第10話 御影日織

その時は本当にたまたまだった。ドラゴンは生命力の塊。死してなお他の生き物に影響を与える存在。存在の格が違うともなれば、その生命力に満ちた場所からどんなモンスターが湧くか分からない。だからこれは、ドラゴンを倒した者の役割。日織はその日、見回りの最中だった。



─そう、ただの見回り…



初めはモンスターかと思っていた。

この世界の人間はほとんどが絶滅したから、だからこんな街に生き残りが居るわけがないと…そう思っていた。


(またモンスターか?…あれは…自動人形オートパペット…か?)


自動人形はどこで学んだのか、人間の行動を自動で行う人形型モンスター。割と考える力があるのか、本気で真似されると本物かどうかわからなくなる。


(…でも、自動人形にしては違和感を感じないというか…本物の人間っぽい?)


日織はその人間らしきモノを見て、警戒を強めていた。2人が移動するのを隠れて見る。本物だった場合なぜここにいるのか、なぜ生きているのかという疑問が止まない。


(あり得るとしたら…擬態系モンスターか進化した人間か…突飛だけどコールドスリープとか?)


出ることのない疑問に悶々としながら、日織は移動する2人を追った。



─数分後、日織はめちゃくちゃ焦っていた。


(やばいやばい!こっち見られた?もしかしてウチの【不可視】に気付いてる!?)


特に何かする様子でもない2人に、日織は少しばかり気を緩ませていた。そして油断して視線を向けた瞬間、人間とは思えない反射速度でこっちを見てきた。

バクバクと動く心臓を押さえながら気を引き締め直していると、奥からコボルトの群れが来ているのが見えた。2人もそれに気付いた様で、青髪ルナのやつがそっちの方を指さしていた。直後に黒髪が構えた。

スルっと、風が通り抜けるのを認識した瞬間、近づいてきていたコボルトの群れは細切れにされていた。


(凄い…群れを一瞬で…群れになると進化した人間でも割と苦戦するのに…)


内心『凄い!』っと手を叩いていたが、隠れている以上声を出すことは無かった。正直、この時日織は凄い戦闘を見たことで興奮して、油断していた。

だから、つい反応してしまった。急に黒髪がこっちに向かって走り出し、それに驚いた日織は草を蹴飛ばしてしまった。


「………!!!!」(えっ!えっ!?やっぱりウチの透明化バレてる?なんでなんで!と、とりあえず逃げないと…何されるか分からない!!)

「ガサって言った!やっぱり誰か居る!」

「楓ちゃん!魔法の距離は1mなので、どこかに追い詰めて下さい!」

「分かった!」


身構えていなかった瞬間から急に鬼ごっこが始まった。日織の思考がまとまらず、心臓がバクバクうるさい。しかも鬼2人に逃げ1人…日織が勝手に見ていたことを引いても理不尽である…


(ひぃぃぃぃ!!ごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!悪気は無くてその気になっただけなんです〜!!!)


捕まったら何をされるか分からない。この世界にヒーローなんていないのだ。日織は逃げながら弁明しようと考えていたが、いかんせん久しぶりに会う人間なため、緊張で喉が乾き、張り付き、コミュ障まで発動していた。


(ひぃぃぃ…ってあれ、姿見えないと弁明しても怪しさマックスだし意味無くない?)


気付いた日織は、すぐさま透明化を解除した。敵対の意思が無いことを伝えようとするが、黒髪がぐいぐいと来ることでビビってしまい結局また逃げてしまった。


「あ〜ちょっと話を聞いて〜」


背後から落胆に近い声が聞こえてきたのを無視し、日織は路地裏まで走った。

その時、急に黒髪の動きが良くなった様に感じた。まるで初心者に突然マップが与えられたような…

とりあえず落ち着くまでは逃げようと考え、角を曲がる瞬間、スキルを発動させて姿を隠す。


【不可視】【蜃気楼】


自分の姿が薄くなり、見えなくなったことを確認すると、すぐに切り返して逆方向の道に進み始めた。本気で逃げたい訳では無いため、目の前に人が居なくなった時に透明化は解除した。ちなみに【蜃気楼】は実態のない自分の分身を作るスキルで、日織では囮くらいにしか使えないスキルである。


「捕まえ…ってあれ?消えた…また透明化使った?」

「…………」

「ん?あっ!なんであっち!?も〜分かんないよ…」


背後から困惑した声が聞こえてくる。コミュ障に付き合わせてこんなに逃げ回っていることに若干の罪悪感を感じていると…


【氷のアイスウォール


周囲の温度が下がったことに気付いた時には、目の前に分厚い氷の壁が現れ、日織の行く手を阻んだ。


「これで逃げ場は無いよ…落ち着いて話し合いしよ?」


声が聞こえた瞬間、恐怖でまた【不可視】のスキルを使おうとする


「また透明──」

「させません!【捕縛】!」


しかし使う直前、真横から現れた青髪の魔法によって捕らえられた。


(やばいやばい!…凄い連携だった。いっぱい怒らせることしちゃっただろうし…こ、殺される?…)


魔法でぐるぐるにされた日織は、内心心臓バクバク、冷や汗ダラダラで目の前の少女2人を見ることしか出来なかった。


─2人に連れられ場所を移した日織は、何をされるのかビクビクしていたところで自己紹介が始まったことに少し安堵していた。

探知してきた黒髪の方は空神楓、拘束してきた青髪の方はルナ・ピースと言うらしい。日織は始め、外国人か?と思ったがバリバリ日本語を使っている。


その後、ビクビクしている日織を置いてどんどん話が進んだ。街の入口にあったクレーターについて質問されたので、正直にドラゴンのせいだと、さらにそれを倒したのが日織だと話した。正直なところ日織は牽制のつもりだったが、2人が驚いてはいるが恐怖していないことに疑問と好感を持った。次にこの世界に人はいるのかなどの質問をされたため、それに答えつつも2人が世界に詳しくないことが分かった。

過程で少し含みを持たせた言い方をしたら日織に飛び火してきた。魔法少女については隠そうと思っていたのに。


黒髪のやつ…楓は、この世界をゲームみたいだと言った。日織も正直なところそれには同意見で、流石にレベルアップなどの概念は無いものの、魔法が使えたり種族なんてものがあったりでかなりゲームに近いと思っている。

そんなことを考えていたら楓に割と痛いところを突かれてしまった。


『昔何かあった?』


その質問に日織は、ぶっきらぼうに答えてしまった。その隙を楓が見逃す訳もなく、すぐにそう思った根拠を突きつけられた。たったあれだけの会話でそこまで分かるのかと、日織は内心冷や汗が止まらなかった。


「………本当に、あんた達何者だ?」

「ただの勇者だよ。異世界のね」


異世界。その言葉が出た瞬間は、目の前の女が何を言っているのか分からなかった。思わず声に出てしまうほどには。その声にルナが反応し、日織は少し恥ずかしくなった。しかもルナが言うには、勇者である証拠は無いらしい。だが正直、日織はあまり疑ってはいなかった。楓達が人間でありながら、今この時代で生きていることが証拠足り得ると思ったからだ。それに今、確実な証拠が無いのは日織がドラゴンを倒した事も同じ、家に帰れば証明出来るが、それも今は出来ない。それでも2人は信じてくれた。


眼前では楓とルナがイチャイチャしていた。

2人からは悪意も害意も感じない。日織を追っていた時ですら、感じていたのは疑問と喜びの感情を乗せた視線だった。


この2人なら信用出来るのではないか


そんな希望が日織の中に生まれていた。もし仮に2人に害意があったとしても、日織の家内だったら難なく殺せると思った。だから日織は、夜になって困っている2人を家に招待した。願わくば2人が味方であることを信じて。


─2人を家に招待して、玄関に飾ってあったドラゴンの頭蓋骨を見せた。これによって2人は日織がドラゴンを倒したことが本当だと信じてくれた。


とりあえず2人を待たせ、水の用意をしてから部屋に入ると、2人はモンスターの情報が書いてある資料を見ていた。モンスターの研究をしているのかと聞かれ、素直に【魔女】に渡す用のメモだと教えると、楓が種族について知らないと言ってきた。そのため、日織がこの世界のことを話し、楓が異世界のことを話すことになった。


楓の異世界の話を聞いて、日織は怒りと悲しみを感じていた。理由は簡単で、怒りの感情は楓の話に出てきた女神様のことだ。信用する人以外からの指示を嫌う日織にとって、上から目線で命令してくる女神は嫌悪の対象。無事日織のブラックリスト入りを果たした。悲しみの感情はモンスターや種族の出現が楓の異世界転移が原因だと言う事。結果論だがそのおかげで日織は無事…では無かったが助かったため、感謝している。それなのに楓が罪悪感を感じているのはとても悲しかった。


そのことを楓にちゃんと伝えたら、言葉では大丈夫だと言っていながらも目からは涙が溢れていた。


(きっと地球に帰ってきてからずっと溜め込んでいたんだろうな…)


そんなことを考えながら、日織とルナは楓が泣き止むのを静かに待った。


楓の話が終わって、次は日織がこの世界の、種族について話した。正直なところ、種族についてはまだあまり解明されていない。良く考えればそれは当たり前だが、この世界にはそもそも解明する人間がいないのだ。そのほとんどを【魔女】に任せているため、なかなか解明が進まない。さらに【魔女】は、安全な種族について調べるより、危険のあるモンスターについて優先的に研究しているため、種族については研究が全く進んでいないのだ。


種族について話していたら、楓から何を望んで【魔法少女】なんて種族になったのかを聞かれた。少し勘が良すぎると思う。日織としても過去話をするのは勇気がいるため、日織は何度か深呼吸して心を落ち着かせた。そして日織は、過去の悪夢について語りだした。



─話が終わると、楓は苦しそうな顔で、ルナはボロボロと涙を零しながら、感謝と謝罪をしてきた。苦しい過去を話してくれたことについての感謝と思い出させてしまった謝罪。

そんな2人の姿を見て日織は、


(あぁ…この2人は優しいな。こんな会ったばかりの私のために苦しんで、泣いてくれる……)


だからこそ日織は、そんな2人が…楓が、日織に過去を話させてしまったことを後悔していることに気付いても、何も言えなかった。それでも、苦しかった、泣きそうになった。悲壮感が漂う空気の中、楓が外に出ようとするのをルナが引き止め、今日は皆で一緒に寝ようと提案してきた。空気を変えようとしてくれたらしい。


(本当に…2人とも優しい。)


ニコニコで『そうだね!』とルナを撫でてから外に出ていった楓を見てから、日織も皆で寝る準備をし始めた。



─晩御飯も食べずにベットに入ると、楓がウチという一人称について聞いてきた。これは昔、日織が若干のトラウマを抱えていたときに、自分を強く見せるために使っていたものが癖づいてしまったものだ。

今は辛くないか、そんなことを聞かれたため、辛いときは親友のことを思い出していると答えると、また2人の顔が曇った。どうやら美夏や家族が亡くなったことを察したらしい。と言っても、皆老衰で亡くなったため生涯を尽くしたと言える。2人を安心させるため、亡くなったが会えることを伝えた。


死霊術師ネクロマンサー】に頼んだのは完全に日織のわがままで、自分を支えてくれた家族や親友に会えなくなるのが嫌だったからだ。そのため、魂をお墓に込め、夜限定で霊体を実体化させて話せるようにしてもらったのだ。そのことを日織が話すと、2人が会ってみたいと言ったため、明日にでも会ってもらおうと決めた。


その後、少しの雑談の後に眠りについた。今日1日で多くのことがあり、とても濃かったため、疲れも普段より多く溜まっていたのだろう。その日は久しぶりの人の温もりを感じながら、安心して眠ったのだった。



────────────────────

どもども!書きたい展開はあるけどそこまでどうやって持って行こうか悩んでいます…

やっぱりノリで書くものじゃないですね…特にこう言う感情がいっぱい出る作品では…


それは置いておいて、あの時日織ちゃんは何を思って何を感じていたのかを書いてみました。楓の視点からだと分からなかったことも書けて結構満足しています。一つ入れたい展開もあるので、日織ちゃんパートはまだまだ続きます!お楽しみに!


それではまた

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