人形独りぼっち
「はぁ…………はぁ…………はぁ…………クソ、何で一日も突破出来ないんだよ……!」
何度も何度もシミュレーションを行った。だけど俺がどんなに頑張っても、次の日を迎えようかという頃には殺されてしまう。いっそ学校もバイトもしないで部屋に引きこもっていても、寝てる内に殺される。寝なかったら来訪者がきて、それすら無視していたら誰かが強行突破してきて死ぬ。
「何度も死の体験を味わう事はお勧めしないわ。貴方は普通の生きた人間。たとえシミュレーションでも死んだ痛みは体が覚えてる。自覚はある? 心が壊れていくわよ」
「う、うう、うう………うぉぉぉぉぉぉん」
また、泣いた。
一日に二回も泣いたのは生まれて初めてだ。どうしていいか分からない。もう何日も過ごした気がするのに実際はまだ夜であり、時計を見るに一時間も経っていない。
芽々子は何かモニターの数値を見て俺の身体状況を管理している様子。分かりやすく動いているのは心拍だろうか。人形だから顔色一つ変えずにずっと画面を見ている。
「……貴方の見た世界をこっちでもモニターしていたけど、貴方が死んで間もなく、私も殺されてる。やっぱり誰かの助けがないと私一人ではどうしようもない何かが起きているみたい。天宮君、お願い。私を助けてくれる?」
「………………う、うう。く…………体を返してくれよ……もう……もう分かった……分かったから……」
「ありがとう。そう言ってくれると信じていたわ。裏切る可能性を考慮しない訳じゃないけど―――貴方はお金に困ってるみたいだから、バイトって事にしましょうか。勿論、沢山色はつけるわ」
「まずは身体! 話はそれからだろうがあ!」
「はいはい。じゃあ少し目を瞑っていてくれるかしら。腕をくっつけられる瞬間なんて見たくないでしょ」
「い、痛いか!?」
「麻酔は打っておくから、後は気合で耐えて」
死ぬことに比べれば痛くないから、と耳元で芽々子の声が聞こえる。作業はかなり慣れている様子であり、だが医療に詳しくない俺でも、腕をくっつければ治るというような簡単な人体はない事くらい分かる。
「う、え……うあ」
肉の断面を掻き分け、生温い異物が突き刺さっていく感覚。まだ動かしてはいけないらしい。左手が済んだら、次は右手。次に両足。麻酔を事前に打たれているのに意識が少しも薄れてこない。自分の体を穿り回される嫌な感覚がずっと脳みその中で波打っていた。
「いづ……!」
「何度も死んだせいで感覚器官がおかしくなったのかしら。ちょっと待って、疑似神経を起動させるには電気信号を送る必要があるの。痛いと思ったら叫んで」
「―――いだだだだだだだ! あいあだだだだだだだだだ!」
「…………うん、大丈夫。もう目を開けて」
恐る恐る目を開けると、身体の拘束が解除されている事に気が付いた。腕も足も思うように動く。触ってみると、木製でもなければ鉄製でもないし、合成樹脂なんかでもない。人間の肉を触っている感覚がある。
唯一例外は関節で、芽々子と同じように両手足は球体関節へと変化していた。
「…………これ、隠さないと駄目、だよな」
「ええ。貴方が死ぬ理由は主に私の秘密をバラしたから、今までの行動と正反対の方針で行動したから、私の死体を目撃したから。もう散々死んだから分かっていると思うけど、私が人形である事が明らかになる、もしくはそれを知っている可能性があると判断されたら貴方は殺されるわ。同じ人形の身体だったら当然条件を満たしているから……指定のワイシャツが長袖もアリで幸運だったわね。暑くても、死にたくなかったら隠して」
「…………お風呂とか、大丈夫か? 水が入って腐るとか」
「そういうのはないけど、強い衝撃を受けると砕けるからそこは注意ね。転ぶくらいはいいけど」
芽々子は俺の顔をじっと見つめたまま動かない。相手が人形と分かっていても、それでもクラスメイトの女子だ。なんだか、恥ずかしくなってきた。
「なんだよ」
「もう聞きたい事はないのかと思って。バイトはバイトでも何をしてほしいのかとか、何で私の身体がとんでもない秘密と化しているのかとか」
「いや―――そ、そういうのは今日はいいや。もう頭がおかしくなりそうで……明日以降に聞くよ。あ、でもその……ごめん。いやだったら言わなくていいんだけど」
「何?」
「俺と違ってお前は全身が……人形なんだろ? じゃあその…………胸とかって」
プールなどの体が露出する運動を避ける理由は分かったが、身体をべたべた触ってくる女子がそれに気づかないのは妙な話だ。芽々子は嫌がるけど、嫌がる事を知らない人が一度目に触るくらいは全然あり得る事だ。
全身が作り物である証拠については、最初に目撃した死体が物語っている。芽々子の体からは、一滴も血が出ていなかった。
「貴方、人形には欲情する?」
「は、はあ!? する訳ないだろ! 何をそんな、俺は変態じゃ―――」
ふにゅ。
確かな膨らみが、後付けされた腕を通して脳に伝わる。とても滑らかで、だけど柔らかさがある。下着の感触は一切ないが、代わりにある筈の突起物は何処にもなかった。
「関節はどうにもならなかったけど、触るだけなら気づかれない。学校では一応下着も着けてるから、元から正体を知っている以外でバレる事はないわ。気になるなら下の方も触る? 申し訳程度に見た目を寄せてあるだけ、なんだけど」
「いや、もういいよ! 分かった、は、離れてくれ! 俺が悪い事してる気分だ!」
「貴方は私を相当疑っているようだから、見たり触ったりする方が信じられると思ったんだけど。人形には欲情しないんでしょ」
「あ、う……………そ、そういうのとは話が別だ! 俺は協力するって言ったらする! バイトなんだろ! な、なんだってやるよ! あんまり安かったら考えるけど!」
そう、と芽々子は耳にかかる髪を掻き分けると、引き出しの中に置かれていた札束を雑に手渡して、この妙な部屋の出口を指示した。
「それ、前金。私も生きる為に必死だから糸目はつけないわ」
「……ご、五十万!? …………い、いいのか?」
「まずはお互い、明日を生き抜きましょう。……何見てるの? 早く帰らないと不味いわ。ここは現実だから、死んでも助けてあげられない」
俺はただ、充実した人生を送りたかっただけだ。こんな訳の分からない事件だか何だかに巻き込まれたくなかった。この島なら、誰の干渉も受けずに望んだ生活が出来ると思っていた矢先に、一体何なんだ。
『今日はどうもありがとう(*^-^*)』
部屋に戻ると、個人の芽々子アカウントからメッセージが送られてきていた。
『顔文字を使うタイプなんて思わなかった』
『顔が動かないから、文章の中くらいはね('_')』
やり取りしていると調子が狂う。俺の四肢を奪った張本人には違いないのだが……言葉にしにくい。ああ、そうだ。達磨になったのと引き換えに芽々子の秘密を知って、距離が近くなった気がする。親密になったとはまた違うが、他の人が踏み込めない場所に勝手に足が入ったというか。
『バイトの内容については明日の放課後にでも話しましょう。それとは無関係に、身体に異常があったらすぐ連絡して。診てあげる(>_<)』
『明日、バイト入ってるんだけど』
『手伝うから(^^)/』
余程感情表現が出来ない事がもどかしいのだろうか。メッセージだけだと、凄く無邪気な女子と会話しているみたいだ。実際は仏頂面というか……人形に情緒を求めても仕方ないのかもしれないが。
『そろそろ寝る。今日は疲れた』
『おやすみなさい。良い夢を』
『お前は寝ないのか?』
『人形が夢を見ると思う? (-_-)zzz』
凄く、意外な一面が見られた。こうなると分かっていたなら聞いておけばよかったかもしれない。芽々子が本当に人形なのかどうか。
明日聞けばいい話なのだが、こういう些細な疑問は少しばかり睡眠の邪魔をするものだから。
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