第16話 ツエバルにいる理由

 今回の話をリュミエールに伝えようと馬に乗り、グレールはツエバルへとまっすぐ向かった。

 その時、城の前で待機していたであろうフィーロもついてくる。


「なぜ、フィーロもついてくる」


「気になっているからですよ」


 ニコニコと隣で馬に跨っているフィーロが何気なく言う。

 断っても意味はないとグレールもわかっていたため、もうなにも言わない。


「それにしても、魔獣自身が自然とツエバルに集まっている可能性があるとは……。確かに、魔女の魔力は魔獣にとって御馳走になるかもしれませんね」


「そうだな。だが、そこまで魔力は洩れていないはず。魔女っ娘以外の原因の方が可能性的に高いだろう」


「それもそうですね」


 ツエバルに辿り着き、森の外に馬を繋げる。

 中に入り、いつものように歩いていると、強い魔力を感じた。


 だが、警戒するものではなく、心地よい。

 まるで、自然の風が辺りにそよいでいるよう。


 二人は、魔力に導かれるように歩くと、魔女であるリュミエールが見えた。

 近くには、使い魔であるクラルがいた。


 クラルは、二人に気づき振り返る。


『来たか』


 クラルに手を振りつつ、グレールとフィーロは隣に立つ。

 三人の前には、リュミエールが木製の杖を力強く持ち、魔力を辺りに漂わせていた。


「あれは何をしているんだ?」


『魔力の制御訓練だ』


「制御訓練?」


 オウム返しのように問いかけると、クラルは目線をリュミエールからそらさず説明した。


『魔女は、元々魔力が強く、同時に制御が難しいのだ』


「なるほど。魔力を暴走させないための修業といった形でしょうか?」


『それもある』


 それもあるということは、他にも理由はあると言っているようなもの。

 横目で二人は詳細を求めた。


『魔力の制御と、属性変化の練習だ』


「属性変化の練習?」


 よくわからず、またしても同じ言葉を繰り返す。


『人間では、あまりやろうとする者はおらんだろう。元々、得意とする魔法の属性は決まっているからな。だが、魔女の場合は決まっていないのだ。様々な属性魔法を出すことが出来る。もちろん、修業は必要だがな』


「なるほど」


 説明を聞いて、今行っていることは理解できた。

 だが、今が何の属性なのかはわからない。


「癒し魔法に近いのでしょうか?」


『そうだな』


 フィーロはどこか納得しているような表情を浮かべ「素晴らしい」と、歓喜の声を漏らす。

 そんな彼を横目に、グレールはまた首を捻る。


 癒し魔法は、傷や軽い病気などを治すものと聞いていた。

 今、辺りに漂わせているのが仮に癒し魔法だったとして、何の意味があるのだろう。


 グレールの疑問を感じ取ったのか、クラルは補足するように伝えた。


『癒し魔法とは、物理的な傷などを治すだけではないのだ』


「――と、いうと?」


『心、空気。それらを癒すことも可能なのだ。上級者レベルではあるがな』


 それを聞いて、やっとグレールは理解した。

 今、周りを漂わせている癒し魔法は、空気などを綺麗にしているのだ。

 だから、森に入った瞬間、澄んだような空気を感じた。


 こんな広範囲に上級者レベルの魔法をゆっくりと漂わせることが出来るなど、普通はあり得ない。

 やはり、彼女は魔女なんだと、グレールは再認識した。


 それと同時に、気持ちが高揚する。

 心臓が徐々に波打ち、口角が上がる。

 紅蓮の瞳は赤く燃え上がり、リュミエールを映し出す。


 頬を赤く染めている彼を見て、クラルは息を吐いた。


『厄介なもんに魅入られたもんだ』


 ※


 魔力を杖の先に集中させる。

 広範囲だけれど、魔力を多く使わず、優しく包む感じを意識する。


 周りの気配も集中、魔獣なども意識……意識……??


 なんか、クラル以外にも気配を感じる。

 確認したいけど、今、集中力を切らしてもいいのかな。


 って、こんなこと考えている時点でもう集中力は切れてしまっているか。


 魔力を抑え、目を開ける。

 クラルの所を見ると――――え?


「グレールさんに、フィーロさん?」


 二人がクラルの隣に立っていた。

 クラル以外の気配は、グレールさん達の気配だったんだ、クラルが報告しなかったのも頷けるね。


「修行の邪魔をしてしまったな」


「いえ、大丈夫ですよ。あともう少しで休憩しようとは思っていたので」


 グレールさんが私の前まで来て、申し訳ないように眉を下げてしまった。

 休憩しようと思っていたのは本当だから気にしなくていいのに……。


「それで、ここには何か用事があってきたのですか?」


「そうだ。王に確認して来たから、報告をしようとな。時間を少しばかりもらってもいいか?」


「わかりました」


 話が長くなるかな。

 でも、周りに座れるような所ってないから、立って話を聞くことになっちゃうか。


 それか、枝の上?


 無意識に上を向いてしまい、グレールさんが首を傾げてしまった。


「周りを見たり、上を見たり。何かを探しているのか?」


「いえ、ゆっくりお話が出来る場所が近くにあったかなぁと、思いまして」


 探しながら言うと、グレールさんが口元を抑えてしまった。

 ど、どうしたんだろう。何か変なこと言ったかな、私。


「やっぱり、優しいな、魔女っ娘」


「っ! う、うるさいですよ!」


 なんでそんな笑って言うんですか!

 べ、別に優しくなんてありません。まったく、何を考えているんですか。


 顔を背けていると、フィーロさんが近付いて来た。


「でしたら、木の上でお話しませんか? 自然の空気も感じられますよ」


 フィーロの問いかけに、みんなは顔を見合わせつつ頷いた。


 木の上まで簡単に移動し、グレールは王から聞いた話をそのまま伝えた。


『なるほど。魔女の村に侵入か。相当な手練れだったのだろう。それに、そこまでの資料を一つの部屋に集めていたなど…………』


「流石に私も驚いちゃった。人間って、そこまでするんだね」


 侵入までされていたんだ。

 つまり、今まで仲間だと思っていた誰かが人間だったの? 

 でも、人間は魔女と気配が違うから、気づかないなんてことあるのかなぁ。


 まぁ、今更考えても遅いか。

 結局、魔女の村はなくなった。

 家族も、友人も失った。


「大丈夫か?」


 頬に手を添えられ、グレールさんが顔を覗き込んできた。

 紅蓮の瞳が不安そうにしている私の顔を映している。


「だ、大丈夫ですよ! それより、魔獣の方もお話してくださったのでしょうか」


 び、びっくりした。

 顔、近すぎるよ。


 咄嗟に話を逸らすと、グレールさんが姿勢を整え教えてくれた。


「魔獣も件は、王もまだ詳しくわからないらしい」


「そうなんですね」


「あぁ。だが、そこまで重要視しなくていいだろうということだ」


「そうなんですね。それなら少し安心です」


 ほっと息を吐いていると、何故か視線を感じた。


 ――――ん?

 な、なんだろう。グレールさん、何か言いたげにしてる。

 でも、気まずそう。


 グレールさんの言葉を待っていると、フィーロさんが代わりに話してくれた。


「これは、私達の予想なのですが、魔女っ娘さん。貴方が魔獣を引き寄せているのかもしれないんです」


『…………そんなこと、あるのか?』


「おそらくなんですが、魔女っ娘さんか、魔女っ娘さんがここにいる理由の中に魔獣を引き寄せるなにかがあるんじゃないかと考えているのですよ。例えば、強い魔力を集めるなにかがこの森に隠されているなど」


 うっすら目を開き、深緑色の瞳で私を見る。

 探っているような目だ。私がここにいる理由を知りたいんだ。


 でも、素直に答える訳にはいかない。

 魔石が込められている木について話せば、それが広がるかもしれないし、場所など絶対に知られる訳にはいかない。


 でも、ここで変に誤魔化してしまえば、二人の警戒心を高めてしまう。

 ツェダリア国の騎士だ。敵にも回したくない。


 悩んでいると、グレールさんがフィーロさんを後ろに押した。

 き、木から落ちちゃうよ!?


「あ、危ないですよ、グレール様……」


「今はまだ話す時ではないだろう。魔女っ娘も、話せる時になったら話してくれるはず。だから、今は聞くな」


「それ、本人の前で言うんですかぁ?」


 フィーロさんが枝にしがみ付きながら言うと、グレールさんが私を見た。

 なんか、やってしまったみたいな顔を浮かべてしまった。


 別に、私は気にしていないからいいんだけど……。


「あ、あの…………」


 ――――っ。


 今、空気が揺れた。

 私達以外の気配を感じる。


「グレール様」


「わかっている」


 二人も警戒を高めた。


『リュミエール』


「わかっているわ、クラル。絶対に、負けないよ」


 殺意が込められている気配。

 狙いは、おそらく魔石。でも、おかしい。結界で魔石の木は隠されている、見つけられるわけがない。


 でも、他に狙うものはないはず。

 二人が狙われているなんてことも、今までそんな影すらなかったし、ないだろう。


「――――う、そ…………」


 この気配、まさか!!


『急ぐぞ、リュミエール!』


「はい!」


 浮遊魔法を付与し、地面を蹴る。

 空に浮かび、気配の元に向かう。


「魔女っ娘!! 待つんだ!!」


「グレールさん! 今すぐ帰ってください!!」


 それだけを言って、向かう。

 細かく説明している時間はない。


 だって、魔石が込められている木の近くから、強い気配を感じるから――……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る