音もなく平和は降り注ぐ

「よう泰斗! お前がきてからいつもいつも暫くくたばってる顔を見るのが日課になってたんだが、今日はあんま疲れてないな?」

「あ、あー。今日は手伝ってくれる人が居たからさ。負担は軽かったんだ」

 新原仁太にいはらじんたがいつものように声を掛けてくる。彼はここにやってきたばかりの俺に興味本位から最初に声を掛けてきた人であり、見ての通り生粋の根明であるので特別エピソードがなくても気づいたら仲良くなっていた。こめかみの傷跡に何か、俺との友情秘話でもあったら良かったかもしれない。現実は都合よくないのだ。

「はー? お前そこは俺に言えよなー! 今日は暇だったから手伝ってやったのに!」

「お前は部活の朝練があるじゃないか。所属してもない部活の予定なんて俺には分からないぞ。気持ちだけは受け取っておくけどさ…………」

 

 ……誰も気にしていない?


「なあ仁太。その……机が一個減ってるんだけど、あの席って確か柳木やなぎの席だったよな? 何で誰も気にしてないんだ?」

「あ? そんなの朝説明があっただろ。やっぱ俺が見間違えただけで疲れてんのか? アイツはこの島から出て行ったんだよ。だからもう学校に来ようがない。別に、そんなの珍しくないぞ。むしろ外からこっちにやってきたお前のが珍しいから、お前はみんなと話せるんだ」

「何で島から出る必要がある?」

「大人は良く分かんねえけど、殆どの奴は島から出た事がないからさ。本島に憧れってのがあるんじゃねえか? 出るつっても、定期船が一つあるだけだしコソコソ行ける訳じゃない、俺らが知らなかっただけできっと大分前から決まってたことなんだろ」

 そういうものか、と納得したい所だが、仁太の発言には穴がある。しかし彼が嘘を吐いているというよりは考え方そのものが歪んでいるだけだ。島から出ていく事がよくある事なら、誰も気づかないなんておかしい。話しぶりを見るにこっちにも戻ってくる予定がないなら誰かに別れの一つでも告げるだろう。

 俺がここに来た時、同じく外からやってきた人間というのは居なかった。つまり柳木豊浩やなぎとよひろも地元の人間だ。交友関係が俺より広いのは当たり前で、俺より遥かに皆への思い出がある筈だ。携帯なんて便利な物があるのだから、送別会をしないにせよやはりメッセージの一言も入れないのは不自然である。

 次に、よくある事でも日常の変化には違いないのだから、こういう出来事こそ島内新聞で報じるべきではないだろうか。芽々子が配った新聞を読んでみたがそんな事は書いてなかった。真紀さんも教えてくれなかった。

 

 ――――何よりなあ。


響希ひびき。ちょっといいか?」

「泰斗」

 仁太は良くも悪くも明るいからこそドライというか、人によっては薄情に見える事もあるだろう。幾らクラス全員とそれなりに話せると言っても、特別俺と仲がいいと言ったらもう一人は―――彼女くらいだ。

 食事処『雪呑ゆきのん』の一人娘であり、そこではバイト先の先輩でもある。仕事の指導係は彼女だった。

「どうしたの? 今日はシフト入ってるけど」

「忘れた訳じゃない。柳木とお前って確か結構仲良かったよな。それで……何も聞いてなかったのかなって」

「仲良しって……隣に住んでるだけよ? だから家にも顔を出す事が多いってだけ」

 無関係のクラスメイトに背中の髪の毛を弄られている事は気にしていない様子。響希はそんな事よりもと俺に鍵を渡してきた。

「アンタ、いつも島中走ってどうにかしてるけど大変でしょ? 使わない自転車があるから、あげるわ。私だと思って使うよーに」

「響希だと思ったら使えないんだけど……」

「日頃のお礼だから気にしないで! バイトくらい素直に募集すればいいのにうちの親はケチりすぎなの。アンタが来てくれるお陰で仕事中暇してないし。今日もよろしくね~」

 緩く笑顔を作りながらひらひらと手を振って、響希は女友達とまた何か違う話題に移ってしまった。詳しい事は何も聞けていないどころか―――本当に無関心だ。詳しく知ろうともしていないばかりか、俺が疑問に思ってる事すらどうでもいいと言わんばかり。


 ―――隣なら猶更事情は分かるんじゃないのか?


 島の人口は少ない方だ。何かあれば新聞に書かれるような相互監視社会と言ってもいい。それなのに誰も話題にしない。したがらないのではなく、話題性がないと切り捨てている。

 その後も隙あらばクラスメイトに同じ話題を出したが、反応は大して変わらなかった。いよいよ先生に聞いた方がいいかと悩みだした所で、芽々子からの手紙が机に入っていた。


『これ以上は目立つからやめて。疑問に思うなら、今日の夜に<`ヘ´>』


 いや、手紙でも顔文字をつけるのかよ。

 横目で本人を見ると、相変わらず瞬きもしなければ表情も変わらない。彼女が人形である事を知っていると、なんというか身勝手な物言いなのは分かるが、どうしてこんなあからさまな不自然を見逃すのかともやもやしてくる。

 排泄もしない、汗もかかない、瞬きしない、眠らない。

 どう考えても人間ではないのに、口さえ動けば意外とみんな見落としてしまうようだ。そんな事を考えているとどうしても、俺も自分の関節が気になった。あれが夢だったなんて事はやはり万に一つもなくて、しっかりと球体関節になっている。

「…………これが、事件?」

 色々聞きたくなってきた。聞かない事には何も始まらない。分からない。教えてくれるのは多分、芽々子だけだ。

















 



 事件とやらを見つける事は出来たが、それとは無関係に昼食の購買には敗北した。生徒が少ないからって在庫も用意してないのはどうかと思う。先輩達が群がったかと思えば、もうなくなったようなものだ。

 こういう時ほど自分でお弁当を作る響希のような人が羨ましいが、俺に同じことをする時間はない。でも今日だけだったら、真紀さんに頼めば良かったかもしれない。

 学校から離れて商店街の方で買い物をすれば済む話だが、それは果たして昼休みと言えるのだろうか。幸い、朝の仕事は芽々子が済ませてくれたお陰でそこまでお腹は空いていない。同じように購買競争に負けた奴らとひもじい集いをしても腹は満たされないし、大人しく日陰で休むことを決めた。校内にエアコンがないのは文明の乖離を感じる。

 クラスルームに日差しが直で入り込まなければこんな事をしなくても良かったのだが、ままならない物だ。昔は虫が嫌いだったのに、最近は虫とかどうでもよくなるくらい林のありがたさが身に染みている。

「天宮君、こんな所に居たのね。探したわ」

「芽々子……お前も購買負けたのか―――って。人形は腹減らないか」

「まだ日も落ちてない内にそういう表現はどうかと思うけど、素振りを見せないと怪しまれるから」

 芽々子は俺の隣に内股になって座ると、雑に手で持っていた焼きそばパンを二つ俺に渡してきた。

「あげる」

「…………あ、有難う。俺が居るからいいけど、普段はどうしてるんだよ。友達と一緒に食べようって誘われないのか?」

「私がどうしてわざわざ購買に行って負けてるか分かる? その後自然に隠れられるようにしているの。ほら、早く食べて。今朝からの行動全部見ていたけど、私に聞きたい事がありそうだと思ったから、わざわざ探してあげたの」

 ビニールを開けて勢いよくパンにかぶりつく。そうだ、ここで売られる焼きそばパンは肉がたっぷり入っているからとてもおいしいのだ。パンも厚いから食べきるのに少し時間はかかるが、満足感には文句ない。

「ほぐほむほぬ………………事件ってあれの事でいいんだよな。芽々子は知ってた、んだよな? 行けば分かるって言ってたし」

「まあね。貴方の言いたい事は分かる。散々薬でシミュレーションしてきたのに、全部初めて見たって言いたいんでしょ? 当たり前じゃない。あのシミュレーションには私が破壊されたって要素が欠けてるんだから」

「破壊されただけで、そんなに変わるものなのか? 命を軽視する訳じゃないけどさ、よっぽど偉くないと人が一人死んだくらいで大々的に変わるとは思えない」

「まるで事件が大きなスケールで展開されているような物言いね。クラスメイトが一人消えただけなら、私の存在一つと十分釣り合ってるでしょ」

「あっ」

「…………何見てるの?」




「そもそもお前は何で破壊されてたんだ?」




 ずばりそれは最初に聞く事だったと言えるだろう。達磨にされて頭に血が上っていたか、もしくは正気じゃなかったか。芽々子は周囲を軽く見回すと、自分の髪の毛で口元を隠しながら言った。

「私は柳木君を助ける為に無茶したの。『三つ顔の濡れ男』に彼が目をつけられたのを知っていたから。生憎情報がなかったから私は御覧のあり様で、彼は取り込まれてしまった。生きてるかどうかは知らないわ」

「…………みんな、どうしてその事を気にも留めてないんだ?」


 










「ずばり、その事を貴方と調べたいのよ。禁忌でもなければかえって身近でもない。無関心な事として処理されてるのがおかしいって貴方も感じたでしょう。私もそう思っているけど、協力者は見繕わないといけなかった。明らかに私を―――人形を探してる人物が居る。内通されてたらその時点でおしまいだもの」

 芽々子はぐいと肩を近づけると、俺の手を取って、目を閉じる代わりに頭を下げた。

「やれる事は全てやった。後は貴方と私の連携次第。一緒に朝日を迎えましょう。あ、これはタイムリミットがあるって意味じゃなくて、単にこれからもお互いが生き続けられるようにっていうたとえ話であって、今日中にケリをつけないといけない訳じゃ―――」




「いや分かったよ! 分かってるよ! じゃ、じゃあ早速だけど放課後に響希の所でバイト入ってるんだ。隣の家が……柳木のだから。仕事終わるまでにどうにかして入れるようにしてくれ。本人の事が知りたかったら……家に行くのが一番いい筈だろ。あ、でも親が居るのか?」








「………………………任せて」

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