第13話 ロデリック王

 ツエバルから帰宅したグレールとフィーロは、魔女について書かれている図書館へと向かい、調べ物をしていた。


 グレールは魔女の文字を読むことができないため、フィーロの手伝いをしている。


「なぁ、フィーロ」


「なんですか?」


「確か魔獣は、人間が魔石を動物に埋め込むことで、作り出されているんだったよな?」


 本棚を見上げながら、グレールは本を読んでいるフィーロに問いかけた。


「そうですよ」


「なら、人間が魔獣を作り出す理由ってなんだ? なんで、魔獣を作り出すんだ?」


「そうですねぇ…。貴方がいた世界では、魔獣などはいなかったんでしたっけ?」


「いる訳ないだろう。俺がいた世界は魔法という概念すらなかったんだ。それに、戦争とかもない。人間の悪意は所かしこにあったが、正直、俺には無縁と考えていたぞ」


「なるほど」


 お互い作業の手を止めず、淡々と話す。

 口調も一定、感情が込められていない。


「魔獣を放つ人のことは正直理解出来ませんが、予測くらいなら出来ますよ」


「予測?」


「魔女か、魔女があそこから離れない理由の中にあるんだと思います」


 今の言葉で、グレールは思わず手を止めてしまった。

 目を丸くし、本を読んでいるフィーロを見た。


「どういうことだ?」


「ここからは、さすがに私にもわかりません。ですので、もうそろそろ行ってもよろしいかと?」


 顔を上げたフィーロの口元は楽しそうに歪み、グレールを見た。

 その顔に嫌な予感が走ったグレールは、「グッ」と、拳を握る。


「魔女っ娘のためですよ。まず、この図書館について話しても良いか。それとついでに、魔獣と魔石についても聞いてくださると嬉しいです。貴方なら、出来ますよね? だって、貴方をこちらの世界に連れてきたのは、他の誰でもない王なのですから」


 クスクスと笑う。

 グレールは天井を見上げ、目を細めた。


「なぁ、召喚魔法って、召喚士が自由に人を選べるのか? それとも、ランダム?」


「召喚士の実力によるかと。下級ならランダムだけど、上級者なら選べるって聞いたことがありますよ。ですが…………」


「ですか?」


 そこで言葉を切るフィーロを、グレールが急かす。


「ですか、今まで選んで召喚した魔物や魔獣はいないらしいですよ」


「え? それなら、上級も下級も関係なく出来ないんじゃないか?」


「そう思っても仕方ありませんが、選べるという噂も流れ、本にも描かれているんですよ。なので、完全に嘘とは言い切れませんね」


 そんな微妙な情報だったとはと、グレールは頭を抱えた。

 だが、ここで考えても仕方がない。


 グレールは、何も言わずにエレベーターに向かった。


「おや? 行くんですか?」


「魔女っ娘のためだ。心底嫌だが、行かなければならない」


「そうですか。頑張ってください、ここで応援していますね」


 言いながら本を見下ろしているフィーロを見るに、本気で応援しようとしていないのが丸わかり。

 グレールは苦笑いを浮かべつつもエレベーターを下り、王がいる城、オルレアン家へと向った。


 ※


 顔を真っ青にし、グレールは城の中を歩く。

 そんな彼とすれ違う騎士や世話係は、すぐ端により邪魔しないように立ち止まる。

 頭を下げ、敬意を見せた。


 だが、その顔は酷く怯えており、体をカタカタと震わせている。

 そんな周りの様子など気づかず歩いていると、徐々に人は少なくなった。


 目的の場所である玉座の間に近付けば近付く程、グレールの足取りは重くなる。

 顔もより一層青くなり、眉間には深い皺が刻まれる。


 深い溜息を吐きながら歩いていると、やっと目的の場所に辿り着く。

 両開きの扉の前には、二人の近衛兵が立っている。


「オルレアン家に仕えさせていただいている騎士、グレール。今回は、ロデリック王に話があり来た。通してほしい」


 姿勢を正し、グレールは近衛兵に伝える。

 最初は迷いつつも、グレールは王のお気に入り。それは、オルレアン家の中では知れ渡っている。


 近衛兵二人は頷き合い、扉の前から引いた。

 重い扉を引くと、中は玉座の間と呼ばれているだけに、大きく豪華な部屋が広がっていた。


 奥を見れば、近衛兵二人の間に椅子があり、一人の男性が座っていた。


 部屋の中心までグレールが歩き、膝を突く。

 頭を下げ、敬意を見せた。


「お時間を作ってくださりありがとうございます、ロデリック王」


「そこまでかしこまるな、グレールよ」


 ロデリック王は、敬意を見せているグレールに、頭を上げさせる。

 それだけでなく椅子から立ち上がり、部屋の中心で膝を突いているグレールの前に近付いた。


 グレールの目の前で膝を突き、彼の顎に手を添える。

 顔を上げさせられ、視界にロデリック王が映る。


 耳が隠れるくらいの長さの銀髪に、空色の瞳。

 口元には淡い笑みが浮かんでおり、優しい印象を相手に与える。


 だが、グレールは優しそうなロデリック王の表情を見た瞬間、元々青かった顔がもっと青くなり、げんなりとしてしまった。


「そんな顔を浮かべるでない、私と君の中だろう?」


「貴方と私の仲は、ただの王と騎士です」


「それ以外にもあるだろう? 言ってみなさい」


 妖艶な雰囲気を漂わせ、顔を近づけるロデリック王。

 あともう少しで口元がぶつかってしまう。


 端から見れば恋人同士にも見える二人の距離感に、近衛兵二人は何も言えない。

 顔を見合わせ、待機する。


 グレールは、慌ててロデリック王の口を手で押さえ、動ける範囲で距離を離す。


「召喚士と異世界人です。それ以上でも以下でもありません。勘違いさせるようなことをしないで、言わないでください」


「つれないねぇ」


 自分の口元を押さえているグレールの手を放し、眉を下げたロデリック王は立ち上がる。


「では、話を聞こう。二人っきりになれる所で――……」


「いえ、ここでお願いします」


「…………王様からのお願いだよ?」


「駄目です」


「ここでは落ち着いて話し合いが出来ないんじゃないか?」


「そんなことありません。二人っきりの方が話に集中出来ません」


「私が落ち着かないんだけどなぁ~」


 ロデリック王は、グレールと二人っきりでゆっくりと話したい。

 だが、グレールは絶対に二人っきりにはなりたくない。


 そんな言い争いをしていたが、ロデリック王は何を言われても絶対に引かない意思を見せ、今回はグレールが折れる形となってしまった。


 今回は、というより、今回も、だ。

 いつも、グレールは必ず断るのだが、なんだかんだ最後には負けて、受け入れてしまう。


 今回も頷くと、ロデリック王は満面な笑みを浮かべ、自室へと案内した。

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