第12話 普通の女の子

 グレールさんの気配、まったく感じなかった。

 消していたのかな。それとも、私が会話に集中し過ぎていただけ?


「なんか、私だけついでのような言い方ではありませんでしたか?」


「しかたがないだろう。お前はついでの存在なんだ」


「酷いですねぇ」


 …………やっぱり、グレールさん。

 私に向けている瞳と、他の人に向けている瞳、違う気がする。

 口調も、鋭い。というか、言葉が鋭い。


 でも、これは自惚れ。

 私は魔女。特別扱いされるなんてことは絶対にない。


「それでなんだが、今の話、俺達が動いても良いだろうか」


「え、よろしいのでしょうか。騎士の仕事で忙しいというのに……」


「かまっ――――」


「当然ですよ!! 魔女様のお願いなのならこのフィーロ!! 全力を出させていただきます!! 騎士の仕事より、魔女様のお願いことの方が重要ですから!」


 グレールさんの言葉を遮って、フィーロさんが受けてくれた。

 嬉しいけど、大丈夫? なんか、グレールさん、怒ってない?


「フィーロ、お前…………」


「こんなことしている暇ありませんよ、グレール!! 行きましょう!! 魔女様のために動きますよ!」


 フィーロさんは、そのまま鼻息荒くして、行ってしまった。

 残ったグレールさんは、頭をガシガシ掻いて、私の方へと振り向く。


「騒がしくて悪いな。だが、フィーロも悪気があるわけじゃないんだ、そこはわかってほしい」


「いえ、大丈夫ですよ」


「そうか。それなら良かった」


 あ、笑った。

 この笑顔、他の人には向けているのかな。


「ん? どうした?」


「いえ、なんとなく気になることがあって……」


「おっ、なんだ? 俺のことならなんでも答えるぞ」


 笑ってる。しかも、細められている紅蓮の瞳も、いつもの燃え上がるような炎ではなく、温かい。

 まるで、淡い光を見ているような、優しい瞳。


 さっきまで冷たい瞳だった。

 フィーロさんがいなくなってからそんな、温かい瞳になった。


「あの…………」


「ん?」


「…………あ、貴方は、魔女である私をどう思っているんですか?」


 あ、違うことを聞いてしまった。

 やっぱり、私のことをどう思っているのかを聞くのは、まだちょっと、勇気がない。


 顔を俯かせて聞くと、グレールさんは少し考えてしまった。


「そうだなあ。魔女としての君かぁ……」


「…………」


「うーん」と少し考えると、ゆっくりと教えてくれた。


「魔女としての君と考えるなら、魔法をもっと見せてほしいという気持ちだな」


 あぁ、そう言えば、そんなこと言っていたな。

 やっぱり、私ではなく、魔女の魔法を気にしているんだ。


 よかった、変なことを聞く前にワンクッション置くことが出来て。


「まぁ、それは魔女である君を見た時だな」


「…………はぁ…………?」


「君自身としては、普通の女の子と見ているよ」


 え、普通の、女の子?

 思わず顔を上げると、紅蓮の瞳と目が合ってしまった。


「いや、普通の、はさすがに言い過ぎだな。少しだけ強気な女性だ」


「…………大して変わっていないような気がするのですが…………」


「でも、以前フィーロがやってきた時、俺を下がらせ前線に立とうとしただろう?」


 うっ。確かに……。

 でも、あれは魔女のプライドというか、なんと言うか……。


「俺は、強き女性、好きだぞ」


「――――え?」


 見上げると、同時に頭を乱暴に撫でられてしまった。


「それじゃ、俺ももう行くな。何かあれば、方法は何でもいい、知らせてくれ。俺も、何かわかり次第伝える。あと、まだ追うとは話せていないから、使い魔からの質問はもう少し待っていてくれ」


 手を振り、グレールさんは言ってしまった。


 頭を撫でられた、大きな手だった。

 男性に頭を撫でられたのは、初めてだ。


 なんか、恥ずかしい……。


『どうした、リュミエール』


「…………なんでもないよ」


 なんて説明すればいいのかわからない、この感情。

 今は、考えない様にしよう。


 ほんのり熱い頬も、気にしない――……


 ※


 ツエバルの上空には、黒いマントで身を隠している一人の女性が空中に立っていた。


 大きな三角帽子に、手にはリュミエールが持っているような木製の杖が握られている。

 リュミエールを見るボトルグリーンの瞳は、憎悪に染まり、赤い唇が微かに動いた。


「魔石を早く手に入れて、人間を殺さないと。魔女の村を滅ぼした人間に、私達魔女の気持ちを思い知らせてあげるのよ――……」

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