セーブル

第17話 自問自答

『気配が濃くなってきたな』


「そうね」


 この気配。魔獣でもなければ、人間でもない。

 でも、知ってる。この気配。


 知っているからこそ、冷や汗が流れ出る。

 勝手に体が反応する。


 息苦しい、体が重たい。

 でも、行かないと、駄目。


 木の隙間を縫い、出来る限り早く向かう。


「見えた!! ――――え」


 結界の前には、三角帽子を被り、黒いマントを付けた誰かが立っている。

 私のと同じ、木製の杖を頭の上に上げた。


『――――! リュミエール! 早く止めるのだ!』


「えっ」


 クラルが叫ぶ。

 私が動き出すより前に頭の上に上げた杖を、目の前にある結界を斬るように振り下ろした。



 ――――シュッ!!



 風が舞い上がる、視界がっ――――!?


「う、嘘……」


『やられたな……』


 舞い上がる土煙が晴れ、前を見ると、結界が斬られていた。

 何もないように見せていた結界を切られ、隠されていた魔女の魔石が埋め込まれている木が露わになる。


 木の根元には、紫色の大きな魔石が嵌められている。

 あれが、魔女の魔石。あれが無ければ魔女は、無限の魔力を使うことが出来なくなる。


 魔女だけでなく、人間もあの魔石を手に入れることが出来れば、魔法を無限に使える。

 もし、悪い人に渡ってしまえば、この世界は終わりだ。


 あの人が、誰なのか。


 ――――っ、こっちを、振り向いた?


「あっ――」


 目が、あった……。

 ボトルグリーンの瞳。でも、影が差し、暗い。

 光を感じない、闇。ボトルグリーンに隠れた闇が、私を見る。


「…………リュミエール」


「な、なんで、私の名前を……」


 透き通るような、雫のような声。そんな声で私の名前を呼ぶ。

 なんで、私の名前を知っているの?

 私はこの人、知らない……。


「貴方は魔女の村では有名だったから。私とは違って才能に恵まれていて、周りからも好かれていて。だから、知っているだけ」


 なんで、魔女の村を……。

 いや、なんで、ではない。この気配。人間でも、魔獣でもない。


 この気配は私と同じ、魔女の気配!


「わかったみたいだね。僕の名前は、セーブル。魔女の生き残りだよ」


 言うと、三角帽子をとって、私を見上げてきた。


 ボトルグリーンの瞳に、漆黒の髪をおさげに結っている。

 黒いマントがひらりと揺れ、白いワイシャツと黒い短パンが見えた。


「どうやって…………」


「あの惨状からどうやって生き延びたかを聞いているの? それなら簡単だよ。隠れていたの」


「隠れて、いた?」


 あんな阿鼻叫喚が広がる惨状で、ただ隠れていただけ?

 そんなことは、ありえない。だって、襲ってきた人間は、魔女を亡ぼせるほどの実力を持っていた騎士達。


 私は、お母さんとお父さんが自分を犠牲にして助けてくれたから、生き延びることが出来た。

 あの魔女は、一体どんな魔法を使って生き延びたんだろう。


「疑っているの?」


「い、いえ…………」


「僕、隠れるのが凄く得意なの。見つからないように隠れるのは、誰よりも上手な自信あるよ。誰にも見つかったことないから」


 氷のように、冷たい表情。

 声も一定で、感情が込められていない。


 その声だけで体が震えてしまう。

 でも、ここで臆する訳にはいかない。引くわけにはいかない。


「どうして、結界を解除したの?」


「僕、隠れるのが上手なの。ずっと、隠れることが出来るの」


 そ、それはさっき聞いたけど、なんで、また言うの?

 首を傾げていると、セーブルがまた言葉を繋げる。


「隠れるのは上手、だけど。戦うのは苦手なの。攻撃魔法を扱うのが、ものすごく苦手ななんだ」


「だ、だから……?」


 だから、なに?

 今は戦争もないし、平和。攻撃魔法が苦手でも、特に問題はないと思うんだけど……。


「だから、魔石が必要なの。この、魔女の魔石が。これがあれば、僕は人間の世界を滅ぼすことが出来る。復讐が、出来るの」


 ――――え、人間世界を、滅ぼす? なんで? どうして? 復讐? なんの?


 いや、この人は魔女。

 人間に復讐と言ったら、理由は一つしかない。


 人間に魔女の村を滅ぼされたからだ。

 私も、何度もやろうとした。復讐しようと、人間を殺そうと、した。


 でも、出来なかった。

 人間を目の前にすると、どうしても魔法を放つことが出来なかった。

 自分は、臆病者、だから。


 この人は、やろうとしているんだ。

 私が出来なかった復讐を、一人でやろうとしているんだ。


 それなら、私は止める必要はあるんだろうか。

 だって、私だってやろうとした。


 魔女の村を殺した人間達を守る必要は、あるのだろうか。


 自問自答を繰り返していると、セーブルが魔石に向き直る。


「止めることはしないみたいだね。やっぱり、リュミエールも人間を恨んでいるんだ。なら、一緒に人間を滅ぼそうよ」


「え、私、も?」


「そう」


 肩越しにボトルグリーンの瞳を向けて来る。

 闇が潜んでいる瞳なのに、同時に真っすぐにも感じる。


 迷いを感じない。

 それだけ、強い憎しみを持っているんだ。


 私も、魔女の村を亡ぼした人間が憎い、大好きな両親を殺した人間が憎い。

 殺したい、同じ思いを味合わせたい。


 人間も、私達と同じ思いを、すればいい。


 ――――ドクン


 心臓が波打つ。体に流れる血が、熱い。

 苦しい、けど、気持ちが昂る。


 私は、やっと自分の復讐を成し遂げることが出来るのか。

 覚悟のない私が、今まで何も出来なかった私が、ここで出来るのか。


 あの人に、セーブルについて行けば、私は人間を滅ぼすことが出来るのか。


『リュミエール? やるのか?』


 クラルが問いかけて来る。私に一任してくれているんだ。

 ここで私が復讐をすると言えば、この人について行くと言えば人間の世界を滅ぼすことが出来る。


 だって、私は強い。誰よりも、強い。

 人間如きに、負けない。


 躊躇しなければ、臆することをしなければ。

 私は、復讐を成し遂げられる――……


「魔女っ娘!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る