第6話 勝負

「――――すごっ」


 紅蓮の炎が、私に迫ってきていた魔獣を一瞬にして燃やし尽くした。


 唖然、普通に、唖然。

 だって、一瞬しか見えなかったけど、今回の魔獣は鷹。

 だから、猛スピードだったんだと今はわかる。


 でも、私が言いたいのは、鷹のことでは無い。

 鷹を相手に、ここ一体を焼き尽くすほどの魔法を放つ人間に一言伝えたい。


「大丈夫か、魔女っ子」


「あなたに問いたい。ここまで複雑且つ、威力最大の魔法を放つ必要はあったのか」


 私の方へと駆け寄ってくるのは、最近出会った人間、グレールさん。

 焦ったような表情でこちらに駆け寄ってくる。


「い、いや、焦って、つい……」


 ――――ありえない。


 この人の魔法は、ただの魔法では無い。

 炎が濃すぎる。魔力を凝縮しているし、炎魔法以外の魔力も感じる。


 複合魔法……なのかな。

 それを、"つい"で出せるなんて……。

 私も魔法は得意だけど、出来るだろうか。


「魔女っ娘? どうした?」


「――――貴方って、本当に強いんですね」


 悔しい、本当に、悔しい。

 だって、私さっき、気持ちが昂ってしまった。


 戦ってみたいと、思ってしまった。

 人間相手に、魔女である私が!


「なぁ、魔女っ娘」


「なんでしょう」


 呼ばれて振り向くと、私の前まで移動してきた。

 紅蓮の瞳で見下ろされ、笑みを浮かべている。


「一度、俺と勝負してくれないか?」


「えっ、勝負、ですか?」


「あぁ」


 ニカッと白い歯を見せて、笑いかけてくる。

 何を思って、どういう意図でそんなことを言っているのか。


 ポカンとしていると、肩に乗っていたクラルが小さな目をグレールさんに向け、話し出した。


『小童よ、なにを企んでいるんだ?』


「うぉい?! え、ぬ、ぬいぐるみが、喋った……だと?」


 なんの前フリもなく、ぬいぐるみだと思っていたクラルが話し出したからか、グレールさんが驚いている。

 この人は、使い魔も知らないのかな。


 そういえば、魔女という言葉も最初ピンと来ていなかったみたいだし、使い魔の存在を知らないのも無理はないか。


「この子は、私の使い魔、クラルと言います。使い魔はご存知ですか?」


「知らないなぁ……。騎士の中でも見たことないぞ」


「それは当然です。使い魔は、魔女しか扱うことができません」


 扱うという言い方も、少し語弊があるけど、そこは敢えて言い直さなくてもいいか。


「使い魔か……」


 なんか、クラルを見て真剣に考えてしまった。

 何を考えているんだろう、分からない。


「魔女って、この世界だと特別な存在なのか?」


「らしいですよ」


 返すと、「ほう」と、興味深げに私をまじまじと見始めた。

 足から頭、次に両手で抱えているクラル。


 じぃ~と見ているかと思えば、なにか「うん」と納得したような表情を浮かべる。


「やはり、勝負がしたい。駄目か?」


「そこに繋がるんですね……」


 なんか、背後に犬が見える。

 いや、この人が犬のように見える。


 無いはずの犬の耳が見える気がする。垂れてる、落ち込んでいるように見える。

 尻尾も、見える。落ち込んでいる。


「えぇっと……」


『やめておけ、小童』


 私が迷っていると、クラルが代わりに返してくれた。


「やめておけ? 裏がありそうな言い方をするな。何かあるのか?」


『魔女を詳しくわからん小童が、そう簡単に勝負を挑むものではない。まずは、調べてから来るがよい』


 あー、そうか。

 私は、人ではないし、魔女だ。


 この男がどんなに強くても、魔女である私に敵う訳がない。

 それに、私は魔女の中でも最高位。実力が高く、魔力が多い。

 普通の魔女ではない。


 そんな私と勝負なんて、命知らずにもほどがある。

 それを伝えようとしているんだ。


「そうか……」


 あっ、さっき以上に落ち込んでしまった。

 でも、こればかりは仕方がない。


 何も言えないでいると、パッと笑顔を浮かべ「なら」と、姿勢を正し問いかけた来た。


「俺はこれから魔女について調べる。それで、今よりもっと知ることが出来たら勝負をしてくれるか?」


 この問いには、どう答えればいいんだろう。

 困っていると、クラルがまた代わりに答えてくれた。


『それは、小童しだいだ』


「了承を得た――――ということで受け取るぜ。使い魔君」


『あぁ。楽しみにしている。まぁ、調べれば調べるほど、魔女とは関わりたくなくなるだろうけどな』


 吐き捨てるように言ったクラルの表情は、どこか悲しく、切ない。

 どのように感じているのか、何を思っての言葉なのか…………あっ。


 …………そうか。

 魔女は、人間にとって恐れられる存在。

 だから、人間は一致団結して、魔女の村を亡ぼしたのだった。


 もし、グレールさんが魔女について詳しく知ることが出来たら、もう私とは会いたくないと思う。

 そうなれば、私が悲しくなると思っているんだ。


「それはないと思うぞ。まぁ、今何を言っても信じてもらえないだろう。これから俺は城に戻り、魔女について調べて出直してくる。またな、魔女っ娘!!」


 言いながら手を振り、その場から居なくなる。

 息を吐き肩に入っていた力を抜くと、クラルが見上げてきた。


「あっ、大丈夫だよ、クラル。ありがとう、心配してくれて」


『余計なお世話だったか?』


 不安そうに見上げてくる。

 そんなこと、絶対にないのに……。


「大丈夫だよ。むしろ、心配してくれてありがとう」


 頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細め『それなら、よい』と言葉を零す。

 そのまま、いつものようにカードに戻り、私の帽子に飾られた。

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