第16話


 キキ、キキキ……、硬質な耳障りな音で、雅季はぼんやりと目を覚ました。部屋の白い天井が視界に滲む。まだ薄暗い。

 キ……キキィ……

 音を無視して再び目を閉じるが、それは一旦止んだと思うと再び始まる。こうなると無視し続けるのは無理だとわかっていた。

 雅季は仕方なく起きると、ベッドと反対側の壁際にあるサイドボード上の水槽を覗き込んだ。部屋の割には大きな水槽だ。

 全長20センチほどのリクガメが一匹、後ろ足で立ち上がり、爪でガラス面を引っ掻いている。

「じんちゃん、おはよう」

 そっと水槽から出してやり、フローリングの床に下ろす。ロシアリクガメの「じん」は、かすかに爪の音を立てながらベランダの方へ歩き出した。雅季もその後を追い、カーテンと窓を開ける。

 朝露の混じる湿った空気がゆるりと入ってきた。水槽に戻ると、餌の食べ残しや糞を取り除き、中の掃除をして、水を替える。

 昨夜は終電で部屋に帰った。六時間の睡眠は十分なはずだが、まだ頭の芯が重い。

 昨日はいろいろなことがありすぎた。香村と過ごしたのは半日だったが、それが今日から一日中だと思うと、また軽い頭痛を覚える。

 コーヒーメーカーをセットしてからシャワーを浴びた。

 雅季は二部屋のアパートに妹のあずさと暮らしている。だが、彼女は隣町に住む彼氏の部屋に半同棲状態で、今日も雅季は一人、サラダとトーストの朝食を用意し、食べた。

 それにしても、と雅季はバターを塗ったトーストを齧りながら考えた。

 犯人である政治家の甥の情報が、香村が語ったパーソナルデータ以外なにもない。

 もとより、それらの情報をコントロールしているのは上の組織で、そのくせ下には無理難題を押し付ける。

(純粋にホシを挙げたいだけなのに……)

 もちろん、ホシを挙げて書類上、事件を解決しても、それは本当の終わりではない。

 軽罪であれ、重罪であれ、被害者やその家族には一生残る傷となる。

 それは、自分で経験しているからこそ、痛いほど承知している。それでも、犯人を挙げることで何らかの区切りはつく。

(だから、私は刑事の使命を果たす……)

 もし、あのことがなかったら自分は刑事になっていなかっただろうか。

 雅季は温くなったコーヒーを一口飲んだ。

 そして、あの事件に間接的に関わった久賀が、二十年以上も経って自分の前に現れることを、誰が想像できただろう。

 さらに、今雅季の中でその存在が大きくなりつつあり、支えになっているなんて、これは何の因果なのだろうか。

 ふと壁の時計に目をやり、慌てて食事を片付けた。ベランダへ、甲羅干しをしていたカメを回収しに行く。

 すでに朝日が昇り、木々は地面に濃い影を写していた。

「ごめんね。爪もくちばしも伸びちゃってるね。今度切るね」

 雅季は、落下防止のネットに首を突っ込んでいるカメを水槽に戻し、急いで支度を済ませる。

 今日は、なるべく黒に近いサマースーツを選んだ。

 始関に誘われ、亡くなった奈須次席の自宅に線香をあげに行くことになっていた。

 奈須と始関の父は懇意にしており、始関自身も鳴海東署に来てからは次席とは何度か酒を飲んだのだ、と始関は雅季に話していた。

 自分が同伴する理由はわからなかったが、特に捜査の進捗もなく、香村は、始関が戻るまで捜査本部に詰めることで承諾していた。

 香村が共に行動するようになって、ますます始関とゆっくり話し合う機会はない。

 雅季は今後のことで、直属の上司に助言を仰ぎたいところでもあった。少しなら、時間を作ってくれるかもしれない。

 家を出ると、マンションの玄関先を履いていた、隣人である壮年の女性が雅季に気がつき「いってらっしゃい。いつもご苦労様」と声をかけた。

 挨拶を返して、隣の駐車場の前を通る。

 その時、何気なくそこに停めてある妹の軽自動車の方に目をやった。いや、何か異変を感じて立ち止まり、それを凝視した。

「うそ……」

 すぐに車へ駆け寄り、そのボディの凄惨な様子を目の当たりにしても、まだ信じられずにいた。

 剥離剤がボンネットにぶち撒けられた跡がはっきりとついている。

 パールホワイトの塗装がボロボロに剥がれ、一部はタイヤにもかかって、ゴムが溶けている。

 雅季は反対側に周り、ボディに書かれた文字を見て背筋を凍らせた。

「サツ、シネ」

 赤いスプレーでボディいっぱいに二行で書かれていた。

 まるで文字が襲いかかって来るかのように、雅季の視界が赤く染まる。

 これは、ただのイタズラじゃない。明らかに自分を標的にしている。

 でも、どうしてこれが私の、妹の車だとわかったのだろう。

 雅季は慌てて周囲を見回した。だが、怪しげな人影はなく、いつもの住宅街の風景がそこにあるだけだった。

 雅季は冷静になるよう自分に言い聞かせ、始関と、保険会社に連絡をした。これで、保険料が上がってしまうだろう。

 しばらくすると、二課の馴染みの捜査員が来た。雅季は発見当時の状況を簡単に説明した後、調査を任せて署に向かった。

 まさか、自分が被害者になるとは思わなかった。

 被害届を書き終え、担当者に預けて捜査本部へ向かった。会議はすでに終わっていたが、香村に話をし、報告書を受け取って指示を仰ぐ。

 雅季は係室長で一人、メールをチェックした後、やるせない気持ちで何枚かの報告書を読んだ。

 そして、もう一度犯人像を浮かべ、ホシの潜む可能性がありそうな、ありとあらゆる場所を考えてみた。——考えようとした。

 だが、朝のショックがぶり返して来て、全く集中できない。

 あれは愉快犯だろうか。それとも、ホンボシか。

 ホンボシなら、自分の動きを見張っているということか。自分が追い詰められていると自覚し始めたのか。

 犯人に動きがあった。それはつまり、事件の進展を意味するのではないか。

 そこで、雅季はかぶりを振った。

 いや、まだ自分たちが追う犯人と断定したわけではない。

 この手のイタズラは、過去にも何件か署に上がってきている。

 ここで焦ったら、それこそ本ボシを逃してしまう。

 雅季は気を引き締めると、ちょうど受信した鑑識からのメールを読んだ。だが、あまり目ぼしいものは見つからなかった。

 十一時になると、始関と公用車で奈須の弔問に向かった。

 意外だったのは、そこに久賀も同伴したことだった。

 久賀はすでに線香を上げ終え、居間で奈須夫人と話していた。雅季も始関と共に線香をあげ、お悔やみを述べて半時間ほど滞在し、引き上げた。

 雅季が運転する車は、当然検察庁の方へ向かおうとしていた。

「あ、そっちじゃなくて、その先の道、右折して」

 久賀を検察で降ろし、当然署に戻るつもりでいた雅季は、助手席の始関が突然ナビをし始めたのに驚いたが、指示通りに車を走らせた。

 ミラーで久賀を盗み見ると、彼は無表情で窓の外を眺めている。

 こうなることをあらかじめ知っていたのか、始関に何を言っても無駄と諦めているのか。

 車内では始関のナビの声が続き、程なく車が駐車したのは、カラオケボックスの駐車場だった。

 パチンコ屋と共有している駐車場の、カラオケボックス側は当然がら空きだった。

 日に焼かれたアスファルトから昇る熱が、ストッキングに包まれた脚を炙る。

「空いてるみたいで、よかったね」

 車を降りて、始関は嬉しそうに言った。久賀も黙って始関の横に立っている。

 ドアロックした雅季はふと彼らの方へ目をやった。

 ダークスーツ姿の長身の男、しかもサングラスをした美形上等が二人も並ぶと、そこに尋常ではない迫力がある。

「どうしたの? 中、入るよ。暑さでもう気絶しそうだ」

 一瞬見とれていた雅季は始関の声に我に返り、入り口に向かう二人の後に続いた。久賀の広い背中を見ながら、雅季はふと思う。

 今日、彼を拾った時に挨拶をしたきり、一言も言葉を交わしていない。普段なら始関に絡んだり、会話の糸口を見つけて自分と会話しようとするのに。

 自分は何か、彼の気に障ることをしたのだろうか。

 いや、弔問の後だ。久賀は尊敬していた上司をなくし、思うものがあるはずだ。

 こんな時に自分のことばかり考える自分が嫌になる。

 でも、久賀が近くにいると、そんなことばかりを考えずにいられない。

 

 案内された部屋に入り、テーブルを挟んで二つのソファのうちの上座の方に始関と久賀、その向かいに雅季一人が座った。どこかの部屋で歌う声が、かすかに聞こえてくる。

 一様に無言で、しばらくエアコンの冷気を満喫していた。

 やがて店員が来て、注文したウーロン茶を置いていくと、全員が申し合わせたようにそれに手を伸ばした。

 中身が半分になったグラスを置き、始関が小さく咳払いする。

「取調室もなんだからね……、」と始関は前置きをして切り出した。

「今朝のクルマこと、詳しく聞こうと思って。調書に書かれなかったことも。もう少し突っ込んで。上司として……わかるね?」

 諭すような、低く柔らかい声音だ。きっと普段にも増して雅季にかなり気を遣っているのだろう。

「非公式、ってことですか? そこまでお気遣いはいりません。普通の、ごく一般市民としてこの事件は処理してください」

 始関はため息をついた。

「もちろん、そうしたいのは山々だけど、今日のことは少し事情が違う。何しろ、大きなヤマを追っている刑事が直接被害にあったんだ。なにしろ、『サツ、シネ』だよ。ホシが篠塚くんのプライベートに絡んでいるかもしれない。本気で、かなり危険だと僕は思う。君の安全がね。だから、ここにいるんだ」

 確かに。始関の言うことはもっともだ。

 もし、本ボシが自分に接触してくるなら、そのチャンスをみすみす逃してはいけない。

 ありとあらゆる状況を思い出し、分析し、相手の裏をかかなくてはいけない。

「わかりました」

 始関が小さく安堵の息を吐く。

「個人的な脅迫と見て、まず間違いない」

「脅迫罪ですね。あと、器物損壊も。あとはなんでしょう。不法侵入罪、とにかく付けられるものは付けておきましょう。もう起訴決定ですが」

「久賀さん、それは全部君に任せるから。後でゆっくり考えてください。今は篠塚くんのことね」

 久賀に口を挟まれた始関は、やんわりと、だがしっかり主導権を取り返す。

 再び雅季に向いた。

「本ボシと決めつけて、他の可能性を排除するのも危険だから、とりあえず、全部洗ってみよう。で、誰か心当たりはある?」

「ありません」

 車体に書かれた「サツ」は明らかに自分のことだ。妹の梓はまず無関係とみていいだろう。それは唯一の救いだった。

「じゃあ、最近誰かの恨みを買うようなことは?」

「覚えはありません」

「じゃあ……男女関係のもつれとか。交友関係、こう、相手を勘違いさせてがっかりさせるとか、恨みを買うような言動に思い当たることは? チャットやメールを返信してないとか」

「ありません」

 しっかりと頭を振った。

 始関は困ったように、胸の前で組んでいた腕を広げた。

「篠塚くん、そういうことは上司の僕に話しづらいのかもしれないが、……」

「ストーカーの疑いも、男女関係のもつれもないですし、心当たりになる相手もいません」

 雅季はきっぱりと相手の言葉を遮り、正面でメモを取っている久賀を上目で盗み見た。

「……絶対、ないです」

 久賀のペンを持つ手が一瞬止まったが、彼は顔を上げずに、再び何かを書き足した。

「今までに脅迫まがいのことは? 検挙した犯人や、その周りの人物、家族、容疑者として事情聴取を受けた人物からとか」

「ありません」

 雅季は、自分の交友関係の狭さを再確認されているようで、居心地の悪さを感じた。雅季は普段以上に仕事熱心な上司を、少し呪った。

 そんな風に思うのは、理不尽であることも承知している。

 ただ、自分の身辺を洗えば洗うほど、犯人から遠ざかっているような気がしてきたのも事実だった。

 公式に捜査は始まっているのだから、担当に任せたほうがいい。

 そう提案しようと口を開きかけた雅季より先に、始関は新たに質問を続けた。

「じゃあ、男性と最後に付き合っていたのはいつ頃?」

「異議あり」

 隣でずっと黙って聞いていた久賀が、ペンを持ったまま挙手した。

「その質問と本件とは直接関係ありません」

 雅季は、自分の意見を久賀が代弁してくれたことにホッとした。

 それでも、始関は久賀に顔をしかめた。

「いや、多角的な分析をしないと。だいたい、犯人が過去の男だった、っていうの多いよ。意外と本人の無意識の分野で相手が絡んでいることは、よくある話だ」

 始関は烏龍茶を飲み、雅季に向き直った。

「篠塚くん、一応僕は鳴海東署の係長だから、この件を迅速に解決するのは義務なんだよ。君がここで話しづらいなら、改めて他の課員に話してもらうことになるけど、そのほうがいいなら……」

「いえ」

 その先は聞くまでもなかった。始関や久賀に聞かせられないことを他の課員に話せるわけがない。たとえそれが青鞍でも。

「お恥ずかしながら、本当に、三十年間、異性との深いお付き合いはありません。たまに絹田さんや署の男性署員と一緒に食事することはありましたが、二人きりで約束をして出かけるような相手は……」

 始関は真顔で頷いた。

「でも、誘いとかはあったでしょう?」

 視界の端に、久賀が顔を上げたのが見えた。

 雅季は口ごもった。

「この半年の間に、二度ほど」

「やっぱり。で、正確にはいつのこと?」

 雅季は、久賀の視線に耐えられずにグラスに目を落とした。

「三月と、五月です。でも、それはデートとかそういうのではなく、まあ、友達として、なんとなく……」

 始関がわずかに身を乗り出した。

「まだ、その彼とコンタクトは取っているの?」

(どうしてこんな話になったの)

 雅季は胸中でため息をつき、久賀の様子を伺いたい気持ちを抑え、答えた。

「ええ、たまに。ですが、本当に何もありませんから」

「でも、相手はそう思っていないかもよ? むしろ、本気かもしれない。どう?」

(それは、私が一番知りたいです……)

 雅季はその言葉を、ウーロン茶とともに飲み込む。

「いいえ、それは無いと思います」

「そう……。で、相手の名前は?」

 顔が思わず久賀に向きそうになるのを、必死にこらえた。

(始関さんの隣に座っている人……)

「あの……、彼は絶対に犯人じゃないですから」

「でもさ、一応聞かせてくれないかな。念のため。口外はしないから」

「いえ、すみません。それだけは。本当に、彼はやっていませんし。保証します」

 必死で抗議すると、始関は何か閃いたように「あっ」と口を開いた。

「あ、ごめん。そういうことか……ああ、そうか」

 何がそうなのか。首を傾げると同時に雅季は始関の思考を汲み、身を乗り出していた。

「いえ、昨夜も一人でした! 本当に、一人です」

 ここまで暴露するのが情けなかったが、事実なのだから仕方がない。

 だいたい、昨夜だけじゃない。ずっと、そうだ。

 始関は目を瞑り、「うーん」と唸り、まだ質問を考えている。雅季はそろそろ上司の気遣いが重荷になってきた。

 次の瞬間、始関は久賀に向いた。

 まさか、バレてしまったのか。雅季の心臓が小さく跳ねる。

「久賀さんは? どう思う? そういう対象はいないって」

 久賀はゆるりと頭を振った。

「篠塚さんがそう言うのですから、我々は信じるしかありませんよ」

 始関は聴取の達人である検事に少し期待していたのだろう、その答えに納得がいかないようだった。

 それでもぽん、と軽く膝を叩く。

「仕方ない。じゃ、この件は引き続き二課に任せるしかないな」

 そうだ、このために連続殺人事件の人員が削られる。

 車一台と人の命。比べるまでもない。

 雅季は背を正して、始関に向き合った。

「始関さん、たとえ車の保険が降りなくても……、あの、修理代も自分で持ちますから、この事件は被害届を取り下げて、捜査員も全て殺人事件に集中させてくれませんか?」 

 始関は顔をしかめた。

「それって、犯人を野放しにするってこと? 何言ってんの。君、刑事でしょ。これは立派な事件ですよ。また何かやらかしたらどうするの」

 決して頭ごなしではなく、諭すような口調から始関が雅季を本気で心配しているのが伝わる。

 それでも雅季は引かなかった。

「いえ、単なるいたずらです。普段から警察をよく思っていない人が、たまたま私が刑事と知って、腹いせに、ついやってしまったんでしょう」

 雅季が語気を強めると、ずっと沈黙したまま二人のやりとりを聞いていた久賀が、この時パタンと手帳を閉じた。

「篠塚さん、犯人はあなたを狙っていたんですよ。あなたに気づかれない時間を狙って犯行に及んだんです。もしかしたら、犯人とかち合っていたかもしれないんですよ」

 感情を押し殺したような低い声音で、その表情は険しい。

 今まで冷静だった彼の一転した態度に、雅季だけではなく、始関も驚いているようだった。

「こそこそと、こんないたずらをするような人物は決まって小心者です。かち合ったとして、私だって、訓練された刑事ですよ。なんとでもなります」

 つい声高に反駁すると、相手は眼光鋭く雅季を見据えた。

「窮鼠猫を噛む、ってこともあるでしょう。逆ギレされたら何をされるかわかりません。それに、本当に我々の追っている凶悪な本ボシの可能性もある。それを考えて言ってるんですか?」

「まさか。愉快犯です!」

「証拠もないのに断定できないでしょう」

 ぴしゃりと返され、雅季は言葉に詰まった。

『私は、本ボシを知っている』

 二人にそれを打ち明けられたら、どんなに心強いだろう。

 だが、言えない。雅季は唇をきつく結び、香村との約束を頑なに守った。

「それでも……、これは勘ですが、車の件は連続殺人犯の犯行とどうしても結びつかないんです。こんな無駄なことをして、どうして足がつくリスクを高めるのか。理屈に合わないし、それはなんとなく……本ボシのやり方ではない気がします。それに、香村さんからも過去の捜査妨害の報告はなかったじゃないですか」

「一体、あの人がどれだけの情報を共有してるのかわかりませんけど。それに今までの履歴がなかったからと言って、これから起こらないとは限らない。逆に今回の件を警戒しない人が本部の指揮を取っているなんて、そちらの捜査が不安になってきましたよ」 

 久賀の凄みに、雅季は困惑して始関に顔を向けた。

 上司は腕を組み、右手を顎に添えたまま硬い表情でじっと久賀を見ている。 

 雅季の視線に気がついたようで、目があうとふっと微笑した。

「ええと、じゃあとりあえずこの件については、厳重に注意するということで、もう僕は関与しない。担当者に捜査を続けさせ、周囲のパトロールも強化させておこう。でも、だからと言って篠塚くん、何か周辺で妙なことがあったら、すぐに報告すること。当然だけど、単独行動は一切認めない。いいね」

 雅季は抗議に口を開きかけたが、上司の有無を言わさぬ強い眼差しに気圧され、頷いた。

「わかりました」

「久賀検事が証人ですよ」

 始関が腕時計をみる。聴取は終わりだ。久賀は不満を隠さず、渋面を雅季に向けた。

「そんなの、甘いと思いますけどね……。狙われているのは篠塚さんなのは明らかなのに。知りませんよ、今ここでなんの対策もせずに後悔しても」

「一応、訓練された刑事なので、自分の身は自分で守れます」

 二人はそのまましばし睨み合った。

 突然、時間を告げるインターホンが鳴り響き、三人は一斉に顔を上げた。

 雅季が立ち上がり、受話器を取る直前、始関が素早く久賀に訊ねた。

「延長する?」

「いえ、話は終わりでしょう。さっさと捜査本部に戻ってください」

 久賀は、ため息をついた。 


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