど一体全体何処からそんなの知るんだ?」

「柳木君はともかく、莉間君(俊介の事)については貴方の未来への干渉が影響しているわ。まだ分岐はしていないと言ったけど、貴方を介して、そして全員の死を以て相互認識は完了した。未来の結果が過去の選択を変える。貴方が見たバッドエンドから辻褄を合わせる形で、莉間君は情報を持っていた事になった」

「…………持っていた事になった? 今はそういうもんで流すけど後で説明頼む」

「柳木君の方は、正直分からない。かなり長い間存在を認知していたみたいだけど、浸渉が深くなるのが遅すぎる。有効な対策を無意識に行っていたのかもしれないけど……私達の未来には関係ない。今はそれよりもぎんとやらについて。未来で何かなかった?」

「銀…………なあ。いや全く……クロメアもそんな事言ってなかったし」

「そう…………これ以上二人で話すのは危険そうね。私は先に行くから、まだ足搔いてみましょう」

 芽々子が自然な足取りでまた集団の中に混ざっていく。俺は一人溜息を吐いた後、その場に蹲って自分の体の呑気さに茫然としていた。



 何もしなきゃ俺も響希も芽々子も死ぬのに、この体という奴は。



 女の子とキスしたくらいで興奮してしまって。気づかれなかったからいいが、本人はキスをキスとも思っていないのに。勝手に盛り上がっている。

「………………俺って奴は、最低だ」

 自己嫌悪が止まらない。これが保存本能だというなら相手は人形だ。それが発揮されるのはおかしいとどうして分からない。理性に反して体が直情的すぎる。融通を利かせてほしい。

「―――ん?」

 

 洞窟の外周から裏に回ろうとしている人物が居た。俺に見られた事を知ってか知らずかすぐに消えたが。



 見間違いなんかじゃない。絶対。





















 洞窟の裏側に行くなんて発想は未来では有り得なかった。当然行き止まるものだと思って中へと入っていたが、浅瀬を進めば確かに裏側へと回れる。

「………………は?」

 ちょっと待てこれはおかしい。根本的に考え方を否定された。相手がお化けという事ならそれが起こす現象は自然的というか、お化け以外の意思が介在しないと考えていたものがまるっきり間違えていた? 

 洞窟の裏側にもちょっとした空間がある事にも驚きだが、何より殻に包まれた無数の死体が山のように積みあがっている事も驚きで、そこに合計二十本の銛が突き刺さっている事も驚きだ。

 意味が分かるか。分かってほしい。死体は偶発的に積みあがらないし、銛も一本くらいはまだしも全てが黒ひげ危機一髪のように刺さったりもしない。周囲に使えるモノがあったんじゃない。事前に準備されている。









 まるでこれから起こる事を期待しているように。





 

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