第10話 高揚

「――――あれ?」


『今度は人の気配だな』


 この気配、久しぶり。

 と、言っても数日だけだけど。


「おっ、見つけた見つけた。久しぶりだな。魔女っ娘」


「お久しぶりです、グレールさん」


 木の隙間から現れたのは、騎士の姿をしたグレールさんだった。


「魔女について、調べてきたぞ」


「そうですか。いかがでしたか?」


「今の段階では、魔女という存在は凄いということしか答えられない」


 凄い。それは、どういった意味での凄いなのだろうか。

 首を傾げていると、足音にクラルが近付いて来た。


 抱き上げると、左右非対称のジト目をグレールさんに向けた。


『本当に調べたのか?』


「調べたぞ。それで、凄いという感想しか今は持ていない。まだまだ、魔女については奥が深そうだからな」


『こんな短期間では、調べ切れるわけはない。そう思ってもらえて助かる』


 クラルは鼻を鳴らす。

 グレールさんは、安心したように笑みを浮かべ、腰に手を当てた。


「まだ、魔女について知らないことが多い。それは今後も本などで調べて行こうと思っている。だが、君については君と関わらなければわからない」


 私と目を合わせ、紅蓮色の瞳に炎を宿す。


 ――――ゾクッ!!


 やばい、にやけてしまう。

 体に冷たい汗がにじむ、でも、不快ではない。逆に、気持ちが高揚してしまう。


 い、いやいや、なに圧倒されているの私。

 私は魔女、相手は人間。全然違うじゃない!


「コホン! えっと、それは、どういう意味ですか?」


 昂る気持ちを誤魔化す理由もあるけど、言葉の意味も気になってしまった。


 私自身を知るには? でも、魔女のことを知れば、必然的に私を知ることになる。

 なのに、私と関わらないとわからないって、それは、なんか……。


「意味? 君のことをもっと知りたいという意味なんだが、駄目だったか?」


「!?」


 い、犬の耳が、垂れている。

 いや、本当に生えている訳じゃないんだけど、なんか、幻覚が見える。

 犬の耳としっぽが垂れている。


 か、可愛いと思ってしまった私は、変だろうか。


「い、いえ。駄目ではありません。魔女のことを知れば、必然的に私のことがわかるので、少々疑問に思っただけです」


「魔女は魔女、君は君だろう。君の性格や好きな食べ物、嫌いな物、苦手な物。それらは調べてもわからない。だから、君に聞きたいんだ、魔女っ娘」


 白い歯を見せ、笑うグレールさん。

 なんで、そんなに無邪気に笑うんだろう。


 何も言えないでいると、またしても人間の気配。

 それは私だけではなく、グレールさんも気付いたみたい。


「下がって」


 手で私を後ろへ下がらせ、グレールさんは腰に付けている剣に手を添えた。

 私を守ってくれるんだ。でも、私は強いから、そんなことしなくていい。


 私は魔女、人間に守られるなんてこと、絶対にあってはいけない。


「大丈夫よ、私は強い」


「だが…………」


 グレールさんを押しのけ、前に出る。

 困惑の声を上げるけど、知らない。


 人間になんて、負けないんだから。


 杖を強く握り、いつでも魔法を出せるように魔力を込める。

 徐々に気配が近づく。


 私の横にグレールさんが立った。


「あの、だから、守っていただかなくても――……」


「守るつもりはない。隣に立つだけだ」


 それ、もういつでも守る気満々じゃん……。

 でも、貴方がそう考えるのなら、私が先に魔法を放てばいいだけのこと。


 人間が姿を現した時に――……


「みつけっ――」


 木の隙間から顔を出した人に向けて、炎の弾を放つ。


「――――え?」



 ――――ドカンッ



 っ、黒煙で視界が遮られたけど、当たったのは確認済み。

 絶対にただでは済まなかったはず。


 黒煙が晴れ、人間の確認――――え!?


「――――いない!?」


 そこには誰もいなくなっていた。

 なんで!? 絶対に当たっていたはずなのに!!


「流石に酷くないですか? 出会い頭に魔法を放つなんて」


 後ろから声! 振り向き再度、魔法を放とうとすると、グレールさんに止められてしまった。


「はぁ……。そりゃ、放つだろう。何でこんな所にいるんだ、フィーロ」


「グレール様が気にする魔女っ娘という子を見たかったのですよ。あとを付けてすいません」


 にこやかに言い切る、藍色髪の男性。

 二人は知り合いらしい。


 詳細を求めるため、グレールさんの後ろから覗き込むように見上げた。

 一瞬、面食らったかのような顔を浮かべたけど、頬を掻いて教えてくれた。


「こいつは、俺の同僚、フィーロ・ロゼリア。俺が魔女について調べていたら、色々教えてくれたんだ。悪い奴じゃないから、魔法は放たないでほしい――――けど、気に食わないところが少しでもあれば、殺す勢いで自衛してくれ」


「最後の言葉はかなりショックですねぇ。そこは、友達だからと紹介していただけませんか?」


「無理」


「さすが氷の騎士。いい感じにひえひえですねぇ~」


「黙れ」


 なんか、仲良さそう。

 グレールさんはめんどくさそうに腕を組んでそっぽ向いているけど。

 その反応を楽しむように、フィーロさんが頬をつんつんしている。


 仲良しだなぁ~。


「えっと、あの。私を殺そうとして来たのではないんですか?」


「そんなことするわけないじゃないですか。私は、魔女という存在を後世に残したいと、日々騎士の仕事より真面目に行っているのです。そんな私が、魔女である貴女を殺すわけないじゃないですか!!」


「そこは騎士の仕事を優先してください」


 つまり、この人も変わり者。

 魔女について詳しそうだし、後世に残すとか意味の分からないことを言っているし。


 最近の人間って、こんな感じが多いの?

 不思議に思っていると、腕の中にいるクラルがもぞもぞと動き出した。


「あっ」


 ピョンと私の腕から逃げてしまった。

 グレールさんへと近付いて行く。


 だ、大丈夫かな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る