第15話


「その議員の甥は二十代前半。親の力でなんとか大学に入学したらしいが、ろくに通わず、ここ数年は一人暮らしのマンションにずっと引きこもっていたようだ。そして遊び相手欲しさに家出少女に目をつけた。最初の殺人は本人には全く殺す気が無かった、最悪のアクシデントだったんだろう。被害者への暴行の後はさほど激しくなく、死因は絞殺による窒息死。騒がれて慌てて首をしめたようだ。車で山中に死体を遺棄した後、後始末もそこそこに慌てて逃げたって感じだったな。運がいいというか、死体が発見されたのは殺害から二週間後。その頃にはすでに逃亡していた。ただ、一週間ほどは普通にマンションで生活していたようだ。防犯カメラにも本人が映っていたし、住人の目撃証言がある。どんな神経かと思うよ」

 全てが腑に落ちた。だが、受けた衝撃は大きい。怒りも同時に湧き上がってきた。

 長く息を吐き、こみ上げる感情が吹き出さないようにするには、無言でいるしかなかった。

 雅季が話に集中していると思っているのか、香村は続けた。

「二件目、三件目は追われているというストレスからか、暴行の酷さは一件目よりもずっと顕著になった。四件目を見た君もわかるだろう。マル被の身元を知った時、上の動揺は尋常じゃ無かった。直ちに箝口令を徹底した。我々はホシはすぐに検挙できると踏んだ。何しろ人物が特定されている。指紋もDNAも物的証拠も客観的証拠も十分だ。だが、ご覧の有様だ。一年以上追いかけてまだその姿さえ見ていない。死体だけは増えているから、実在はしているのだろうが。……これで私がここで君と行動する理由が納得できただろう」

「お話だけ聞くと、ホシは相当運がいいようですね。本庁の敏腕捜査員達を煙に巻き続け、その上、とうとう一課長までこんな地方に派遣させるのですから」

 捜査は意図的に制限されている。

 つまり香村にしろ、自分にしろ結局下は上層部に完全にコントロールされているわけだ。

 香村は黙って頷いた。

 この事実を、今も酷暑の中、地どりや鑑取りで走り回っている捜査員が知ったらどう思うだろう。彼らの体力や精神力だけではなく、正義感や熱意が都合よく利用されているのだ。さらにいえば、それを支える家族や恋人も、だ。

 雅季の無理矢理押し込んでいた怒りが漏れ伝わったのか、香村は静かに言った。

「だが、ホシに手錠をかけるのは君らだ」

「当然です」

 雅季は奥歯をぎりっと噛んだ。この秘密を暴露されても、まだ香村に対するわだかまりは消えない。むしろ、低くなりかけていた彼に対する垣根は、再び元の高さに戻ってしまった。いや、今度はさらに頑丈になったかもしれない。

「検挙は時間の問題だ。潜伏するにしてもこんな田舎なら、君の言う通り人の目があるし、厳しいはずだ。すぐに次の土地へ逃げる可能性もあるわけだが……くれぐれもこのことは……」

「言えるわけがないじゃないですか」

 雅季はハンドルに置いた手に力を込めた。

「それで、潜伏場所に心当たりは?」

「以前、この地に住んでいたという以外は何も」

 香村は肩をすくめたが、それもすでに掴んでいたのだ。嫌味の一つも口から出そうになったが、グッとこらえて続けた。

「では、土地鑑はあるってことですね。それなら余計、上はここに勝負をかけているわけですか。また他に行かれたらまるで手がかりがなくなりますしね」

「そう。だから君と組むことにした。検挙への一番の近道だと思った」

「その根拠は?」

「君は半年前に、連続殺人事件を解決している」

「私一人の手柄ではありません」

「もちろん。だが私は今回君に賭けるしかないと思った」

 一転して香村は力なく笑う。追い詰められているのは犯人だけではないというわけか。

 そこに香村の本心を垣間見た気がし、雅季は同情を寄せた。

「あまり買い被られても困ります。一課長に賭けているのは私の方です」

 そう、香村は長く事件を追っているし、何よりもっと多くのことを知っているはずだ。

「我々は絶対にホシをあげます」

「我々?」

 香村が不思議そうに雅季を見た。

「私を相棒と認めたということか?」

 雅季はちらっと香村に目をやり、エンジンキーを回した。

「それは、これからわかりますよ。ホシについて、署でもう少し詳しく聞かせていただけますよね」

 

 雅季は係長室の席に着くや否や、早速犯人の写真を出すように香村に要求したが、相手は不快を露わに眉を寄せ「顔写真を見せたら極秘捜査にならんじゃないか。私の話を理解してないのか」と一蹴した。

 雅季はそれが拒否されるとは予想外で、再び食い下がった。

「別に写真を住人に見せて回ろうっていうわけじゃありません」

「当たり前だ。そんなことをしたら、すぐに他の捜査員に広がる」

 香村は語気を強めた。それで「本庁の捜査」が台無しになることくらい、雅季も重々承知している。

「しかし、私が確認するだけでも。面が割れていれば人物特定という以外に、潜伏場所などの検討をつけるにも十分なヒントになり得ます」

「ホシの顔は私がわかるから、いい。ああ、そうだ。ホシの身長は172センチ、痩せ型、強いて言えば顔はそうだな、あのタレントに似ているかもしれない」

 香村は雅季も知っている芸能人の名を挙げた。だが、そのタレントは、外見は芸能人らしい特徴がないことが特徴、というくらい、どこにでもいるような青年だった。  

 雅季はそれでもメモをとり、頭の中でなんとか犯人像のイメージを描こうとする。普段の顔と、暴行に狂喜している顔と。

「まず、変装しているのは確実だろう」

 だから写真など用を成さないということか。

 しかし、その声音がどこか自己弁護のよう聞こえ、雅季は香村にも事情があることを思い出した。

「わかりました。では、ホシを見逃したら一課長の責任になりますよ」

 香村はタブレットから顔を上げ、満足そうに目を細めた。

「もちろんだ」

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