第7話 カルテ

 グレールは、魔女について調べるため、ツェダリア国一番大きな図書館、カルテに来ていた。


 ツェダリア国の中では、オルレアン家の次に大きな建物。

 お城のような外観。何も知らない者が見れば、図書館だとは思えない程、大きく立派な建物だ。


 グレールは紅蓮の瞳を建物に向け、足を一歩踏み出した。

 観音開きの扉を開き、中へと入る。


 カツン、カツンと、足音が響く空間。

 見回せば、圧巻するような光景が広がる。


 まず、目に付くのは、天井から吊らされている大きな月の模型。

 それが図書館全体を淡い光で包み込んでいる。


 中央には、くつろぎスペースとしてテーブルと椅子が用意されており、壁一面には天井まで高く伸びる本棚が設置されている。

 両側には二階へ続く螺旋階段、高い所の本を取る用のはしごも用意されていた。


 カウンターは一つ、出入り口から見て右側に大きなテーブルが置かれ、二人の女性が座っている。

 クラシックが流れている室内で、ご案内や貸し出しの手続きをしていた。


 ゆっくりできる空間が広がり、グレールは思わず目を細め、笑みを浮かべた。


 カツン、カツンと、歩みを進める。

 向かった先は、カウンター。


 貸し出しの手続きが終わった女性の前に立ち、声をかけた。


「少し、いいか」


「あ、おはようございます、グレール様」


 声をかけられた女性は、眼鏡をかけ直しながらグレールを見上げる。


 黒い髪は、邪魔にならないようにおさげにし、服は星がちりばめられているセーラー服のようなデザインをしていた。


 女性の名前は、カウ。

 図書館で働いている真面目な女性。


「探している本があるのだが、教えてもらえるか」


「かしこまりました。どのような本でしょうか」


 リュミエールと話す時みたいな明るい声ではなく、グレールの声は氷のように冷たい。

 熱い紅蓮の瞳は、静かに目の前にいるカウを見つめるのみ。


「魔女の本だ」


 それだけを聞くと、カウは目を大きく見開き黒い瞳を泳がせた。

 突如、慌て始めたカウに、グレールは首を傾げる。


「どうした」


「え、えぇっと。な、何故魔女について書かれている本をお探しなのですか?」


 眉を顰め、おずおずと聞く。


 カウの動揺は普通では無い。

 何かに脅えているように目を泳がせている。


 その時、使い魔であるクラルの言葉が蘇った。



 ――――まぁ、調べれば調べるほど、魔女とは関わりたくなくなるだろうけどな。

 


「――――もしかしてだが、魔女について、何か知っているのか?」


「は、はい……」


 顔を青くし、目線を逸らす。

 グレールは彼女の様子を不思議に思いつつも、もう一度問う。


「魔女について書かれている本、どこにある?」


「…………魔女について書かれている本はご用意あるのですが、厳重に保管されており、特別な方しか入ることが出来ないのです」


「特別な方?」


 聞くと、気まずそうに手を差し出す。


「グレール様も該当者ではあるのですが……」


「なら、早く連れて行ってくれ」


 何を渋っているのかわからないグレールは、徐々に怒りが込み上げてくる。

 このような無駄な話はしていたくない。早く調べ、魔女であるリュミエールと戦いたい。


 紅蓮のように赤く燃えていたはずの瞳は、今は氷のように冷たい。

 怒りを感じる声色に肩を震わせた女性は、目線を合わせることなくパソコンを操作し、一枚のカードを取り出した。


 すぐに立ち上がり、カウンターから出て、グレールの案内を始める。


「少々特殊な場所にございます。ついて来てください」


 声は震えているが、それでも責務を全うしようとしている小さな背中を見つめ、グレールは何も言わず歩き出す。


 付いて行くと、左右にある螺旋階段を上り、二階へと向かった。


 奥へと行くと、エレベーターが設置されていた。

 暗証番号を入れ、先ほど取り出したカードをスライド。エレベーターの扉が開いた。


「中へ」


 カウが中に入ると、グレールも中へと入る。

 上へと動き出したエレベーター。どちらも話さず、口を閉ざし続ける。


 扉の上にある番号が『三』を指す。

 チンッと音が鳴ると、エレベーターの扉が開かれた。


「こちらです」


 案内された部屋へと足を踏み出すと、グレールの瞳は輝いた。


「ここは…………」


「ここには、魔女について書かれている本が保管されています。基本は入室出来ないのですが、グレール様はオルレアン家の騎士なため、特別に許可されております」


 その話は初耳だったため、グレールは「そうか」と、周りを見ながら呟く。


 グレールの視界には、先ほどとは比べ物にならないほどの本棚と、本が置かれていた。


 壁いっぱいの本棚だけでなく、行く道にも本棚が置かれている。

 床にも本が零れ、本の海状態の部屋だ。


「こんなに沢山の本が…………」


「はい」


 ここまでとは思っておらず、グレールの声には困惑が滲んでいた。


「…………あの…………」


「あ、すまない。ここは、もう俺なら自由に出入りが出来るのか?」


「こちらのカードをお持ちいただければ自由に出入りできます。ですが、カルテの外に持ち出すことは出来ません。必ず、カウンターにいる私達にお声をかけていただく形となります」


「わかった」


 カードを受け取り、グレールは部屋の奥へと行く。

 彼の後ろ姿を見届けたカウは、息を吐き、安心したようにエレベーターへと乗り込んだ。


「もう、グレール様、本当に怖い。流石、氷の騎士……」

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