淡き潤いの夢心地
「はぁ~テストまでもうすぐだよ。面倒だよなあ」
「テストは本島にもあったさ。頑張ろう」
「お前、それ言うのマジ禁止だから。働きづめで授業中も死にそうになってる奴にそんな事言われたら勝てねえから」
仁太ともう一人は俊介という男で、クラス以外での付き合いはそうない。だからと言って友好的ではないと言われたらそれも嘘であり、学生にとって世界の半分以上はクラスの中の社会だ。そこだけの付き合いでも、仲良くなる事はざらにある。
娯楽に飢えても飢えていなくてもテストが近づくと話題がそれになるのは学生の必然であり、学年が変わったとしても同じだろう。
「明日休みだけど、勉強とかしたくねえよな~。泰斗、バイトある感じ?」
「いや、明日はない。休みがなかったら俺も死ぬから」
「いいじゃん! 俺らでどっか遊びに行こうぜ! 森ん中入って面白い物見つけに行くか? それとも海で泳ぐか? 商店街で食べ歩きもいいな!」
ネットはあるがゲームがない。ゲームがないから娯楽として家にひきこもる事が最初から成立していない。外から引っ越してきたからこそ感じる違和感。現代に生きている筈が、少々タイムスリップを引き起こしているみたいだ。
「バーベキューなんかもいいと思わないか?」
「いいね! じゃあ買い出しか!」
勿論それは、逆の側としても言える。
「おーいみんな! おれらバーベキューどっかでやろうと思ってんだけど明日暇な奴募集~! テストがだりいし、楽しもうや!」
島の人口は非常に少ない。昔いた中学校はあまりにクラスの人数も学年も多くて、所属は同じだけど面識は全くないと言った人間が少なからずいた。だがここでは全員が等しく知り合いで、一定以上に親交がある。こういう催しをやるとなると、途端に全員が集まりだすのも特徴的だ。
「おーやるやる!」
「いいわねー」
「あたしも参加するから中止勘弁ね!」
続々と名乗りを上げるクラスメイト達。ここまで皆が活力に溢れているとたまには休みたいなんて己の怠惰を恥じたくなる。ここは一つ、皆の為に買い出しを率先してやるべきだろうか。
「泰斗、ちょっと話があるんだけどいい?」
声を掛けてきたのは響希だ。俺を呼び捨てで呼ぶ女子はそう多くないから顔を見る前から分かっていた。
「響希。お前も明日は店の手伝いを休んだらどうだ? 無理強いはしないけど、リフレッシュは必要だろ」
「もち、そのつもり。けどその前にちょっと話したい事があってね。買い出しについてのちょっとした相談っていうか……いい?」
「ああ、それはいいけど……もう最初から買い出しする気満々だな」
「あのねえ! こんなクソ暑い時にセットの組み立てとか準備とかしたくないっての! 私に言わせれば買い物の方がよっぽど楽。仁太とは思想が相容れないわ」
「二大派閥筆頭みたいな扱いなの俺は? ほら行って来いよ。異端者」
「なんで弾圧されてるんだ……?」
クラスのふざけ倒した流れに困惑しつつ、響希につれられて教室の端に移動する。
「で?」
「…………ごめん。さっきの話は嘘。朝のあれ……私も疑問なの」
ああ、やはりその話か。
朝バイトの最中、たまたま散歩中の響希と出くわしたがその時は何もなかった。恐らく芽々子が居たからだろう。俺と彼女の繋がりが見えてこないから警戒したのかもしれない。
でもくだらない話が楽しかったから、いざその話題を切り出されると何となく気持ちが重くなる。
「あの家にあったの…………柳木の親御さん。私、今朝も見に行ったんだけど……消えてたの」
「何?」
死体が消えていた。片付けられたと考えるのが賢明だろう。目的は不明だが、警官がわざわざこの島の暗黙の了解を知らなかった俺を訪ねてくるくらいだ。干渉はあったと考えるべき。真紀さんは……行動がいまいち読めないけど、夜のお店で働いているなら、その流れで協力していたのかもしれない。
「アンタは知らないかもだけど、こういう事は昔からよくあったの。島から出ていける人はいいなって……引っ越してきたなら分かるでしょうけど、暮らしを変えるのって簡単じゃないでしょ。学生なら親の了承も必要だし」
「…………今までも同じ事が起きてたかもしれないな」
「柳木は常々あれに怯えてて、島を出たいってぼんやり言う事があったの。だから気づけなかったのはあるけど…………アンタ、何か知ってんでしょ? 話しなさいよ」
「それは……ここで話すのはまずいかも。昼休みに話そう。俺は屋上の貯水槽の所で待ってるから、なるべく一人で来てくれ。そういう話になると思うから」
「パン、いる?」
「居る。お金は払うよ」
「いいわよ、奢るから。その代わり、なんとしても話を聞かせなさい」
響希は俺の胸を軽く小突いて自分の席に戻っていく。芽々子からの仕事を今のうちに済ませないと予定が込み合って動けなくなりそうだ。先にそれを済ませるべく、何を焼いて食べようか、どうグループを決めようかと悩む仁太に声を掛けた。
「仁太。お前をクラスで一番の情報通と見込んで聞きたい事があるんだけど」
「おう。そんな称号は聞いたことねえけどなんだ?」
「今朝、妙な事があったんだよ。実はさ―――」
「はいこれ、ウインナーパン」
「有難う。でも、いつも弁当を自分で作ってるお前に比べたら質素に感じちゃうな」
「あげないけど」
「いいって。自分の為に作ったんだから自分で消費するべきだろ」
貯水槽の下は丁度いい影になるから、休むのには最適だ。エアコンがないので休み時間はどれだけ日陰を見つけられるかが全生徒の課題であり、めぼしい場所はすぐになくなる。多くの生徒は窓にカーテンを引いて教室の中に留まるから、そこまで争奪戦にはならないが。
影もそこまで広くは使えない。二人で足を並べて座ると、前置きもなく本題に入った。
「率直に言うと、俺は事情を知らない。ただこの島のルールってのも知らなくて、おかしいと思ったんだ。普通に考えたらおかしい。現実的じゃない。そう思って……芽々子に話したら、家に行ってみれば簡単に分かるって話で、さ」
人形の件については伏せておく。伏せたまま話すのは難しい……というか付きたくもない嘘を重ねる必要があるのが心苦しい。人生の中で可能なら嘘は吐くべきじゃない。自分の人生にいつか胸を張れなくなってしまうから。
「じゃあ芽々子ちゃんの方が事情を知ってるの? あの子も、疑問に思ったの?」
「いや、俺のお願いを聞いてって仕方なくって感じ。そうしたら変な事が起きてたから……でも、何も知らないって訳でもない。柳木が怯えてた怪物の事は芽々子も知ってたんだ」
「!」
響希はびくんっと肩を震わせると、太腿の上から危うく弁当箱を落としそうになった。俺が慌てて手を横入れしたから事なきを得たが、その動揺はとてもこの場で取り繕える大きさではない。
「どうかしたか?」
「…………な、何でもないっ。でも私もその怪物について気になってきたの。さっきみんなにそれとなく噂を流してたのも関係あるんでしょ? 私も手伝う。何か情報があったら教えて。絶対。絶対ね?」
何かあったんだ。
けどそれを言う事は出来ない。もどかしさはありありと伝わってくる。怪しいと分かっていてもここは見逃すのが優しさだと俺は思う。無理に聞いても仕方ない。芽々子の助けがないと俺には何も出来ないのだから。
「分かった。でもそれはそれとして明日は楽しもう! 大丈夫、何とかなるって!」
「…………うん。ありがと。アンタのそれが気休めって分かってても―――なんとかなるんじゃないっ? 凹んでてもしょうがない! なんとかなるっしょ!」
響希はドンと自分の胸を叩いて空元気を吐き出してみせる。彼女がここまでするからには相当な事情が生まれていると見た。
解決出来たら、いいけど。
昼休みを終えて教室に戻ると、俺が切り出した話題でクラスが持ちきりだった。大人が事情を聴きに来た、というただ一点がこの島では相当な異変であるらしい。
「昨夜の事件についてまだ知ってる事がある奴は居るか!? これ、ひょっとしたらひょっとするとお化けだぞ! 肝試し出来るかもしれないぜ!」
芽々子と視線が合うと、人差し指を唇に立てながら目線を反らされてしまう。二人の関係は、悟られてはいけない。
ともあれ、上手く行ったようだ。
噂を作るなんて、初めての事だけど。
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