命の価値に等価はない

 未必の故意。

 そんな言葉で済むような行為ではない。誰にも恨みはないけど、誰かに死んでもらわなくてはならないという漠然とした殺意には俺も強い拒否感を覚えた。だが忘れる事勿れ、響希を助けるには必要な事であり、芽々子との関係を継続するなら遂行しなければならず、俺自身を守る為には覚悟を持つしかないのだ。俺達は互いに一つの命、一つの身体。だが誰かを助けようと思ったその時、等価の概念は崩れ去る。


 ―――やらなきゃ、ダメなのか……?


 やりたくないならやらなくてもいい。問題は俺にしかない。芽々子は俺の来訪を予期していなかった。彼女は元々黙って一人でやるつもりだったのだ。だけど俺が聞いたから話した。ここまでずっと誠意を見せ続けている彼女に対して、俺はその場その場の良心に基づいて無碍にするのか。

 やらないなら三人が死ぬだけだ。人を殺すのは悪い事と、自分の命を天秤にかけてまで俺に言える信念はあるか? 倫理も道徳も、そこには中身なんてない。そう教わったからそういう心を持っているだけだ。

「はぁ…………」

 貰ったタオルで汗をぬぐいながら箱を組み立てていく。一人暮らしに憧れるあまり、昔、家の庭で自分の家を作ろうとした経験が功を奏している最中だ。家と言っても、犬小屋程度の大きさのモノだ。それを家と言い張って生活しようとしていた。

 だから箱くらいなら、別に組み立てられる。だから作業に対しては無心で打ち込める一方で、気になるのは他の方法がとれないかどうかという事だ。

 芽々子の返答は単純で、

『あの薬―――私は仮想性侵入藥と呼んでいるけど、あれが沢山あったらそんな事をする必要は勿論なかった。天宮君に頭の中で何度も死んでもらって、それで調べれば済む話だったの』

 だがその薬はもうない。過去に戻れるなら達磨にされて取り乱した自分を殴ってそのような暴挙をやめるべきだと一喝している所だ。だが現実は違う。過去にはそうそう戻れない。

「箱、出来た?」

「もう少しだ……何で様子を見に来た? 俺が作れないと思ったのか?」

「修繕作業を行っていたくらいだから、それは別に。ただ、もしかしたら貴方が自分を責めているんじゃないかと思って」

「俺が? 自分を責める? 何で?」

「薬をあの時使わせなければ、とか。天宮君とは付き合いが長くないけど、これだけは分かる。貴方は実行力が凄い。一人暮らしを認めさせる為に様々なスキルを磨いてきたんでしょう。今回も、響希さんを助ける為ならたとえ人道に反していても引き受けるだろうという事は分かっていた。だからこそ、悩むんじゃないかなって」

「…………考えなしに使うんじゃなかったなとは思ってるよ。あの時は本当に、取り乱してた。どうかしてたんだ」

「私も途中で嘘を吐いて切り上げれば良かったと思ってる。お互い様よ。気にしないで。確かにあれは便利だけど、結局貴方に負担をかける事になるわ。便利な物はあればあるだけ使いたくなる。それが人の欲望じゃない」

「でもやる事はシミュレーションみたいなものなんだろ? 便利って言うけど、言う程……だと思うんだ。使いすぎるなんて事はないと思うんだけど」

 箱を一つ組み立てた。耐久テストの為、芽々子には上に乗ってもらう。ちょこんと内股になって座る彼女を見ると、そういわれてみればという程度の納得感だが、確かな人形であった。

「私がきちんとモニターしているからその程度で収まっているだけよ。それ無しで服用すれば大変な事になる。貴方の頭の中で演算された世界だとしても、そこは貴方にとっては確かな現実……そうね、時間と空間は一体であるという話は聞いたことある?」

「また難しい話が始まりそうだな」

「複雑に考えないで、順を追って話す。あの時の貴方は状況に納得が行かなくて、私の死体を排除して瞬間の選択をやり直そうとした。そこが貴方にとって現実と大差ないのなら、過去を変えたと言っても過言ではない。要素を排除して選択を変えた事で自分の未来を変えようとした」

「でも、生き残れなかった」

「そう、私と出会わなかった場合生き残れなかった。その事を理解した貴方は

「…………?」

「過去の選択が未来の結果を変えるのは当然だけど、逆はどう? 未来の結果が過去の選択を変えたとは考えられない? 死ぬと分かったから私と出会ったの」

「卵が先か、みたいな話をしてるのか? お前の話は難しくて何言ってるか分からない」

「私の方で制御しないと、貴方は二つの現実に身を置く事になる。やがてどちらが本来の現実か分からなくなる。情報の消えた『新世界構想』とやらが薬一つでどうにかなるとも思わないけど、貴方の選択が貴方の運命を変えるくらいだったら道理も通る。ある筈のないものがあったり、見えない物が見えたり、その時起きてない事が起きていたり。どちらも貴方にとっては正しい現実。過去も未来も一本の線で前後する関係に無く、同時に存在するという考えがあるの。薬は正にその考えを元に効力を発揮する」

 さっぱり話についていけないが、断片的にも分かる事がある。芽々子は薬によって過去に戻った俺が、現実に影響を及ぼす選択をしたと言っていた。それらはラボにある機械によって確かに区切られていたが、混同するという事は……

「……もう一個の方で俺が死んだり、響希に何かあったりしたらそれが反映されるみたいな事かな?」

「そんな感じで考えてくれていいわ。過去の選択が未来を変える、或いは未来の結果が過去の選択を変えるような状況でまともに動けるとは思えないわね。どちらにも怪異は存在する。要素を排除しても影響は受ける。だってもう一つの現実は変えられないから」

 それは非常に困る。例えるならサッカーとドッジボールを同時に遊ぶようなものだろうか。どっちも球は使うがルールが違う。サッカーで点を入れたら相手の人数が減って、身体にボールが当たったらなぜかサッカーの方で点数が入る。人数が減ったらサッカーにおける数的不利を背負うし、不利はそれだけ守備や攻めの甘さを生み出してしまう。

 そんなルールの中で戦おうという時に、俺がゲームには勝つし誰一人として脱落させないと言ったら、皆が嗤うだろう。まぐれでは到底起こせないような厳しい条件だからだ。

「…………分かった。誰にも死なないでほしいなんて甘い事は言わない。やるしかないんだ」

「耐久は大丈夫そう。有難う。力仕事にこの体は不向きだから困っていたの。もう帰ってもいいけど……用事がないなら、もう少し付き合って」





















 島の端は浜になっていて、BBQをやるとすればそこになるだろう。他に適した場所がなく、島の住人にとってここはとりあえず使える便利な場所という認識らしい。

「潮風が気持ちいいな。さっきまで働いてたから猶更だ―――で、ここに一体何の用事――――」

 振り返って、言葉を失った。芽々子が制服を脱いでいる。球体関節を惜しげもなく晒し、白いワンピース姿で立っていたのだ。彼女がどんなに美しくても、見れば一発で人形と分かる。

 大き目の麦わら帽子を被っていても見間違える人間はいないだろう。人であらずんば、それは如何なるカタチか。

「な、何してるんだ!?」

「明日はこんな格好も出来ないから、今の内に気分を楽しんでおこうと思って……私が人形である事に何の問題もなかったなら良かったのに。それならせめて、服装の楽しみはあった」

「………………やっぱり隠そうと思って隠すのは、ストレスか?」

「でも死ぬよりはマシ。なんて言って我慢出来なくなってるなら、そう感じているのかもね。これは、特に怪異との対決に意味はないんだけど―――傍で歩いてよ。波打ち際を、ほんの少しだけ」

 手を差し伸べられる。継ぎ目を除けば傷一つない綺麗な指先を手に取って、気づけば靴を脱いでいた。





「俺の前では隠さなくてもいい。人形だって事を知った上で―――凄く綺麗だと思う。こんな事情がなかったら、毎日見たいくらい」

「それ、ナンパのつもり? ………ㇷ。そういうのはせめて、明日クラスメイトの誰かにやりなさい。私が人形だからって練習相手にしないで」

「練習じゃなくて、本番だったとしたら?」

「私が人形になる前に言ってほしかった。そうしたら、前向きに考えたかもね」

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