魔が差す光に影が差す

 状況は以前と似ている。四肢を補填されて帰ってきた時同様、帰ったらすぐ寝る筈が遅くなってしまった。芽々子から貰った前金には手を付けていない。何もしてないのに使うと、それが弱みになると思ったからだ。きちんと彼女からの仕事をこなして初めて自信をもって使える。

 だからいつも通り今朝もバイトがある。島の集会所付近の草刈りだ。バイトとして成立させるだけあって俺が一人でやらないといけない。それが終わったら神社の本殿の修繕。眠気がある状態ではとてもHRまでに終わらせる事は出来ない。


 カチャ、キー、カコッ。


「…………ん…………」

「状態、良好。神経接続に問題はなし…………破損は修復済み……駄目ね。これ以上はあっちで調べないと」

「…………芽々子…………?」

 寝ぼけ眼をどうにか開くと、芽々子の顔を至近距離で認識した。

「うわああああああ!」

 起きた直後に就寝時のやり取りを思い出せというのは難しい。どうして彼女がここに居るのか、何故服が開けているのか。自問自答の末に導き出せる回答は一つだけだ。

「お、俺……寝てる時、何かしたか?」

「何も? でも体があちこち軋むくらい強い力で抱きしめられたわ。お陰様で貴方の四肢のメンテナンスも済んだから特に気にしてない」

 なんて彼女は言うけど、正直信じられない。体が人形で感覚がないから何も感じられないの間違いだと言われれば納得する。だってブラウスのボタンが外れて水色のブラが見え隠れしていたら自分が何かしたと思う方が自然ではなかろうか。

「それよりも、おはよう。よく眠れた?」

「お、おはよう」

 深い意味はないが、腰から下に改めて布団をかけた。気づかれたくない。

「今日もバイトがあるんでしょ。私も手伝ってあげる。貴方の時間を捻出するのって大変ね」

「今更なんだけど、お前の両親に何も言わないのって大丈夫なのかな。娘が一人暮らしのクラスメイトの所に泊まったんだろ? 弁明の余地がないんだけど」

「こんな身体で両親と暮らしていると思うなら、私はここまで自分を秘密にしたりしない。朝食を用意するからもう少し寝ててもいいわよ」

「いつまで居るんだ?」

「本当は私もお暇したいけど、島の大人には生活時間が逆転していたり早起きが居るから、頃合いを見計らってるの。シャワーを浴びてきてもいいわよ。その間に作るから」

「芽々子! 色々世話してくれるのは嬉しいけど、昨日助けられたんだから今日は俺に世話させてくれよ。ずっと助けられっぱなしっていうのはフェアじゃない。むしろお前がシャワーを浴びてきてくれ。着替えは……ないけど」

「人形にシャワーを浴びろなんておかしな事を言うじゃない。でも……そうね。お言葉に甘えさせてもらう。それじゃあ私は―――」




「おーい。泰斗く~ん。私だよ~今日は用事があってきたんだけどー……開けてくれなーい?」




「……私が居る所を見られる訳には行かない。隠れるわ」

「ど、何処に。箪笥くらいしかないぞ!」

「そこでいい。開けて」

「人が入れる程大きくないって!」

「私の手足を外せば問題ないでしょ。自分だと最後の一つがどうしようもないからお願い」

 箪笥を開けると、島内で購入した数着の服の後ろに盛り塩を見つけた。こんな物を置いた覚えはない。芽々子が昨夜置いたのだろうか。怪異に対する対抗策……という類推くらいは出来る。

「泰斗くーん!」

「はーい!」

 綺麗な外し方が分からないので力任せに芽々子を分解。四肢は思いのほか簡単に外れて、忽ち達磨になっていく。

「痛くないかもしれないけど、ごめん……!」

「……後は任せるから、やり過ごして。自分の手足にも気を配ってね」

 四肢を外した事で開けた衣服を箪笥の中に押し込むと、それで芽々子を隠すような壁を作った。女性ものの服が混入しているけど、話があって箪笥を開けるような事にはならないと信じたい。

「今行きます!」

 慌てて玄関のカギを外すと、真紀さんが居る。隣の―――駐在所の警官が帽子の唾を握って軽く俺に挨拶をした。

「おはようございます、天宮泰斗君。本官は昨夜の叫び声について調査をしている所でありまして」

「は…………はあ? 叫び声、ですか?」

「確かさ、泰斗君が昨日バイトしてたのってあの店でしょ? 何か知らないかなって思ってさ。帰ってたらいいんだよ全然!」

「いやあ……もう疲れてクタクタで。ていうか、俺に聞くんですか? 響希に聞いた方が分かるんじゃ?」

「あー! ん、響希ちゃんは大丈夫かなって。泰斗君に何もないならいいの! ほらー警官さんってば~なーんで私を起こしてまで付き添わせたの? あ、そうだ。せっかくだから言っとくね! 夜に叫び声が聞こえても無視して! いつも頑張って働いてるんだからさ~面倒ごとに巻き込まれたくないでしょ? 野良犬に噛まれて怪我とかシャレになんないよ?」

 

 ――――やり過ごした、か?


 真紀さんにどつかれながら警官が去っていく。これで一安心か。扉を閉めて、箪笥の中に隠れた芽々子に呼びかける。

「何とかやり過ごした。真紀さんに嘘つくのは気が引けたけど、頑張ったよ」

「本当に?」

「え? 本当に帰ったよ」

「家の近くから離れたの?」

「用心深いなあ」

 改めて扉から顔を出すが、左右には誰も居ない。それから少し外に出たが、やっぱり誰も居ない。

「居ないよ。本当に帰った」

「窓は?」

「窓ってなんだよ。いないものはいないって」

 カーテンの調整をする素振りをしながら、窓の外を見遣る。




 真紀さんが学校に続く階段から、じっとこちらを見つめていた。



 目が合った瞬間、手を振り返される。勿論俺も降り返す。背筋が凍るような思いをひた隠しにしながら。



















 俺に発見されたからか今度こそ真紀さんは何処かへ行ってしまった。念の為、窓から見えないように床で芽々子の四肢を繋ぎなおし、服を着てもらった。

「今のは……?」

「前言撤回。叫んだ場所が良くなかったみたい。あの二人が主導者って訳でもないだろうけど、それなりに立場ある大人が犯人を捜してる。犯人は現場に戻りがちだから、暫くあの家には近づかないようにしないとね。悪い事ばかりじゃないわ。お陰で怪異への対処がしやすくなる」

「と、言うと?」

「学校で話のネタにしてみましょう。この島に住む人は娯楽に飢えてるから、乗っかってくれるわ。学生は夜のお店には入れないもの」

「成程な。響希も手伝ってくれるかな」

「それは貴方の説得次第ね。私は適任じゃないから方法は任せる。ふぅ、何だか疲れちゃった。トラブルも処理できたし、シャワーを浴びよっかな」

「人形でも疲れは感じるんだな」

「精神的な意味でね」

 芽々子が脱衣所に入っていくのを見届けると、俺は早速携帯を取り出して響希とのグループに手を付けた。こういう時は面と向かって話す前にアポを取っておいた方がいい。

 向こうから事情を聞きたがってくれたらそれが一番良かったが、いまだ携帯は沈黙を保ったままだ。


 ―――――なんて言おうかな。


 素直に言えば伝わる? だけど俺は家に不法侵入した側だ。その非を棚上げしてどうのこうの言うのは違うような―――いや、話のとっかかりになればいいか。俺と芽々子の件は無関係で、そもそも彼女は本来巻き込まれていないのだから。





『柳木は本当に島を出て行ったのか?』










 既読。

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